1話 魔女様は契約する
幕間のお話だけの更新では物足りないかと思い、連続投稿です!
ついにシルヴィが、召喚魔法に成功して使い魔を従えることになるのですが、
召喚されたのはとんでもない魔物で・・・・?
次回は明日の同じ時間頃に更新予定です!
エミリが診療所を手伝ってくれるようになってからと言うもの、私の負担は激減し、仕事の回りがとてもスムーズになりました。
おかげで痛みを我慢してもらって順番を待っていただくということもなくなり、診療の合間に二人でお茶を楽しむ時間も取れるようになって、時間と気持ちにゆとりが生まれています。
そんなある日の午後。うっかりテーブルに零してしまったお茶を拭き取るためティッシュを取りに立ち上がると、ちょうど最後の一枚だったことに気が付きました。
「あ、ティッシュを村の方に分けて頂かなくてはいけませんね」
「お姉ちゃん、わたしが行くよ?」
「いえいえ。たまには村にも顔を出しておきたいので、あとで私が行って来ようと思います」
気持ちだけありがたく受け取りエミリの頭を撫でると、気持ちよさそうに顔を緩めています。そんな様子にほっこりとした気持ちに満たされていると、ふと疑問が浮かんできました。
そう言えば、村の方々は生活雑貨や服をどのようにしているのでしょうか。
先ほどのティッシュもそうですが、彼らの村にはティッシュを作れるような設備はありませんでした。服についてもお手製の服が多くはありましたが、そもそも生地が無ければ服は作ることが出来ません。
いくら内職で家具や建築に必要な道具を作っているとは言え、無尽蔵に素材を作り出すことなど、それこそ魔法の力を使わなくては不可能でしょう。
そんなことを考えていると、難しい顔をし始めていたらしい私をエミリが不思議そうに見つめていました。
「どうしたのお姉ちゃん?」
「あ、いえ。村の人はティッシュとかをどこから仕入れているのでしょう、とふと気になってしまいまして」
「いつも配達の人が来てくれてたの。人間の街から持ってきてくれてて、わたし達が狩りで獲った獲物の素材と交換してくれるの」
「人間と交流があったのですか!?」
「うん。直接会ったことがあるのは村長だけみたいだけど、ハイエルフの人とやってる交易みたいなことはずっとしてるよ?」
なるほど。私がたまたま居合わせなかったから知らなかっただけで、交流自体はあったのですね。それならば色々と使い慣れたものがあったのも納得です。
「ちなみに、その配達の方が見えるのは決まった日なのですか?」
「えーっと、いつも水の日と太陽の日に来てたと思う。おやつ時くらいにはよく来てたかなぁ?」
「水の日と太陽の日……ちょうど今日が水の日ですね」
カレンダーを見ながら今日の元素周期を確認し、続けて時計へと視線を移します。時刻はもう少しでおやつ時を迎えようとしていました。時間としてはこれから歩いて村へ向かえばちょうどいい頃合いでしょう。せっかくですし、おやつの差し入れとしてお菓子も持って行きましょうか。
私は余ったお菓子を包んで席を立ち、ローブと帽子を身に付けながらエミリに伝えます。
「その配達の方に会ってみたいので、少し村へ行ってきます。もし急患の方が見えたら、二階のシリア様を呼んでいただけますか?」
「うん。いってらっしゃい、お姉ちゃん!」
エミリの見送りを受けながら外へ出て、少し考えます。歩いて行ってもいいのですが、せっかくなら普段からシリア様に言われているように、少しは飛ぶ練習をした方がいいかもしれません。
ですが、細い箒の柄に腰掛けるというのはどうにも慣れませんし、頼りなく感じてしまいます。どうせならしっかりと体を預けられて、大空を飛んでも違和感がないような何かがあれば……。
そこへ、ちょうど頭上を数羽の鳥の群れが通り過ぎていくのが見えました。そうです、鳥の背ならどうでしょうか? 大空を自由に翔る鳥を操る魔女……ちょっと格好いいかもしれません。最早私が飛ぶのではなく乗せてもらう形ですが、この際構いません。
思い立ったら行動です。私は空中から杖を取り出し、さらさらと魔法陣を描き始めることにします。もう塔の中で何度も描いては失敗していたものなので、何も見ないでも描けてしまうのが少し悲しくなります。
「ふぅ。これで大丈夫でしょう」
描き終えた魔法陣の前に立ち、早速召喚を試みます。イメージとしては、私を乗せても安定感が保たれるくらい大きくて、シリア様に怒られないような魔女の使い魔として相応しい鳥。これまでに読んだ本の中では鷹とかが相応しいでしょうか。
頭の中でイメージが固まるにつれ魔法陣が輝きを増し、紫色の光を帯び始めます。
「魔女シルヴィの名において命ず。我が呼びかけに応じよ。来たれ、大空の覇者!」
魔力を込めて杖で地表を叩きます。それに呼応するかのように魔法陣はさらに輝きを増し、周囲にまばゆい光を放ちながらこの世界のどこかから召喚されたのは――。
『我、天空の覇者也。種族はカースド・イーグル。名をメイナード』
ちょっと……。いえ、思っていた以上にかなり大きい鷹です。私を縦に二人分はあるのでしょうか。その翼は夜の煌めきを感じさせるような暗い紫色ですが、周囲が淡く光っているので見た目ほど重たい印象を受けません。
「カースド・イーグル……?」
『如何にも。またの名を、“凶兆の大鷹”とも言う』
私の呟きに、低音の男性の声で返答がありました。凶兆の大鷹……。少し物騒な種族名です。もう少し普通の鷹でも良かったのですが、呼び出してしまった手前そんなことは言えません。
「ええと……。メイナードさん、私は大空の移動手段を求めています。あなたの力を借りられませんか?」
『不思議なことを言う。汝ら魔女は、己で飛べるのではないのか?』
「それが、その……。箒で飛ぶのが怖くて……」
私の答えに、メイナードさんは一瞬何を言っているのか分からないと首を傾げていましたが、やがて決壊したように笑い出しました。
『くははははは!! 汝のような類稀なる才を持つ魔女が、大空が怖いと言うか!!』
「あ、あまり笑わないでください!」
『いや、すまぬ。ここまで意表を突かれたのは初めてなものでな。そうか。いや、それこそ人間の正しき感覚ではあるのか』
器用に翼で口元を隠し、まだ笑い出しそうになっているメイナードさんを軽く睨んでいると、人が手をひらひらとさせるかのように翼を振り、言葉を続けました。
『気を悪くしたなら謝罪しよう。我を呼び出せるほどの術者など、ここ数百年いなかったからな。如何せん退屈していたところだったのだ。
――それで、汝の願いは空を飛ぶことであったか。魔女というものは箒か己が身ひとつで飛ぶものと認識していたが、汝は我が背に乗りたいと言うのか?』
「はい。私は他の魔女がどうなのかとか分かりません。ですが、他の魔女はこうだからという理由だけで、私の行動を制限されたくはありません」
『ほぅ……。汝、我が背に乗るということは人間や魔族共から恐れられる魔女となるが、それでも構わないと言うのか?』
「魔女を名乗る以上、人々から恐れられ距離を置かれることは承知の上です。あなたがそこに加わろうと、私の気持ちが揺らぐことはありません」
『くっくっく。面白い人間――いや魔女か。汝からは、二度と何者からも制限など受けぬという固い意志すら感じられる。まだ若い魔女だが、年不相応の技量や魔力を持っているのも不思議でならん。気に入った』
メイナードさんは、一度翼を大きくはためかせて周囲に燐光を散らすと、翼を折りたたんで私の前へ頭を差し出しました。
『いいだろう。我が名はメイナード。これより汝を主と認め、汝に害なす敵を屠る使い魔となり、汝の翼として空を翔けよう』
「あ、ありがとうございます! こほん……。我が名はシルヴィ。ここに主従の誓いを立て、メイナードを我が使い魔とする」
は、初めて契約が成立しました! 胸の高鳴りが抑えられません!
緊張で震える手をそっとメイナードさんの頭に置き、お互いの魔力を同調させて契約を成立させます。私の手とメイナードさんの頭の間が淡く輝き、光が収まった頃には私の中指に見慣れない指輪が付けられていました。
余計な装飾のないシンプルなデザインですが、中央で輝いているメイナードさんの煌めきと同じ色の宝石が、彼との主従の証であることを示しています。
『主よ、緊張しすぎではないか?』
「す、すみません。初めての契約でしたので……」
『初めての契約で我を呼び出したか。ますます面白い魔女だな』
「今までも何度か召喚自体は試していたのですが、どうも契約してもらえなくて……」
塔での失敗を思い返しながら照れるように言うと、当然だとでも言わんばかりに鼻を鳴らしながらメイナードさんが答えました。
『主ほどの術者ならば、己がレベルを分かっている者ならばまず召喚に応じないだろう。恐らくではあるが、呼び出された者共は揃って気まずそうにしていなかったか?』
「言われてみれば、そうですね。自分には荷が重いーとか、申し訳ございませんーとか何とか言われて、すぐに帰られてしまいました」
『召喚の扉が開いていて、あわよくばを狙った者共だったのだろうな。だが、召喚先は主のような化物魔女の下だったとなれば、尻尾を撒いて逃げるだろう』
「化物って酷い言い方ですが……。では、メイナードさんは何故応じて頂けたのですか?」
『主よ、己の使い魔にさん付けする魔女などいないぞ? 我のことは呼び捨てにしろ。他の魔女に主が舐められるぞ』
「あ、そうなのですね。では、メイナード。何故あなたは応じてくれたのですか?」
言い直すと、メイナードはそれでいいと言わんばかりに頷いて答えました。
『先も言ったが、我は天空の覇者だ。我に挑んでくる愚か者を片っ端からねじ伏せていたところ、誰も挑んでこなくなってしまってな。ならば召喚され、強者と相まみえようと思っていたのだが、術者のレベルが低すぎてそれすらも叶わなくてな……』
どこか寂しそうにそう答えるメイナードに、親近感を感じてしまいます。この人――いえ、この鷹も寂しかったのですね。
私はメイナードの頬を撫でながら、彼に微笑みました。
「あなたと私は似た者同士ですね。ずっと孤独で寂しかったのですよね」
『ふん、我と汝ら人間の感情を同一にするな』
「ふふ、失礼しました。でも大丈夫ですよ、これからは私や他の家族が一緒です。退屈はさせませんよ」
『そうであることを期待しているぞ』
彼の鋭い目が、柔らかく細められました。少しだけメイナードのことが分かったような気がして嬉しくなりましたが、私は当初の目的をすっかり忘れていたことを思い出しました。
「いけない、私急いで向かうところがあるのでした! メイナード、早速ですが飛んでくれますか?」
『別に構わんが……何を急いでいるのだ』
「この先に小さな村があるのですが、もうそろそろで配達の方が見えるそうなのです。どのような方なのか見ておきたくて」
『あぁ、理解した。ちょうど南西から何かが向かってきている気配があるな、恐らく主の言う配達の者だろう。さぁ乗るがいい』
メイナードは乗りやすいように、翼を広げて地面からのスロープのようにしてくれました。私は彼の背中に乗り、その乗り心地に驚かされました。
「鳥の背中って、ふさふさしているのですね……」
『主よ、我をそこらの鳥と同一に見てくれるな。これでも我は天空の覇者、カースド・イーグルだぞ?』
「ふふ、すみません。ではメイナード、お願いします」
私がお願いすると、メイナードは翼をはためかせ大きく飛翔しました。結構な急上昇でしたが、私を気遣ってか負担がかからないようふわりと高度を上げてくれたので、全然怖くありません。
そのまま村の方を指示して移動を始めます。彼の背中越しに見る景色は箒に乗っていた時と変わらないものですが、安心して空を楽しむことが出来ました。




