8話 魔導連合は競い合う
「んじゃ、始めるぞ! よーい……スタート!!」
ヘルガさんの号令で、イースベリカへ訪れた大目的である“冬眠できなかった魔獣狩り”が始まりました。
移動する道すがら、聞きそびれてしまっていた部分をレナさん達から聞いたところ、どうやら単純な狩りではなく、狩猟した獲物に応じたポイントが付与される得点形式のゲームにしているとのことだそうです。
小さな体ながらも、冬季は人を襲う凶暴性を持つ雪兎は二点。
普段は群れで行動し、その群れで仲良く冬眠するはずですが、お腹が空いたか省かれたかは不明ながら食料を求めて襲ってくる雪鹿は五点。
それ以外の個体は、狩ったタイミングでウィズナビで報告し、得点を判断してもらうとのことですが、近年イースベリカで噂となっている特異個体の魔獣が存在しているらしく、その個体には十分気を付けるようにと念押しされていました。
どのくらい危険性が高いのかは、人伝での不確かな情報なため正確性が無いそうですが、「縦に三メートルはある巨体」だとか、「一目見たら動けなくなる」だとか、「ひと薙ぎで雪の下の大地まで抉り取られる」などなど、具体性は無い物の、とても凶暴かつ大きな個体の魔獣であることだけは分かりました。
ちなみに、今回は私とレナさんは別行動を取っています。
攻撃ができない私としては、レナさんの補助をしつつ狩りに挑みたかったのですが――。
「ねぇシルヴィ、たまには私達も競争しない?」
と、レナさんに申し出られてしまい、やむなく別行動の形となってしまいました。
日頃から獣人の皆さんと共に狩りをしているレナさんにとって、今回のようなゲームは大きなアドバンテージなはずですし、私に勝ち目は無さそうに見えてしまいます。
などと考えながら、雪化粧が施されている近くの森の中をウロウロとしていると、急にシリア様の声で引き戻されました。
『杖を構えよシルヴィ! 左前に雪兎がおるぞ!』
シリア様の言葉の通り、やや太目な木の陰からひょっこりと顔を出した魔獣を見つけました。
体毛は図鑑などで見る兎と何一つ変わらない真っ白なそれですが、冬眠ができなかったせいかは分かりませんが、赤い目が爛々と輝いていて、少し怖い印象を受けます。
早速杖を取り出し、拘束魔法の準備に取り掛かると、私の魔力を検知した雪兎が勢いよくこちらへ振り返り、獲物を見つけたと言わんばかりに駆け寄ってきました!
しかし、移動速度は兎とあまり変わらないらしく、そこそこ距離がある状態で私の下まで詰めてくるよりも先に、私の拘束魔法が完成しました。
「それっ!」
「キュッ!?」
雪兎は、キュッて鳴くのですね。ちょっと可愛いと思ってしまいました。
ほっこりとした気持ちながらも拘束を済ませると、体にぴっちりと魔法陣を嵌められた雪兎がそれから逃れようと、雪の上で手足をパタパタと暴れさせます。
『よし、まずは一匹じゃな。ほれ、アレを貼らぬか』
「はい、シリア様」
私はポケットから、支給された転移札を雪兎に貼り付けます。
すると、淡く青色に光った雪兎の体が瞬く間に消え、この札の送り先である仮設本部へと転移していきました。
『うむ。距離を取って拘束を掛けていけば問題は無かろう。次じゃ次』
「分かりました」
心なしか楽しそうなシリア様に微笑み、立ち上がって森の奥へと足を向けます。
しんしんと降り積もる柔らかな雪が彩る森の中は、どういう原理かは分かりませんが、比較的足元には雪が積もっていないようで歩きやすくなっています。てっきり、最初に移動してきた場所のように豪雪の環境下で狩りをさせられると思っていたので、個人的には大助かりです。
そんな私の思考を読んだかのように、胸元に入っているシリア様が、頭に積もってしまっていた雪を払い除けながら言いました。
『どうやらイースベリカの地中には、無数の魔石が埋め込まれておるようじゃな。恐らくは加熱の魔法じゃろう』
「では、そのおかげである程度は雪が溶けて歩きやすくなっている、と言うことでしょうか?」
『じゃろうな。微弱ながら、そこら中に魔力を感じられる。トゥナがこの国を“魔導連合のお得意様”と称しておったのも頷けるという話じゃ』
その話は初めて聞きましたが、恐らく魔女が創り出す魔石を大量に買い取ってくださっているのでしょう。
魔導連合の取引先であり、魔女とは友好的な関係を結べているという騎士国イースベリカに期待を膨らませていると、前方から何かが逃げてくるような音が聞こえてきました。かなり小刻みに雪を踏みしめているように感じられますが、魔獣の類でしょうか?
それはやがて、茂みの中から飛び出してきました。
枝木のようでありながら、雄々しく天を突く角を持ち、少し薄い栗色の毛皮を纏っている鹿のような魔獣――雪鹿です。
中々獰猛であると聞いていましたが、その姿はまるで何かに怯え、逃げ惑っているようにも見えます。
もしかして、他の参加者の方から追われていたのでしょうか……と思った次の瞬間でした。
「逃がさんぞ鹿肉め!」
「ギュオ!?」
逃げていく雪鹿の目の前に、突如として一人の男性が出現しました。
彼はかなりの速度で逃げていたはずの雪鹿の角をガシッと掴むと。
「オラァ!! 飛んでけぇ!!」
「ギュルルル!?」
そのまま天高く放り投げたではありませんか!
呆気に取られて上空へ放り投げられた雪鹿を私達が見守る中、彼も同じように高く跳び上がります。
そして、自由落下を続ける雪鹿のお腹の上に跨り、足を両手でしっかりと掴むと、まるで勝利宣言かのように吠えました。
「雪鹿、一丁上がりぃ!!」
雪に混じって、水滴が宙に浮き上がっています。よく見ると、それは雪鹿が死にたくないと願いながら流している大粒の涙のようでした。
ですが、そんな雪鹿の願いは聞き届けられることは無く――。
「きゃああああ!!」
『むぉぉぉ!?』
私達からそう離れていない場所へ勢いよく叩きつけられ、落下の衝撃で舞い上がった雪が私達に襲い掛かります。顔や体に付着した雪を払いながら、徐々にクリアになっていく視界の先に目を凝らすと。
「だっはははは! また五点獲得だな!!」
目を回しながら気絶している雪鹿を片足で踏みつけ、逞しい両腕を組んで豪快に笑っている先ほどの男性がいました。
しばらく勝利の余韻に浸るように笑っていた男性は、ポケットから転移札を取り出して雪鹿に貼り付けます。
そんな彼を見ながら、シリア様が言いました。
『何じゃあ奴は……。力業にも程があるぞ』
「え? 先程は魔法を使っていなかったのですか!?」
『うむ、全てあ奴の肉体のみで行われた狩りじゃ。とんでもない筋肉ダルマじゃな』
呆れるようにそう言うシリア様の言葉が聞こえたのか、その男性が私達に気づいたらしく、話しかけてきました。
「ん? お前は確か……そうだ、春過ぎに連合に加盟した【慈愛の魔女】か!」
「は、はい。初めまして」
「だっはっは! そう固くなるな、魔導連合の仲間だろう!」
声量も大きい彼に気圧されるように挨拶をした私をそう笑うと、少し期待を込めた声で問いかけてきます。
「先ほどの狩りは見たか!? 我輩の自慢の筋肉が織り成す美技に酔いしれたか!?」
「美技……」
『品の欠片も無かろうに……』
彼に聞こえてしまわないように小さく呟く私達を見て、彼は何か勘違いをしたらしく。
「そうかそうか! あまりの素晴らしさに声も出ないか! それもまた良し!!」
そう言いながら、森の筋肉大好き獣人の方々を彷彿とさせるような、謎のポージングを見せつけてきました。
最近は見る機会も減り、冬はいいですねと思い始めていたのですが、まさかここで見せつけられると思っていなかった私は、彼に気づかれないように深く長い溜め息を吐いてしまいました。




