6話 魔女様は雪国へ向かう
「おはようございます、【慈愛の魔女】シルヴィ様。定刻となりましたので、お迎えに上がりました」
恭しく私に一礼しながらそう言うフードの男性に、私も挨拶を返します。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「はい。本日は【慈愛の魔女】様御一行と、魔族領からの参加者が三名と聞き及んでおりますが、皆様お揃いでございますでしょうか」
「皆さん揃っていますので、声を掛けて来ます。少しだけお待ちください」
「かしこまりました」
私は再び二階へと戻り、全く喧騒が収まっていない食堂で声を張り上げます。
「皆さん! 魔導連合からお迎えが来ましたので準備して外へ出てください!」
「ほらフローリア! 遊んでないで行くわよ!」
「えぇ~!? 私このままレナちゃんとお家で遊んでたぁい!」
「馬鹿言ってんじゃないわよ! 総長さん達が困るでしょうが!」
レナさんによってコートを着せられたフローリア様は、そのままずるずると連れて行かれてしまいました。その後に続いてエミリとその頭の上に留まっていたメイナードが出て行き、残るはシリア様とレオノーラ、そして部下のお二人となります。
「シリア様達もそろそろ喧嘩をやめてください! 迎えの方が待っていますから!」
「そうですわよ! 神ともあろうものが、こんな些細なことで大人気ない!」
『なんじゃと貴様!? むぉっ、放さんかシルヴィ!! こ奴はやはりもう一度殺さねばならん!!』
「今回は先に仕掛けたシリア様に非があります! ちゃんと謝ってください!」
『わかっ、分かった! 分かったから首を放さんか!』
私に首の後ろを摘ままれ、暴れながらもそう仰ったシリア様を信じて一度テーブルの上へと放すと、凄まじく嫌そうな声でシリア様が謝りました。
『……確かに、妾の失言じゃった。すまぬ』
「分かればよろしいのですわ、最初からそう素直になってくださいまし」
「魔王様、失礼いたします」
「ごめんなさいね魔王様~」
「ぁ痛っ!? な、何ですの!?」
偉そうな態度を取ったレオノーラの後頭部に、ミオさん達が同時にチョップを繰り出しました!
突然のことに驚く彼女はそのまま頭を押さえつけられ、シリア様に頭を下げる形を取らされています。
「神様が謝ってくださったのだから、魔王様も謝らないとダメじゃないですか~」
「如何に魔王様と言えども、礼儀を失してはなりません。さぁ、謝罪をどうぞ」
「私にも謝れと申しますの!? ぐっ、くんぬぬぬぬ……!!」
必死に頭を上げようと試みているようですが、押さえつける力の方が上回っているらしく、レオノーラの体が小刻みに震えているだけです。もしかしてこのお二人、レオノーラよりも強いのでしょうか!?
「ほらほら魔王様、お迎えの方がいらっしゃってるんですから、あまりお待たせしてはダメですよ~?」
「それとも、遠征の予定をキャンセルして通常の執務にお戻りになられますか?」
「わ、分かりましたわ! 謝れば良いのでしょう!? 私も少々言い過ぎましたわ、申し訳ございませんでした!!」
あのレオノーラがまるで、子どものように扱われています。
しかし、自分達が仕えている主をこんな風に扱って怒られないのでしょうか……。
レオノーラが半ば自棄を起こしながらも謝ったことに満足したらしいミオさん達が手を放すと、即座に頭を上げて不服そうに腕組みをしながら鼻を鳴らしました。その様子を呆然と見ていた私とシリア様へ、ミナさんがにへっと脱力感のある笑みを向けながら言います。
「さぁさぁ、魔女様達も準備して行きましょう。外は寒いんですから、あまりお待たせするのは可哀そうですよ~」
「我々も魔王様のお召し物を整え次第向かいますので、先に向かってください」
「そ、そうですね。行きましょうシリア様」
『うむ……』
未だにやや不機嫌そうなレオノーラにコートを羽織らせ始めたお二人を見ながら、私達は先に外へ向かうことにしました。
「行ってらっしゃいお姉ちゃん! 気を付けてね!」
「行ってきますエミリ。何かあったらすぐに連絡するのですよ?」
「うん! ウィズナビもあるし、シリアちゃんに貰ったのもあるから大丈夫!」
エミリと離れ離れになってしまうのが少し……いえ、かなり心苦しいのですが、いつまでもこうして抱きしめていられません。
最後にとエミリの頭を撫で、隣で待っていたペルラさん達へとエミリを送り出します。
「大丈夫だよシルヴィちゃん! 私達が付いてるから!」
「うんうん! お料理もいっぱい作れるようになったから大丈夫!」
「お部屋はいつもよりちょっと狭いかもだけど、寒いからぎゅっと固まればちょうどいいし!」
「ありがとうございますペルラさん、皆さん。すみませんが、エミリのことをよろしくお願いします」
「「は~い!」」
エミリの手を取り、早速今日は何をして遊ぶかと話し始めたペルラさん達。
この話を持って行った時に、ペルラさん達も魔獣の血が入っている兎人族なので難しいかもしれませんと思っていたのですが、私の予想とは裏腹に、彼女達は真冬の中でも問題なく活動ができるらしく、エミリの件を快く引き受けてくださいました。
やはり見た目からして魔獣に近い獣人の皆さんとは違うのですね、と思い返しながら微笑んでいた私へ、肩に体を預けていたシリア様が言います。
『さて、いつまでも外で突っ立っておるのも寒かろう。案内してもらえ』
「分かりました。では、すみませんが案内をお願いできますでしょうか?」
「かしこまりました。それでは、皆様をイースベリカへとお連れ致します」
彼は私達に背を向け、いつかのように空間を割りながら亜空間への入口を開いていきます。
進み始める彼に続いて亜空間の中へと足を踏み入れ、歩き続けること半刻程。光の外へ出た私達を迎えたのは――。
「大変お待たせいたしました。目的地のイースベリカとなります」
「さっむ!!」
「わぁ~! 一面真っ白ね~!!」
『くぅ~……! やはりイースベリカは冷えるのぅ! シルヴィよ、ちとコートの中に入らせよ』
「分かりました」
「はぁ~、厚手のコートを持ち出して正解でしたわね。ここまで冷え込んでいるとは思いませんでしたわ」
遠くに見える小さな街並みにすら雪が降り積もり、草木は全て雪に埋もれてしまっているほどの雪景色でした。




