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26話 天空の覇者は苦労を知らない

『主よ、戻ったぞ』


「おかえりなさい、メイナード」


『頼まれていた物は外にある』


 素材集めを終えたメイナードが戻って来るや否や、体を小さくしてエアコンの温かい風が当たる場所に移動し、じっと動かなくなりました。

 よく見ると小刻みに震えていることから、相当寒かったのでしょう。


 私は貯蔵庫の中からイノシシ肉を手早く焼き、熱々の状態で彼の前に置いてあげます。


「シンプルに塩と胡椒だけですが、温まると思います」


『……感謝する』


 メイナードは小さく礼を言うと、小さな嘴でイノシシ肉を摘まみ始めました。

 湯気が立ち昇るそれを一心不乱に食べ続ける彼を微笑ましく見ながら、私はベランダに出て素材を拾い上げます。


 彼に頼んでいた物は、“一角獣(ユニコーン)の角”と“雪土竜(スノウモール)の爪”、そして“狂鳴鳥(ノイジークック)の喉袋”でしたが、どれも綺麗な状態で転がっていました。いずれも凶暴性の高い魔獣と書かれていたはずでしたが、ここまで綺麗な状態で確保できるものなのでしょうか。


「メイナード。状態がとても綺麗なのはありがたいのですが、手に入れるのに苦労はしなかったのですか?」


 未だ豪快に足と嘴で裂きながら食べているメイナードにそう尋ねてみると、彼は名前を呼ばれたことで一瞬動きを止めましたが、ちょうど良く裂き終えた肉を口に頬張り、咀嚼を終えてから答えてくれました。


『奴らと交戦する必要なぞ無いからな。別に苦労などは無い』


「戦わずに手に入れたのですか?」


『死にたくなければ貴様の角を寄越せ。さもなくば貴様を夕飯の肉にすると言うように迫っただけだ』


 な、なるほど。メイナード――もとい、カースド・イーグルに逆らうくらいなら、体の一部を差し出して見逃してもらおうと判断されたのでしょう。魔獣のパワーバランスを垣間見たような気がして、私は少しだけ同情してしまいました。


「しかし、この一角獣は生息区域を移動するため見つけづらいとあったはずですが、森の近くにいたのですか?」


『どちらかと言えば、魔王城の付近だ。奴らは移動はするが、それは所詮己の足で行き来できる程度でしかない』


「そんな遠くまで探しに行ってくれたのですね。本当にお疲れさまでした」


『構わん。礼は肉で示せ』


「ふふ、分かりました。もう少し追加で焼きますね」


 メイナードがお肉の筋を好むので、彼用にいくつか保存しておいた硬めのお肉を良く焼いて出してあげると、一言も喋らずにぺろりと平らげられました。彼が食事中に更に寡黙になるのは、私の料理が美味しかったからだとエミリから聞いているので、そんな様子を見ると私は少しだけ嬉しくなります。


『して、レナとフローリアはまだか?』


「まだのようですね。森の中で採れそうな素材をお願いしたのですが、見つけづらいものだったのかもしれません」


夜香木(ナイトジャスミン)の花と柚子(ゆず)の皮じゃろう? さほど難しくもなかろう』


「ですがシリア様、柚子はともかく夜香木の花は咲く時間も遅いらしいですし、もう少し掛かるのでは……」


 私がそう懸念したと同時に、玄関のドアがやや乱暴に開かれた音がしました。それに続き、ドタバタと駆け上ってくる足音と悲鳴が聞こえてきます。


「寒い~! 寒い寒い寒い! 氷漬けになっちゃう~!!」


「冬の山とか寒すぎ! シールヴィー! お風呂入りたいー!!」


 噂をすれば何とやらです。

 なだれ込むように食堂へ入ってきた二人に、私は微笑みながら言います。


「おかえりなさいレナさん、フローリア様。お風呂は出来ていますので、先に入ってきてどうぞ」


「あ~ん! 流石シルヴィちゃん、気配りの女神を名乗って良いわよ! 大好き! 愛してる!」


「ひゃあぁぁ!? 冷たっ!!」


「はぁ~、シルヴィちゃんのほっぺた温かいわぁ……」


「は、離してくださいフローリアさ――んひっ!?」


 私の顔を冷たくなっている両手で包み込むフローリア様から離れようともがいていたところへ、背中の中に氷でも入れられたかのような冷たさに変な声が出てしまいました。

 思わずつま先立ちになってしまい、すぐさま犯人を捜そうと振り返ると。


「あっははは! やっぱりこっちの人もこの手のイタズラには弱いのね!」


「れ、レナさん~!!」


 まるでイタズラを覚えたての子どものように笑うレナさんが、私の背中に手を入れていました。

 彼女はそのままくすぐるように手を動かしていましたが、ひとしきりイタズラを終えて満足したらしく、フローリア様を連れてお風呂へと向かって行きます。


 やや乱れた息を整えていると、今度はシリア様から微弱な魔力が発せられていることに気が付きました。

 慌てて警戒しながら対峙する私に、シリア様は少し残念そうな顔を浮かべながら感想を零します。


『やれやれ。やはり魔法では勘づかれるか』


「やめてくださいシリア様、お夕飯にナスをお出ししますよ?」


『それは困るからやめておくかの! くふふっ』


 何だかんだシリア様も私を弄ることがお好きらしく、レナさん達に気を取られていると混じってくるので気が抜けません。

 未だに警戒を解かない私にシリア様は小さく笑い、レナさん達が集めてくださった素材を前足でしましながら言います。


『ほれ、いつまでもそんな奇妙な構えをしとらんで始めるぞ。まずは一角獣の角をひとかけら磨り潰すのじゃ』


「……分かりました」


 作業に取り掛かろうと角を手に取り、先端部分を半ば折るように包丁で切っていると。


「んひゃあああああああ!?」


『くははははは!! 良い悲鳴じゃ!』


 先程の魔法で作り出されていたらしい氷の冷気が、再び私の背中を襲いました!

 慌てて包丁を置き、半泣きになりながらシリア様の頬を引っ張りながら私は抗議します。


「シリア様! 包丁を使ってる時はやめてください!」


『ふふふっ、ふあやかった(すまなかった)


「今夜はナスとトマトの煮込みと、ナスのパスタにしますからね!」


『そ、ほえは嫌や(それは嫌じゃ)ふあやいひういぃ(すまないシルヴィ)!』


「ダメです! 絶対に変えません!」


 慌て始めるシリア様を無視し、そのままモチモチと頬で遊ぶ私に、シリア様は情けない声を出しながら謝り続けていました。

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