24話 ご先祖様は規格外
その後、暇を持て余していたメイナードとレナさん、そして強制的に行かされることとなったフローリア様の三名で、風邪に効く薬のための素材を集めていただくことになりました。
「ホント、フローリアってば服選びのセンス抜群よね。いつもありがとう!」
「えっへへ~、どういたしまして! 可愛い女の子を愛でられるなら、どんな努力だって惜しまないわ!」
いつの間にか冬服を買ってきていたらしいフローリア様によって、着替えさせられた彼女の服装はとても暖かそうなものでした。
真っ赤なカーディガンの内側には、ベージュのハイネックセーターを着こんでいて、栗色のフレアスカートには可愛らしく花柄が刺繍されています。そして普段から愛用している桜のシュシュは、もこもことした手触りの白いポンポンに変わっていました。
頭の上にちょこんと乗せられたベレー帽を調整しているレナさんの横で、寒い中出かけたくないと不服そうにしているメイナードに、シリア様がテーブルを前足で二度叩きながら言います。
『お主にはこれをやろう。妾の魔力が編み込まれた特別製じゃ』
ポンっと彼の首元を覆うように巻き付いたのは、メイナードサイズの大きな赤いマフラーでした。よく見ると可愛らしく所々に猫の肉球がクリーム色で施されていて、メイナードが使うには少し可愛すぎるようにも見えます。
しかし、しばらくそれを見ていたメイナードは、シリア様に頭を垂れながら、心なしか嬉しそうにお礼を言いました。
『ありがとうございます、シリア様』
『くふふ! 良い良い、素材集めは任せたぞ』
『はっ』
早速メイナードが大窓から外へと飛び立っていき、各々が出かける準備を整えている一方で、フローリア様と言いますと……。
「はぁ~! 寒い寒い! 無理! なんでこの森はこんなに寒いの~!? お外出たくなぁい!!」
と、食堂のテーブルから動こうとせず、『早う行かんか!』とシリア様の猫パンチを受けても頑として動く気配がありません。
そんな彼女に、私は用意していた秘策を差し出します。
「フローリア様、こちらをどうぞ」
「ん? なにこれ、水筒?」
「はい。中には温かいココアが入っていますので、外で寒さに疲れた時にはこれを飲んで温まってください」
「わぁ~! 流石シルヴィちゃん! どこかの暴力猫とは大違いで、優しさが染みるわぁ!!」
『妾とて好きで暴力を振るっている訳では無いわ!!』
「いった! そう言う所よシリア! ばーかばーか!」
家から叩き出さんばかりにフローリア様へ攻撃を続けるシリア様に、彼女は可愛らしい暴言を吐きつつもようやく立ち上がります。
そしてくるりと回ると、あっという間に外出着にその身を包みました。毎度ながら、どういった原理でこの着替えが行われているのかが不思議でなりません。
今日のフローリア様のコーディネートは、薄茶色のコートに黒のロングタイツというシンプルな物でしたが、首回りはもこもことした何かの毛が使われていて、フロント部分に六つある大き目なボタンとウエスト部分をきゅっと締めるように付けられている同色のリボンベルトがとても可愛らしいデザインです。
「それじゃ、ちょっと行ってくるわね! 夜はお鍋が食べたいわ~!」
「お鍋ですね、分かりました」
「んふっ! 楽しみにしてるわね!」
フローリア様はレナさんの手を取り、足取りを弾ませながら外へと向かってきました。
ようやく彼女が出かけて行ったことにシリア様は深く溜息を吐き、少し疲れた顔で私に言いました。
『お主、あ奴の扱い方に慣れてきたな』
「それなりに長い間、毎日一緒に過ごしていますから」
『くふふ。まぁよい、では妾達も調合の準備をするかの。妾の部屋に来るが良い』
その言葉に、私は少し驚いてしまいました。
今までは掃除も自分でやるからと入らせてもらえなかったので、シリア様の部屋だけどういう内装になっているのか分からなかったのです。
『なんじゃ、突っ立ってないで付いてこんか』
「す、すみません」
先を行くシリア様の後に続いて、恐る恐る部屋の中に足を踏み入れます。
部屋の中に入った私は、再び別の意味で驚くことになりました。
「これは……。もしかして、空間を弄っておられるのですか?」
『うむ。魔導書の保管、酒造り、その他生活物資の作成なぞをこなしておると、どうにも元の部屋では手狭でな』
シリア様の部屋は一階の診療所と同じくらいに拡張されていて、部屋の中央にはよく分からない魔法陣を中心に本棚と謎の魔道具があちこちにごちゃりと置かれています。そして部屋の四分の一を占めるほどのスペースには、お酒を保管する倉庫にある酒樽と同じものがいくつか棚に積まれていて、控えめに表現しても、片づけが苦手な人の部屋としか言いようがありません。
「シリア様の部屋、初めて入りましたがこんな内装になっていたのですね……」
『招き入れる必要が無かったからのぅ。待てシルヴィ、それ以上左足をそちらへ踏み込ませるでない』
シリア様に鋭く止められ、左足を踏み出そうとしていた体勢で動きを止めます。何か踏みそうになっていたのでしょうかと視線を巡らせると、小さな小皿の上に紫色に火が揺らめく蝋燭が立てられていました。
よく見ると、その下から中央部分にある魔法陣とは別の陣が引かれているようで、線を辿っていくと部屋の隅にも同じものがいくつか配置されているようです。
『空間拡張にはそれなりに魔力を消耗し続ける。故に、これは一度消費した魔力を固定して魔法を維持させる特殊な陣じゃ』
「そのような物もあるのですね」
『妾が生きておった頃には、発動させた魔法の火力維持をどうするかという解として、妾を含む数人の魔女の間でのみ、この方法が用いられておった。これさえ用意できれば、半永久的に発動した魔法を維持させ続けることが出来るからの』
シリア様は私が歩きやすい道を進みながら作業台の上に飛び乗ると、『まぁこれは極端な例じゃが』と補足で説明を続けます。
『例えば、お主を幽閉しておった塔の結界。あれは年に一度の更新を行って保っておったが、妾のこれに掛かれば、陣さえ消されなければ結界は二千年だろうと一万年だろうと残り続けるであろうよ』
「それでシリア様は、私と出会ったばかりの頃にあの結界の維持について、“余程高名な大魔導士でもない限り維持は難しい”と仰っていたのですね」
『うむ。妾のこれは使用を制限しておるが故に、今では使える者は妾とあと二人だけと限られておるが、妾の足元までに至った大魔導士であれば、これに近い物は使えるじゃろう』
それでもやはり、シリア様の足元に及ぶか及ばないかなのですね。
相変わらず想像の遥か上を行くシリア様の魔法に、私は何もコメントすることが出来ませんでした。




