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19話 ご先祖様は諭す

「二千年前に成された魔王討伐を、現代でも再び目論んでおられる理由をお聞かせ願えますか?」


 シリア様の二つ目の問いかけに、後方にいたセイジさん達が身じろぎした気配を感じました。そっと顔を向けると、次の標的は自分達かと怯えているようです。

 そんな彼らの下へフローリア様が近づいていき、何か耳打ちしているようでした。それを聞いたセイジさんが少し安堵した表情になり、他の仲間に説明を始めたので恐らく大丈夫でしょう。


 しかし、質問をぶつけられている陛下はと言いますと。


「それは、だな……」


「それは、何でしょうか」


「魔王が存在する限り、世界に平和は訪れることが無いからだ」


 と、答えました。

 その答えにシリア様は呆れたように溜め息を吐いて見せ、さらに問いかけます。


「お言葉ですが陛下。魔王が世界の統治と言う名の支配を試みていた、二千年前にその答えが出たのならば私も理解できたかもしれません。しかしながら、かの勇者一行に討たれた魔王は、この二千年の間に人間領へ攻め込んできたことはありましたか?」


「シルヴィ殿は知らないかもしれないが、幾度となく侵攻が行われ、森や大地が焼かれ――」


「それは違います」


 陛下の弁解に対し、シリア様は即答しました。

 再び言葉を詰まらせた陛下に対し、シリア様はこれまでの出会いで得た答えを告げます。


「遥か昔。今は南方地域にしか残されていない<不帰(かえらず)の森>は、かつて人間領と魔族領を分断するように生い茂っていました。ですが、その森を切り払い、領地拡大していたのは人間のはずです。そして、そこに住んでいたエルフ達を奴隷とし、戦力補充や娼婦として扱っていましたよね?」


 スピカさんが以前、「ハイエルフである私達はそういう歴史があるとしか分からないし、直接被害を受けた訳でも無いから、人間に特別思うことも無い」と語りながらも、少し寂しそうにしていたのを思い出しました。


 私達の存在が消されていると言えども、世界の歴史自体は変わっていないようで、シリア様の糾弾に陛下が苦しそうな顔をしています。


 そんな陛下に、シリア様は更に追い打ちを続けます。


「魔王は勇者一行に討たれてからというもの、幾度となく人間へ和平のアプローチを続けていたはずです。それを断り、あなた達人間は再三小規模の戦争を仕掛け続け、無益な争いを続けては命を散らしてきていました」


 シリア様はそこで一度言葉を切り、話し続けてやや乱れていた呼吸を整えるように息を吸い込むと。


「そして、そこに私と言う第三戦力を加えようとしている人間に、私は力を貸すことはできません」


 そう断言しました。


 シリア様の――いえ、魔女を代表する言葉に会場内がざわつき始めます。

 中には「魔女はこれだから」「やはり魔女とは相容れないのか」と、魔女を非難するような心無い言葉が聞こえ、「陛下に失礼よ」「陛下からの褒賞を無下にするとは」と、シリア様の対応に不快感を表す人々もいるようです。


 陛下はシリア様からの回答を受け、眉根を寄せながら考えこんでいます。

 恐らく「人間に力を貸さない」という言葉から、「私達は魔族側に就く」と判断しているのでしょうか。


『シリア様。私としてもあまり力を貸したくはないと思うのは同じなのですが、突き放すだけだと魔族側に与すると思われてしまうのでは……』


『ん? あー……そうじゃな。それもそれで面倒か』


『はい。せっかくレオノーラが争いを望んでいないと伝えられたのですし、人間側からも歩み寄っていただくことはできないのでしょうか。もし友好的な関係が築けたのなら、その後判断するというような形をとるとか』


『ふむ……。どれ、一手試してみるとするかの』


 シリア様は頷き、やや声を張り上げました。


「言葉が足りず、失礼いたしました。私は力を貸さないとは言いましたが、あなた方と敵対するというつもりはありませんし、場合によっては必要に応じて力を貸してもいいとは思っています」


 その言葉に周囲が再び静まり返り、陛下が窺うような表情を見せます。


「場合によっては、というのは?」


「はい。現在の人間側の状況から察するに、恐らくは魔族を恐れているからこそ、力で制圧して従えたいのでは無いかと思いました。仮に私が力を貸して抑止力となったところで、抑圧された魔族は不満を募らせ、いずれは反乱が起きて再び戦争となるでしょう。そこで、ひとつ提案があります」


 陛下の疑問に満ちた視線を受けながら、シリア様が続けます。


「人間側と魔族側で、お互いを良く知るために異文化交流を試みるというのはいかがでしょうか」


 シリア様の提案に、真っ先に反対した人がいました。


「無理だ! 魔族が人を前にして殺しに来ないはずがない!!」


 彼はどこかの貴族なのでしょうか。少なくとも、私達の元へ挨拶には来なかったような気がします。

 シリア様はその言葉に、冷静に切り返します。


「ではお尋ねしますが、それは絶対にそうなると断言できますか?」


「当然だ!」


「あなた自身の先入観を抜きにして、そうだと言い切れますか?」


「そうだ!」


 頑なに認めようとしない彼に続き、周囲の人が口々に「魔族とは分かり合えない」と否定し始めました。

 その様子にシリア様は嘆息し、諭すように話し始めます。


「では私から一点、言わせてください。我々魔女は、かつてあなた方から恐れられ、魔女狩りと称して一方的な殺戮を受けました。当然仕返しをしたとは言え、裏切りの形を取ったあなた方の前に、現時点で姿を見せているにも関わらず、あなた方には手を出してはいません」


 ですが、とシリア様は続けます。


「あなたは先ほど、「これだから魔女は」と私を非難しました。“魔女”という先入観に私を当てはめ、あたかも魔女のすべてがそうであるかのように言いましたね?」


 口調こそは冷静ですが、シリア様から静かな怒りを感じます。

 その視線に射抜かれている男性は狼狽え、視線を泳がせ始めました。


 そんな彼にはもう用はないとでも言うように、シリア様は男性から視線を外して振り返り、会場内の全員に聞こえるように言います。


「あなた方は先入観に囚われ過ぎています。それと同時に、過去にも縛られています。何故、敵意の無い相手を一方的に悪だと決めつけて剣を振り上げなくてはならないのですか? 何故、過去の歴史でそうであったからと、今を変えようとしないのですか?」


 その問いかけに、答える人はいません。

 誰もが心当たりがあるようで、逃げるかのようにシリア様から顔を逸らしています。


「確かに、歴史上では彼らは地上を征服しようとしていました。ですが、悔い改めて和平を結ぼうと歩み寄る彼らを悪だと決めつけ、蔑ろにし続けていたのはあなた達人間です。いい加減に、過去に囚われずに新しい未来へと進んでも良いのではないでしょうか?」


 誰も答えず、ただただ静かな時間だけが流れていきます。

 それを破ったのは、これまで静寂を保っていた人物でした。


「いいんじゃないかしら、あなた」


 声の主は、二階席から成り行きを見守っていた王妃様です。

 彼女はゆったりとした動作で階段を下り、陛下の横に立ち並ぶと、シリア様に笑いかけました。


「シルヴィさん。貴女の言う通り、魔王からは度々和平交渉の文が届いていました。世界の和平のために、互いに手を取り合って未来を築けないか。互いの文明の発展のためにも、力を合わせられないかと。それを全て無視していたのは、私達に責があります」


「マナ、お前……」


「シルヴィさんの言う通りよ、あなた。いつまでも一方的に、魔族は私達を害すると決めつけているのは良くないわ。彼らだって、この世界に生きている命なんですもの。だったら、手を取り合っても良いと思うの。ね?」


 王妃様からそう諭された陛下は、しばらく悩むような素振りを見せましたが、やがて観念したかのように脱力すると、シリア様へ頷きました。


「シルヴィ殿の言う通り、我々も魔族を知るべきなのかもしれぬ。だが、長い間いがみ合っていた仲であるが故に、今更切り出したところで裏があると思われてしまうだろう。そこで、どうか仲を取り持ってはいただけないだろうか」


「えぇ。私が魔王との仲を取り持ち、友好的な関係を築けるように計らいましょう」


「すまない……。その上で、改めて頼みたいのだが、もし魔族と友好的な関係が結べた暁には、レヒティン領を治めてはくれまいか。あの地には跡継ぎが無く、英雄である森の魔女であれば民も安心して暮らせるのだ」


 シリア様はちらりと私を見ました。

 友好的な関係が築けるのがいつになるかは分かりませんが、その条件ならば私が利用されると言うことは無さそうですし、大丈夫だと思います。


 私が頷くとシリア様も理解したと言うように小さく頷き、陛下へと言葉を返します。


「分かりました。和平が上手くいき、世界が平和となった暁にはレヒティン領を治めさせていただきましょう」


「おぉ……! 助かるよ、シルヴィ殿」


「ふふ! それじゃああなた、どうしていくかはまた会議で決めましょうね」


「そうだな」


 王妃様にそう応じる陛下を見ながら、私達はようやく難所を乗り越えられたと、揃って安堵の息を吐くのでした。

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