24話 元王女様は家族の温もりを知る
「あの、お姉ちゃん。本当にわたしも、お風呂入らないとダメ……?」
「ダメです。綺麗になってからベッドに入るのが、我が家のお約束ですよ」
「あうぅ…………」
やはりエミリもお湯に入るということに抵抗があるらしく、お風呂場で体を洗った後も渋り続けていました。別にお風呂に入らないと寝てはいけないなんてルールはないのですが、せっかくですのでお風呂の良さを知ってもらうための口実です。
耳と尻尾をしゅんと垂れ、全身でしょぼくれているのが見て取れるくらい嫌がっていますが、そんなことはお構いなしにシリア様がエミリの頭上に乗りながら、悪い笑顔を浮かべていました。
『ここまで来て、よもや怖いだの抜かして逃げようとは考えておらぬよなぁエミリ?』
「そうですよエミリ? お風呂は怖くありません、とても気持ちいいのですよ」
私はエミリの細い体をそっと抱き上げ、そのまま湯船の中へと進んでいきます。するとエミリが腕の中で逃げ出そうともがき始めました。
「あっ、やだやだやだ、死んじゃう! お姉ちゃん!!」
『この程度の湯で死ぬものか、たわけ。ほれ、落とす前に一気に行けシルヴィ』
「分かりました。では……」
「やだああああああああぁぁ…………ったかあぁい……」
直前まで体をばたつかせて逃れようとしていたエミリでしたが、お湯に半身ほど沈むと一変して大人しくなり、とろんとした顔になりました。だから再三、お風呂は気持ちがいいものと言いましたのに。
『くっ……ああぁ~。やはり風呂はいいのぅ、こうも広いと尚更よい』
「んっ……。はい、塔の石造りのお風呂も良かったですが、木材のお風呂も素敵だと思います」
「お姉ちゃん達が住んでいた方では、みんなお風呂に入っていたの?」
『皆が皆、という訳ではないが風呂に入るという風習は一般的じゃったのぅ。地域によっては風呂の在り方も様々でな? 牛乳を入れた風呂や炭酸が湧き出る風呂、バラの花を浮かべた風呂や果実を放り込んだ風呂、他にも――』
牛乳のお風呂、というのが全く想像できません。それは果たしてお風呂と言っていいのでしょうか。むしろ体が汚れてしまいそうな……。
とりあえずシリア様の猫語では伝わらないので、詳細は分からないままそれを伝えることにします。初めてお風呂の良さを知ったエミリにとっては好奇心をくすぐられるものだったようで、瞳を輝かせながらシリア様のお風呂談議に聞き入っていました。
「……と、様々な種類のお風呂があるようです」
「お姉ちゃん! わたしも色んなお風呂に入ってみたい! 牛乳入れたお風呂も気になる!」
「では明日は牛乳のお風呂にしてみましょうか」
我ながら見事なほどの手の平返しだと思いますが、可愛い妹のお願いなら喜んで引き受けましょう。そのためには後で、シリア様に具体的にはどういうものか聞いておかなければなりませんね。
お風呂を満喫した私達は、隣のリビングで体を冷ましながらエミリの髪と尻尾の手入れをしていました。
この大きな尻尾、今まであまり手入れができていなかったようですが、お風呂でしっかりと洗って風魔法で乾かし、ブラシで梳かしていると、みるみる内にふさふさとした立派な毛並みになっていきます。
エミリが自分の尻尾を抱きしめて、「尻尾がいい匂いする~ふかふか~」と楽しそうにしているのを見て、私も嬉しくなります。今度お願いして触らせてもらいましょう。
そしてエミリの服ですが、驚くことに獣人の方々は“パジャマ”という概念も無かったようで、着ていた服をそのまま着ようとしていたエミリを慌てて止めさせて、シリア様にパジャマを錬成していただきました。
完全にシリア様の趣味が出ていて、至る所に歩き回る猫と足跡が描かれている、薄紫色の可愛らしい物でしたがエミリは大喜びでした。
ついでだからと私も同じものを用意していただけましたが、私のは白色の生地に水色の猫の顔のシルエットが散りばめられた、これまた可愛らしい物でした。少し幼いような気もしましたが、『お主は無駄に落ち着き過ぎておるからこの程度でよい』とのことです。
各々部屋に戻ろうとした時、シリア様が部屋の扉の前で振り返り、私に代弁するよう話されました。
「エミリ。もし夜中に何かあったらシリア様の部屋ではなく、私の部屋へ来てくださいね。こう見えてもシリア様は凄い魔女なので、大事な研究中に邪魔されるとうっかり部屋が爆発してしまうかもしれません」
「う、うん……」
もちろん嘘です。シリア様は寝ている最中は実体化を解いて姿を消しているので、いなくなったと勘違いされ騒がれないためです。
ですが、魔法の暴走による爆発はちょっと冗談としては危険ではないでしょうか。軽くエミリが怖がってしまっているではありませんか。
私はエミリの頭を優しく撫で、安心させるように話しかけます。
「大丈夫ですよエミリ。何かあったら遠慮なく、私の部屋に入ってきていいですからね」
「うん、ありがとうお姉ちゃん」
真っ直ぐにお礼を言われ、顔がにやけそうになるのを堪えていると、シリア様がニヤニヤしながらこちらを見ていました。今度は大丈夫だったはずです、たぶん。
『くふふ、ではまた明日じゃ。おやすみ二人とも』
「はい。おやすみなさいシリア様、エミリ」
「お、おやすみなさい!」
エミリの声がどこか緊張しているようにも感じられましたが、そのまま部屋に入っていったので気のせいだと判断し、私も部屋に戻ります。
そしてベッドに体を預け、治療による疲労感や楽しかった高揚感からすぐに眠たくなり、ものの数分で意識を手放しました。
ですが、その眠りは数時間もしない内に妨げられることになります。
コンコン、と控えめなノック音で私は目を覚ましました。体を起こし、寝ぼけ眼でドアの方へ視線を向けると、続けてドアが開かれました。
「ご、ごめんなさいお姉ちゃん……」
そこには、枕を抱きしめながら泣き出しそうな顔をしているエミリの姿がありました。
私は何事かと思いベッドから降りようとしましたが、続けられた言葉で降りるのを止めました。
「あ、あのね。お部屋広くて、わたししかいなくて、寒くて、怖くて……。お姉ちゃんと一緒に、寝てもいい……?」
「ふふ。いいですよ、ちょっと狭いかもしれませんが一緒に寝ましょうか」
「ありがとう……!」
安堵の笑みを浮かべ、エミリは私のベッドの中へ入ってきます。
しばらくもぞもぞと体を動かしていましたが、私がエミリを腕で覆うようにすると、おずおずと私に抱き付いてきて動きを止めました。どうやら、抱き付くことで安心感を得られるようでした。
「寒くはないですか?」
「うん。お姉ちゃん、温かい……いい匂い」
二人で笑いあい、やがて胸の近くで寝息が立ち始めました。
エミリが感じていたのは、独りぼっちの孤独感でしょう。周囲には自分しかおらず、温かくしているはずなのに寒さを感じ、それがやがて恐怖に変わっていく感覚です。
それは私も痛いほど知っている感情で、もう体験したくないものです。
「これからは、私が一緒ですからね。一緒に温かくなりましょうね」
私と同じく、ずっと独りぼっちだったエミリに親近感を覚えてしまいます。そしてそれは、私の中で家族と呼べるほど大切なものへと変わっていくのを感じながら、私も眠りにつきました。
シルヴィに初めて妹・・・家族が増えました。
これから彼女と共に過ごすことで、シルヴィはどんどん普通の女の子らしくなっていきます。
ここまでで1章完結になります!いつも閲覧いただき、本当にありがとうございました!
明日からはペースダウンになりますが、毎日20時過ぎに1話ずつ更新していきますので、
今後とも「幽閉王女は魔女になる」をよろしくお願いいたします!!
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