17話 領主様は縁が無い
席に戻ると、踊り終えていたらしい皆さんも戻って来ていて、談笑に華を咲かせているところでした。
そこへ私達も加わり、美味しい食事に舌鼓を打ちながら楽しんでいると、一人の男性が私達――いえ、正確にはフローリア様を訪れ、こう言ったのです。
「貴女の美貌を目にした瞬間から、私は貴女以外の物が見えなくなってしまいました。どうか、私の手を取っていただけないでしょうか」
「うわっ、キザなセリフ……」
ぼそっと言うには少し声量のあるレナさんのことは、言葉通りの意味で見えていないかのように無視する男性に、フローリア様は頬に手を当てながら照れて見せました。
「やだぁ、私ってば罪深い美貌ね! 大神様に怒られちゃうわ!」
「大神様も貴様を創った時は、もっとスマートな外見だったはずじゃろうよ――ぐふっ!?」
ワイングラスを小さく傾けて中身を呷っていたシリア様は、死角からの攻撃を脇腹に受けたらしく、ギリギリ吹き出すことはありませんでしたが、やや涙目ながらむせています。
フローリア様は困ったように考える素振りを見せ、その男性に答えました。
「私は手を取ってあげないといけない人が他にいるの。だから、申し訳ないけどあなたの手を引いてあげることはできないわ」
彼女は「それに」と付け加え、そっと差し出されていた手を取りながら言います。
「ほら、あなたってば既婚者でしょう? 女性を口説くならもっと誠実に見せないとダメよ?」
確かに、彼の薬指には光り輝く結婚指輪がはめられています。と言うことは、彼は結婚しているにもかかわらず口説きに来たのでしょうか。
不誠実さが露見してしまい、エルフォニアさんとエミリ以外から侮蔑の籠った視線を一身に受けた男性は、まるで気にしていないとでも言うように笑みを浮かべました。
「大丈夫です。確かに私には妻が三人いますが、貴女には決して不便な思いはさせないと誓いましょう。私の私財を好きなように使ってもらって構いません」
「そういう問題じゃないのよね……」
ミーシアさんが小さく呟き、レナさんがうんうんと同意しています。
そこへ、男性の返答に引っ掛かっる部分があったらしいシリア様が言いました。
「好きなだけ私財を使っていいのですよ、フローリア様。もう働く必要も無く、好きな時に好きなだけ食事を楽しみ、お酒も浴びるように飲んでも問題無いのではないでしょうか」
「無論です! 私の側にさえいてくれたらそれでいいのです!」
「それは嬉しいけどタイプじゃないのよね~」
「はがっ!?」
シリア様によってフローリア様なりに隠していた感想が露わになり、男性の顔が絶望一色に塗りつぶされました。膝から崩れ落ちる男性に若干憐れみを感じてしまいますが、自業自得であるとも思えるので何とも言えません。
「ごめんなさいね、私にはもう愛すべき人がいるから諦めてくれるかしら」
「あぁ……残念です、愛しの女神……」
とぼとぼと去っていく男性を見ながら、「あら? あの子、私を女神だと知ってて口説きに来てたのかしら?」と小首を傾げるフローリア様に、私達は何も言わずに食事に戻ることにしました。
それから間もなく、再び私達の元を訪れる人物がいました。
その男性も先ほどの方同様に、フローリア様を口説きに来たようです。
「貴女と出会えたのは運命に違いない。神の思し召しに感謝を」
「うわぁ……」
「あれは無いね……」
「どの時代の男も変わらんか……」
「えぇ~? 私が神様なんだけど~?」
お酒でほんのり頬を紅潮させている彼女の言葉を冗談と捉えた男性は、気持ちよさそうに笑い。
「神よ。我が身に寄り添い、寵愛を賜れないだろうか」
「嫌。私、ヒゲって嫌いなの」
早々に退散していきました。
もう少し言葉を選んであげても良かったのでは……と思っているところへ、またしても別の男性が現れました。
「あぁ、麗しのキミよ。どうか僕と情熱的な夜を過ごさないか?」
「いいわよ」
「えっ、いいの!?」
「この子も一緒で良ければね♪」
引き寄せられたレナさんを見た男性は、うーむと顎に手を当て。
「すまない。この話は無かったことにしてくれ」
颯爽と背中を向けた彼に、レナさんが吠えました。
「あたしを見て帰るなあああああ!!」
その後も代わる代わる、フローリア様目当ての方が撃退されていく中、またしても男性がフローリア様に声を掛けに来たかと思いきや。
「ネイヴァール家の長女、エルフォニア様。貴女様の噂はかねがねお聞きしております」
今度はエルフォニアさんを口説きに来たようでした。
声を掛けられたエルフォニアさんは、果実酒の入ったグラスを口元に添えたままちらりと盗み見るも、反応を示しません。
彼はあまり相手にされていないことも想定内だったようで、自己紹介もそこそこに口説き始めました。
「貴女様のお話を伺ってから、こうしてお会いできる日を待ち焦がれておりました。どうか、貴女様のパートナーとして、私を選んではいただけないでしょうか」
彼はどうやら、エルフォニアさんのことを知っているようです。
そんな二人の様子を見守る私達にミーシアさんが耳打ちしてくださいますが、彼はどうやらネイヴァール領の隣の領地にある貴族らしく、ミーシアさんと会談した際にいくつか話を聞いて興味を持っていたそうです。
相手にされないだろうと思って話をしてしまったの、と少し申し訳なさそうにするミーシアさんでしたが、彼からのアプローチを受けたエルフォニアさんは。
「構わないわよ」
と、あっさり承諾するのでした。
「えぇ!? エルちゃん、受けるの!?」
思わず驚愕してしまったミーシアさんへ、いつものような無表情を向けた彼女は頷きます。
「そろそろ新しい魔法の創造をしたかったところなの。理論としては一人で組み立てるには無理があるのよね」
「あ、あー……魔法の助手ってことね?」
「それも少し違うわね」
「え?」
困惑するミーシアさんにも聞こえるように、彼女は男性へと振り返ると。
「新しい薬品の調合にはいくつか必要な素材があるの。その条件として、私に恋心を抱く者の血と肉片、そして新鮮な心臓ね。あなたがそれを提供してくれるなら助かるわ」
最早助手ですらなく、ただの素材のひとつとしてしか見ていなかった回答を口にしました。
呆然とする私達が見守る中、彼は顔面を蒼白にさせて逃げ出してしまいます。
そんなエルフォニアさんに、シリア様が苦言を呈しました。
「エルフォニアさん。流石に今のはどうかと思いますよ? それにその素材を使うとなると、媚薬でも作るつもりですか?」
「あら、流石はシルヴィね。概ね間違いでは無いわ」
「え、待って!? あんた、墜としたい人がいるの!?」
「私が誰を想っていても、あなたには関係ないでしょう? 欲しいものはあらゆる物を使って手に入れるのが魔女じゃなくて?」
そう言うと、エルフォニアさんは同意を求めるように私へ視線を送ってきました。
『いえ、私に同意を求められても……』
「別に同意を求めたつもりじゃないわ。視界の端に、口が開いたままの猫がいたから見ただけよ」
そんなことは無いはずと思いつつも口を押える私に、エルフォニアさんは小さく笑って「冗談よ」と言いました。
その後も何人か、フローリア様とシリア様目当てに声を掛けて来る方々がいらっしゃいましたが、お二人とも手慣れているようで言葉巧みに躱し、夜会も終わりが迫ってきた頃――。
「何で私は声かけて貰えないのぉ~!? エルちゃぁ~ん!!」
「あなたはその泣き癖が面倒がられてるんじゃないかしら」
「うぇ~ん! 私も恋愛したいよぉ~!!」
完全にお酒が回り、子どもみたいに泣きじゃくりながらエルフォニアさんに抱き付くミーシアさんと。
「大丈夫? レナちゃん……」
「いいの、いいのよ……。あたしは見た目が子どもだから仕方ないわ。あたしにはフローリアがいるもの……」
どこか暗い顔をしながら、自虐気味に笑っているレナさんがとても印象的でした。
私も恋愛はしたいとは思いますが、王家の謎やソラリア様についてひと段落したら、私もシリア様やフローリア様に教わって恋愛してみることにしましょう。




