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16話 魔女様は見抜けない

 その女性の言う通り、頬がやや紅潮しているようで、お酒が回っているようにも見えます。

 いっそのこと、ここからどいてあげた方が良いのではと思い、手すりの上から飛び降りようとすると。


「あぁ、行かないでください。私、猫が大好きなのです。触りませんから、少しだけ傍にいて頂けませんか?」


 と、お願いされてしまいました。

 触られることもないようですし、隣で夜風を浴びて酔いを醒ましたいだけでしょうと判断し、その場に留まった私を見ると、彼女は嬉しそうに眉尻を下げながら言いました。


「ありがとうございます。では、お隣失礼しますね」


 コツ、コツとヒールを鳴らしながら隣に来た女性は、深紅色のドレスの上に羽織っている黒い上着を風にはためかせながら、細く長い息を吐きました。その吐息が風に吹き返されて私の鼻頭を掠め、少し熱の籠った甘い香りが鼻孔をくすぐります。


「猫さんは、どなたかの飼い猫さんなのでしょうか? それとも、たまたまやってきた野良の猫さんなのでしょうか」


 瞳を閉じたまま尋ねてくる女性に、「シリア様と一緒です」と答えようにも伝わることが無いと思い直し、小さく「にゃぁ」と鳴くことにしました。

 すると、彼女はそれに気を良くしたのか、ふふっと笑うと手すりに腕を乗せながら語り始めました。


「私は、ルクスリア商会を営んでいるオーナーです。プラーナ=ルクスリアと申します。猫さんはルクスリア商会を聞いたことはありますか?」


 ルクスリア商会。初めて聞いた名前です。

 と言うよりも、そもそも私はつい最近まで私がポーションを卸していた街の名前すら知らなかったので、知っているはずもありませんでした。


 何も答えない私に、プラーナと名乗る女性は続けます。


「猫さん用のご飯なんかも商ってはいるのですが……。私もまだまだですね」


 うちは猫の姿と言えど神様であるシリア様なので、と少し申し訳ない気持ちになっている私を他所に、プラーナさんはワイングラスの中身をくるくると回していました。


 もしかするとプラーナさんは、目が見えない方なのでしょうか。

 先程から一度も目を開けていませんし、こうしている間にも表情こそ変わりますが瞼は閉じられたままです。


 そんな私の疑問を察したかのように、プラーナさんが口を開きました。


「私の目、気になりますか?」


 図星過ぎてビクッとしてしまった私に小さく笑い、彼女は続けます。


「別に目が見えない、という訳ではありません。ただ、人に気味悪がられてしまうことが多いものですから、こうして閉ざしているのです」


 そういう事だったのですね。

 私も、この瞳のせいで“忌み子”として扱われたものと思っていたので、彼女の悩みが分かるような気がしました。


「猫さんの目は綺麗ですね。オッドアイ、と言うのでしたか。左右で色の異なる瞳を持つ個体は希少ですし、とても愛されているのでしょうね」


 愛されていたかどうかは、今となっては確かめる術がありません。

 ですが、少なくとも今の家族であるシリア様達は、気味悪がることなく普通に接してくださっていますし、大切な家族の一員として認めていただけているようには思えます。


 プラーナさんは私に目線を合わせると、小さく囁きました。


「猫さんに……私の目、少しだけ見せてあげましょうか?」


 いえいえ! あまり人に見せたくないものなのでしょうし、そこまでしていただかなくても!

 と伝える術の無い私が身振り手振りで伝えようとするも、彼女はそんな私をおかしそうに笑いました。


「大丈夫ですよ。同じ色を持つ猫さんならきっと、分かってくれると思うのです」


 同じ色、と言うことは赤か青のどちらかなのでしょうか。

 そう思った矢先、プラーナさんは閉じられていた瞳を少しだけ開き、私に見えるようにしてくださいました。


 その目はまるで、深い絶望と怒りを灯しているかのように暗く、それでいて業火のように煌々とした色の、不思議な瞳でした。

 見続けるだけで、どこまでも深く吸い込まれていきそうなほどの綺麗な瞳から視線を外すことが出来ず、お互いにじっと見つめ合っていると。


『何故!? 何故ですか!? 私、人のために頑張っていただけなのに!! どうして!?』


 突然、頭の中に悲痛な叫び声が響いて来ました。

 誰かが叫んでいるのでしょうかと周囲を見渡すも、それらしい姿は見つけられず、会場内の賑やかな談笑や音楽が小さく聞こえてくるだけでした。


「どうか、しましたか?」


 不思議そうに小首を傾げるプラーナさんと再び目が合い、またしても視線を逸らせなくなります。

 特に魔法のような力が働いている訳では無いとは思いますし、不快感なども無いのですが、何故かプラーナさんの瞳はずっと見ていたくなるような、見ていなければいけないような不思議な感覚に陥ります。


『酷い……。何で? 何で私だけこんな目に遭わないといけないの!? 私はただ、人に幸せになって欲しかっただけなのに! 誰か助けて……! 独りぼっちは嫌ぁ!!』


 またです。先ほどと同じ、涙混じりの女性の声が再び聞こえてきました。

 その声はやがて、世界の全てを憎むかのように低く暗い声へと変わっていきます。


『許せない……。私を利用したアイツも、私を突き放したアイツも、私を護ってくれなかったアイツらも、全部、全部! いつか必ず、こんな間違った世界は壊してやる!!』


 その声に、私は体の芯から凍り付くかのような恐怖に襲われました。

 とてつもない殺意が、まるで私に向けられているかのような感覚に身動きできずにいると。


「あぁ、こちらにいらっしゃいましたか。シリア様」


 聞きなれた自分の声を発するシリア様が、私達の元へと向かってきているのが分かりました。

 プラーナさんがその声を聞くと同時に瞳を閉じ、背筋を伸ばしてシリア様へ相対してくださったおかげで、私はようやく我に返ったかのように動けるようになりました。


「あら、こちらの猫さんはシリア様と言うお名前なのですか?」


「はい。失礼ですが、あなたは……」


「あ、申し訳ありません。自己紹介が先でしたね。改めまして、初めまして。私は王都グランディアを中心に商いをしております、プラーナ=ルクスリアと申します。どうぞお見知りおきを、森の魔女様」


 ドレスの裾を引き、優雅に一礼して見せるプラーナさんに、シリア様も同じように返します。


「ご丁寧にありがとうございます。私は森で診療所を営んでおります、シルヴィと申します。ルクスリアと言いますと、あのルクスリア商会のオーナー様でしょうか?」


「まぁ、ご存じでしたか! 大変光栄です!」


「えぇ。私が街で少し過ごしていた時も、ルクスリア商会にお世話になりましたから」


 私は塔を出てすぐに森に移動したので、これは恐らくシリア様の生前の頃のお話なのでしょう。

 ……ということは、ルクスリア商会は最低でも、二千年は引き継がれている大商会と言うことでしょうか!?


「かの高名な魔女様にまでそう言っていただけると、商会を切り盛りしている身としては恐悦至極です。もし街で何かご入用の際には、ぜひお越しください」


「ありがとうございます。その時は頼らせていただければと」


「えぇ、お待ちしております。シリア様」


 にっこりと笑みを浮かべているプラーナさんが放った言葉に、私達は一瞬思考が止まりました。

 が、名前の言い間違いであると判断したシリア様は苦笑交じりにやんわりと訂正を入れます。


「はい。私の師匠であるシリア様共々、よろしくお願いしますね」


 その返しに、今度はプラーナさんがハッとしたような表情を浮かべました。

 そして失言を取り消すように、頭を下げながら謝罪します。


「大変失礼いたしました! 私としたことが、お名前を間違えてしまうだなんて……」


「いえいえ、お気になさらないでください」


「この非礼は、また今度お詫びさせてください。申し訳ございません、シルヴィ様」


 彼女は本当に申し訳なさそうにぺこぺこと頭を何度も下げ、やや足早に去っていきました。


 その後姿を見送りながら、シリア様がふぅと息を吐きながら感想を零します。


「何だったのじゃ、あ奴は」


『悪い人……では無いと思います。不思議な方でしたが』


「お主の人を見る目は当てにならんからのぅ。まぁよい、中へ戻ろうぞ」


 ダンスホールへと戻っていくシリア様の後に続きながら、今度プラーナさんに会った時に先ほどの女性の声について聞いてみようと、頭の中のメモに書き残すことにしました。

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