15話 魔女様は夜風を浴びる
一人残される形となった私は、普段のシリア様のようにテーブルの上に飛び乗って食事をするということもできないので、そっと会場を抜け出して夜空を見に行くことにしました。
大きなバルコニーから見える景色は、私が塔の中から見てきた物とほぼ変わり無く、夜だと言うのに明かりが灯されている街並みや、幸せそうに愛を語らいあう男女、そして酒瓶を手に肩を組みながらフラフラと歩いている方も見えました。
もしかしたら、ここから塔も見えるのでは……と探してみると、かなり遠くではありますが、西側の方に小さく塔が見えました。周囲からも孤立するように佇んでいる塔は、私があの白い世界の中で作り出した物と寸分変わりがありません。
まるで、世界から切り離された空間かのようにも見える塔の周囲を見て、私はあの中に閉じ込められていたことを思い出し、少し暗い気持ちになってしまいました。
……そう言えばあの時、大神様はこうも仰っていたような気がします。
『生を願われ、希望の灯たる貴女を護るはずであった世界の内側で、本人は己の運命に絶望し、死を望んでいた……。なんとも皮肉な話ですね』
生を願われ、希望の灯たる私を護るはずであった世界。
この言葉が指す意味は分かりませんが、そのまま受け取るのであれば、私は“忌み子”として王家から間引かれたのではなく、私の両親が何かから護ろうとした末に、あの塔の中に幽閉したとも受け取れます。
仮にそうであるのならば、私を何から隠したかったのでしょう。
私の両親は、何と戦っていたのでしょうか。
疑問は残りますが、その答えを知ることはもう叶いません。
何故なら、私の両親は私やシリア様共々、この世界には存在していない者として消されてしまっているのですから。
私のように、どこかで隠れて生き延びているのでしょうか。それとも、仮説で浮かんだ何かに命を奪われてしまったのでしょうか。それすらも分からない私は、これ以上どうすることもできません。
そして、【制約】だと思って手に入れた神様からの加護は、【夢幻の女神】ソラリア様との【契約】の下に行われたものだった、という新事実についても考えなくてはなりません。
シリア様曰く、『【契約】とは、神が望む対価を支払うことで神から力を授けられるもの』とのことでしたが、その対価となる物を持ち合わせていなかったにも関わらず、ソラリア様が私に力を与えてくださった理由も不明です。
さらに言えば、そのソラリア様自身は遥か昔に神様としての力を取り上げられた上に、神の座から追放されているというのですから尚更分からなくなってしまいます。
力を奪われ、追放されたはずの神様から得た加護の力。
その神様から求められていた“何か”を、知らず知らず支払っていた私――。
よくよく考えてみれば、私はソラリア様から授かった力が何なのか、深く考えたことがありませんでした。
今まではただ、私が契約の魔導書に願った時の“自分を傷つける外敵要因を全て無効化する”という物だと思っていましたが、色々と出会いや話を経た今では、本当にそれだけなのかすら疑問に感じてしまいます。
例えば、身近な例で言えばレナさんが適任です。
彼女はフローリア様からの加護として、加速の力を手に入れているとのお話でしたが、フローリア様曰く「過去、現在、未来に流れる時間を司っている」とのことでしたし、レナさん自身も「別にフローリアと契約はしていない」と言っていました。
それなのにフローリア様の力の一部を行使できると言うことは、契約が果たされた時には力の一部である加速だけではなく、それこそフローリア様がビーチバレーをしていた時に見せたような、瞬間移動なんかも使えるようにはなるのではないでしょうか。
仮にそうであるとするならば、【夢幻】を司るソラリア様の力は一体何なのでしょう……。
シリア様からかいつまんで聞いた限りでは、『本人が望む願いをある程度までは現実にする』という物だそうですが、そんな世界の常識を容易く覆せてしまうような力を持っている方が、【契約】を交わした相手に授けた力がひとつだけであるという確証も無いのです。
人間領とかかわりを持ち始めてから、次々と明かされていく新事実や、私達の脅威となる魔術師の登場。これからの生活のためにも、もっともっと知って行かなくてはならないのですが、分からないことが多すぎて、どこから着手するべきなのかすら分からなくなってきてしまいそうです。
しゅんと項垂れながら夜風を浴びていたところへ、誰かが私の下へと歩み寄ってきている音が聞こえました。
シリア様が踊り終えたのでしょうか、と振り向くと。
「こんばんは、可愛い白猫さん。少し飲み過ぎたので夜風を浴びたくて……。隣、お邪魔してもいいでしょうか?」
エルフォニアさんのような艶やかな黒髪に、ところどころ赤みが混じっている不思議な色合いの髪を持った女性が、にっこりと笑みを浮かべながら尋ねてきました。




