13話 魔女様は未来を案じる
『何を凹んでおるのじゃ、お主らは』
恋愛話をしようと意気込んでいたミーシアさんを含め、恋愛を一度もしたことの無かった私達には遠い世界の話だと痛感させられ、沈鬱な空気が漂っていた室内に、シリア様の声が良く通りました。
「あ、シリア。おかえり……」
「おかえりなさい、シリア様……」
「ちょっとちょっと! 何でみんなしてそんな、世界の終わりのような顔してるの!?」
「いや、だって、ねぇ?」
「はい……」
「ホントごめんね……」
「別に男がいようといまいと関係ないじゃない。気にし過ぎよ」
「うるさいなぁ! エルちゃんみたいにぽんぽんと男が寄ってくる人には一生分からないよーだ!」
「私に寄ってくる男は大抵アレなんだけれども」
「うぇ~ん、私も縁談じゃなくて恋愛がしたいよぅ!」
さらりと流されたミーシアさんが悲痛な声を上げ、縁談すらしたことの無い私とレナさんは更に気落ちしてしまいます。
塔の外に出られて、人と交流できるようになったのがつい最近の私は言うまでもなく、異世界で生きていた頃は自分の力で生きていくのに精いっぱいだったらしいレナさんも、恋愛経験はゼロだったようでした。
エミリもエミリで村の子ども達に恋心を抱いたり、好意を寄せられたりと言った経験はなかったらしく、見事に私達は“恋愛弱者”のレッテルを貼られてしまいました。
初めはそんな私達を笑っていたミーシアさんも、恋愛はしたことはないけど縁談ならある、とエルフォニアさんによってネタばらしをされ、そもそも恋愛するよりも魔法の研究や他の事がしたいというエルフォニアさんを含め、この部屋に残っていた全員にそのレッテルが貼り付けられていたのです。
どことなく雰囲気から悟ったらしいフローリア様が、「ま、まぁまぁ」と顔の横で両手を合わせながら無理やり笑顔を作って言います。
「恋なんて、いつどこで落ちるか分からないんだから焦っても意味無いわよ! それこそ、今夜の夜会で素敵な人が現れるかもしれないし?」
「そ、そうそう! 貴族がほとんどだからみんなは緊張しちゃうかもしれないけど、みんなは街を救った英雄でもあるんだからモテモテ間違いなしだよ!」
「そうね。ほぼ無関係のどこかの領主よりは声を掛けられる可能性は高いと思うわ」
「エルちゃん~!!」
先日から話をしていて分かったのですが、エルフォニアさんは妹であるミーシアさんに対してそこそこ当たりが強いらしく、二人で過ごしている時はこうしてミーシアさんが弄られているようです。
最初は姉妹で仲が悪いのかと心配でしたが、ミーシアさんによると。
「エルちゃんは昔からああだから気にしないで。あの子なりのコミュニケーションの取り方なの」
とのことでしたが、その説明の直後にまた影で縛られていたので間違ってはいないようでした。
エルフォニアさんへ可愛らしく怒っているミーシアさんと、それを周りで笑いながら話している皆さんを見ながら思い返していた私へ、シリア様が声を掛けて来ました。
『シルヴィよ、お主の事や王家の事を大神様に聞いてきた。夜会までそう時間は無いが故、手短に伝えるぞ』
「ありがとうございます、シリア様」
シリア様から天界で聞いてきたお話を伺い、私はこのグランディア王城で見た情報を整理します。
「ということは、私達の存在が消されているのは【夢幻の女神】ソラリア様の力によるもので、私が【制約】だと思っていたあの本に記載されていた内容は、ソラリア様と契約を交わすためのものだった、と言う事なのでしょうか」
『うむ。何のつもりでお主と契約し、力を与えておるのかは分からぬが、お主の加護の件はこれではっきりした。お主の神力は妾の力だと思っていた物も、その実ソラリアの力だったという訳じゃな』
「一体何故、私にこの力を授けてくださっているのでしょうか……」
『それは大神様も、目的が分からぬと仰っておった。そもそもソラリアは神の座から追放された際に、力を奪われておるらしくての。何故此度のような歴史や認知の改ざんを行えておるのか不明なのじゃ』
「それを、私達が可能な限り調べる。という形なのですね」
『そうなるのぅ。じゃが、根詰めて探す必要はないとも仰っておった。恐らくじゃが、妾達はいずこかでソラリア本人と引き合わせられる運命にあるのじゃろうて』
正体、そして目的が不明の女神様。
何故私に力を授けてくださっているのでしょうか。そして、何故王家から私やシリア様の存在を消す必要があったのでしょうか。
今の段階では何一つ分かりません。ですが、唯一分かるのは。
「私はきっと、ソラリア様と何らかの因果関係にあるのですよね」
『やも知れぬな。それは恐らく、妾にも同じことが言えよう』
私とシリア様は、ソラリア様という存在から目を付けられていて、そう遠くない未来に相対しなくてはならないかもしれない、と言う事だけです。
もしかしてこれが、先日大神様が仰っていた『この平穏な世界を揺るがす程の規模であり、神々さえも巻き込むものになる』出来事に繋がるのでしょうか……と懸念していると、話題を切り替えるようにシリア様が尋ねてきました。
『して、夜会はどうする? ミーシアの言葉を真似る訳では無いが、恐らく数多の人間から好奇心で声を掛けられ続けると思うぞ?』
「そうですね……。もしよろしければ、シリア様に代わっていただければと思っています」
『あい分かった。なら、お主はエミリと共に行動しておれ。夜会は妾の方で対応してやろう』
「分かりました」
シリア様からのありがたい提案に頷いて体を交換したところで、ちょうどよく扉をノックする音が聞こえました。
「皆様、お待たせいたしました。まもなく夜会が始まりますので、ご案内いたします」
扉の向こうにいるのは恐らく、ライカさんだと思われます。
ミーシアさんが扉を開くと、予想通りに私達に恭しく頭を下げるライカさんの姿がありました。




