8話 魔女様は謁見する
セイジさん達も交えた談笑をしていたところへ、ライカさんが私達を迎えに来ました。
彼女に続く形でぞろぞろと移動を行い、中へ入るように促された部屋の中は。
「これはまた、きんきらきんね~」
「あたし、帰るまでに視力が落ちないかちょっと不安になってきた」
「今代の王は金の無駄遣いしかできんのか……」
「キラキラー!」
テーブルの上に置かれている燭台は純金で出来ているように見え、とても食べきれる量ではなさそうなほど盛られている料理が並べられています。
壁際に給仕姿の女性が横一列で数人待機している中、テーブルの奥で座っている人物の姿を見た私は、さらに声を失いました。
その人は、絵本などに出てきてもおかしくないような大変ふくよかな体つきでした。くるりと巻いてある金色の髪の上に王冠を戴いていて、立派な口ひげも相まり、自分が王であることをこれでもかと主張しています。
「おぉ、よくぞ参ったな! さぁ席に着くがよい、歓迎しよう!」
彼の言葉に続き、壁際で控えていた給仕の方々が一斉に動き出し、私達のために椅子を引いてくださいます。
エミリに抱かれたまま、実の父親の姿を初めて見た衝撃に呆然としていると、私の体が給仕の方に抱き上げられました。
「あっ、おね――シリアちゃん!」
「申し訳ございませんが、ペットは同伴できません」
そのまま私を部屋の外へ連れ出そうとする彼女へ、シリア様が呼び止めました。
「すみません、それはペットではなく私の使い魔なのです。私から離れすぎると魔力の調整ができなくなるので、最悪の場合、うっかり王城を破壊してしまう恐れがありますが……。その場合は、あなたが責任を取ってくださるのでしょうか」
私の口調で静かに脅しに掛かるシリア様の言葉を受けた女性が、一瞬で顔を青ざめさせて私から手を離しました。突然落とされる形になった私は何とか着地し、シリア様の足元へと向かいます。
その様子を見ていた国王陛下の隣の黒髪の女性は、頬に手を当てながらふふふと笑いました。
「あらあら、ただの猫のように見えても強大な使い魔だったのね」
「も、申し訳、ございません!」
「いいえ、貴女は普段通りに職務を果たしただけです。気になさらないでくださいね」
彼女は給仕の方に微笑むと、続けてシリア様へ申し訳なさそうに続けます。
「ごめんなさいね。宮廷魔導士は使い魔を使役しないから分からなかったの」
「いえ、私こそ事前にお伝えしておらず申し訳ございません。どうか、この子の同伴を認めてくださいませんでしょうか」
「えぇ、もちろんです。良いわよね、あなた?」
「あぁ、無論だ。魔女殿の使い魔とあれば、私達の護衛同様に、傍に控えさせねばならないだろう」
「ありがとうございます」
シリア様は自分の膝の上に乗るように仕草をしました。それに従ってシリア様の膝の上に乗ると、私のことを優しく撫で始めます。
撫でられるがままにしているところへ、恐らく王妃様――私の母親と思われる女性が口を開きました。
「では、遅くなりましたが自己紹介と行きましょうか。あなたからどうぞ」
「うむ。私が人間領を治めるグランディア王国の国王、ノーラン=グランディアである」
「私はその妻、マナ=グランディアです。今日は来てくださってありがとうございます、魔女の皆さん」
その自己紹介を受け、私の思考が停止しました。
――この人達が名乗った名前は、私が知っている親の名前では無いのです。
私の思考が止まると同時にシリア様の手も止まり、ぎこちなくその顔を見上げると、シリア様も表情を失っていらっしゃいました。
そんな私達を他所に、他の皆さんが自己紹介を始めます。
「本日はお招きいただきありがとうございます、陛下。こちらが、私の姉のエルフォニア=ネイヴァールです」
「お初にお目にかかります、陛下。エルフォニア=ネイヴァールと申します。以降、お見知りおきを」
「まぁ! あなたがミーシアさんのお姉さんなのね! あなたの話は良く聞いているわ」
「……恐縮です」
「そしてこちらが――」
ミーシアさんを起点に次々と紹介が行われる中、私はとても現実を受け入れることが出来ずにいました。
この方々は恐らく、私の両親ではありません。ですが、話を聞いている限りではセイジさんの実の両親であることには間違いが無いらしく、私の記憶の中の相違に余計困惑してしまいます。
何がどうなっているかが分からず考えがまとまらない私の頭の中に、シリア様の声が響いて来ました。
『シルヴィよ、お主も気づいておるな』
顔を見上げて口を開こうとした私の顔を手で押さえ、シリア様が続けます。
『これは念話と言うものでな。魂の繋がり、魔力の波長が近しい者にのみ使うことが出来る伝達方法じゃ。心の中で妾を強く思いながら、口に出さず心の中で言葉を紡いでみよ』
シリア様の言う通りに、心の中で強くシリア様の事を想いながら声には出さずに尋ねてみます。
『……どう、でしょうか。聞こえていますか?』
『うむ。やはりお主は呑み込みは早いの』
私を撫でながら、シリア様は表情を変えずに本題へ入ります。
『お主と妾の記憶に誤りが無ければ、この者共の名乗る名は妾達の知らぬ者の名じゃ。念のために確認しておくが、お主の父は“ゼルシール”で、母は“リヴィ”であったな?』
『はい、間違いありません。私宛に送られた最初で最後の手紙にはそう記載されていましたし、塔にあった王家の年鑑にも記載がありました』
『うむ。妾から見ても、こ奴らの魔力は妾の血を引いておらぬ。つまり、こ奴らは王家とは元々無関係の人間じゃ』
『シリア様、これは一体どういう事なのでしょうか』
『今のところ考えられるとすれば、お主を塔に幽閉した実の両親が何らかの理由でこの世を去り、別の者を王に据えた……と言うことじゃな。お主にとっては良いか悪いか分からぬがな』
私の両親は亡くなっている……。その仮説に対し、私は余計に複雑な感情を抱いてしまいました。
すると、いつの間にか陛下から話を振られていたシリア様が口を開きました。
「とんでもございません。陛下のお計らいで私への疑いは晴れた訳ですし、気にしていません」
「でも、ごめんなさいね。まさか魔術師がこの国に潜んでいたなんて知らなくて……」
「いえいえ。今回の一件で恐らく人間領からは手を引いていると思いますし、むしろ魔女と魔術師の対立に人間を――レヒティン伯爵を巻き込んでしまい申し訳ありません」
「よもや、モンテギューが裏で魔術師の手ほどきを受けていたとはな……。あれだけ生真面目であり人の良かったあ奴がと思うと、私は心が痛むよ」
「そうね……。でもあなた、その話よりも今はシルヴィさん達のお話を伺いましょう?」
「そうだな。すまないシルヴィ殿、湿っぽい空気にしてしまったな」
「お気になさらないでください。それはそうと、つかぬことをお伺いさせていただきたく思うのですが、よろしいでしょうか?」
「あぁ、答えられる内容ならば何でも答えよう」
陛下から許可を頂いたシリア様は、私達が一番気になっていた内容を尋ねます。
「我々魔女は、魔女狩りの件から人間と関りが薄かったため、王家の歴史などに浅学となり申し訳ないのですが、陛下が王位を継承されてからどれほどになられるのでしょうか?」
シリア様の問いに、陛下と王妃様は顔を合わせ。
「この冠を戴いたのは確か、私が二十三の時だから……。今から三十年程前だな」
と、答えるのでした。




