30話 女好きの悪魔は力を振るう 【エルフォニア視点】
飛び抜けて行った後を追いかけていくと、一方的な蹂躙が繰り広げられていた。
「オラオラオラオラオラァ! どうしたクソ雑魚ぉ! 守るだけかよ!? オレ様に傷のひとつでも付けてみろよぉ!!」
「ぐっ……ごはっ!?」
先程までの私との戦闘状況の意趣返しのように、アザゼルがレギウスに反撃させる暇も与えない速度で攻撃を続け、その内の一撃が彼の腹を貫き風穴を開けた。レギウスは血を吐きながらもその手から逃れ、今度は空中で態勢を立て直して綺麗に着地をする。
でも、アザゼルは彼の動きを待っていたかのように背後に回り、膝を背中にめり込ませる。少し離れたところにいる私の元にも、骨が鳴らしていい音では無いものが聞こえてきた。
彼は今度は天井へと蹴り上げられ、激しく叩きつけられた後に床へと落下した。
「おいおいおいおい、おぉい! オレ様は、魔力なんざこれっぽっちも使ってねぇぞ!? テメェの小細工に乗ってやってるっつーのに、ちっとは根性見せやがれ――よ!!」
少しの溜めから放たれた蹴りにより再び体が吹き飛ばされ、部屋全体に振動を響かせながらレギウスの体が壁にめり込む。
相変わらず、圧倒的としか言いようがないわ。この世界に生きる人が、到底敵う相手じゃない。
だからこそ、可能な限り彼を召喚ばないようにと総長に言われているのだけれども。
軽鎧は全て砕かれ、上半身の服が破かれている彼の体は、至る所から出血をしている。右腕も曲がってはいけない方向に捻じれているし、いくら再生力が異常だと言ってもカバーしきれない損傷になっているみたいだわ。これ以上の戦闘はできないと判断して良さそうね。
「アザゼル、そこまでにして頂戴」
「あぁん? んでだよ、これから楽しい楽しいお料理を始めようと思ってたのによぉ」
「殺すのは話を聞き出してからでも遅くは無いわ」
「ケッ。あんだけ血も涙もない立派な女になったエルちゃんが、あの銀髪ボインちゃんとお下げのガキに負けてから丸くなっちまいやがってよぉ~。オレ様と笑いながら絶望を振りまいていたエルちゃんはどこに行っちまったんだか……」
「あら、魔術師を殺したいという気持ちは何一つ変わっていないわ。ただ、今回は少し事情が異なるから、殺す前に聞き出す必要があるだけよ」
「へーいへい。終わったら言ってくれ」
アザゼルはそう言うと、万が一彼が動き出しても逃げられないようにと、自身の力を籠めた影の剣でレギウスの体を壁に杭打った。そして退屈そうに、瓦礫の山となった元壁の上に腰掛けて頬杖を突く。
昔は私の頼みなんてほとんど聞かなかったのにこうして聞いてくれているんだから、あなたの方こそ変わってるんじゃないのかしらね。
「さて、魔術結社における五師の一人……レギウス。あなたにいくつか吐いてもらいたい質問があるわ」
レギウスは何も答えず、ゆっくりと顔だけをこちらへ向ける。その反応は、内容によっては答えるといったところかしら。
「まず一つ目。ハルディビッツを消し飛ばしたのは、あなた達の仕業で間違いないわね?」
「……だとしたら、どうしますか」
「犯人を捜し直さないといけない手間が省けるだけよ。次、消し飛ばした理由を答えなさい」
「私が、その場にいた訳では無いから分かりませんが……。魔術式の組み替えに、失敗したと聞いています」
「そう。次よ、フェティルアの街中に毒を撒いているのは何故かしら」
「それは知りませんね――ぐぅぅっ!?」
「嘘を吐いても助からないから安心して頂戴。このまま抉り殺されるか、温情を掛けて楽に殺されるか。好きな方を選びなさい」
「わ、私は、毒については何も……! あがぁぁぁっ!!」
少し剣を捻って抉ってみるも、反応は変わらない。どうやら本当に知らないみたいね。
となると、街に漂っていたという毒は何なのかしら。また探す必要があるわね。
剣から手を引くと、荒い息を吐きながら憎悪の籠った目で睨んできた。
「ふふ、いい目ね。あなた達に親を奪われた小さい頃の私の目にそっくりよ」
「魔術師殺しの魔女……人の皮を被ったネイヴァールの悪魔め。貴女だけは、必ず――ぐぅあああああ!?」
「えぇ、好きなだけ刺客を差し向けると良いわ。全員血祭りに挙げてあげる」
悪魔、人殺し、人を裏切った人間。何とでも呼べばいいわ。
私はもう、とっくに人を捨てているのよ。どう呼ばれようとも痛くも痒くもない。
「最後に。あなたがネイヴァール領を襲った時の首謀者かしら」
「ハァ、ハァ……。信じて欲しいとは言いませんが、魔術結社は加担していません」
「魔術師を率いているのは魔術結社、という話では無かったのかしら」
「魔術師にも、派閥があるのです。世界の魔女を憎み、魔法という奇跡に見放された者が集う魔術結社。そして領土を拡大しつつ、新世界を望む者が集う秘匿の魔術……。少なくとも、ネイヴァール領を襲ったのは、我々ではないことは確かです」
秘匿の魔術、ね。また新しい敵が見えてきたわ。
遠くない内に必ず根絶やしにしようと目標に加えていると、暇を持て余したアザゼルが声を掛けてきた。
「な~あ~、まだ殺しちゃダメかぁ? いい加減暇で死んじまうぜ」
「……もう好きにして構わないわよ」
「いよっしゃ! そいじゃ、派手にぶちまけてやるぜぇ!!」
嬉々としてレギウスへと近づいていくアザゼルとすれ違うようにその場を後にする。これで今回、シルヴィ達に力を貸した大きな目的は終わりね。後はまた、総長の情報網を頼りに地道に探していくしかないかしら。
アザゼルに頼ってしまったとは言え、魔術結社の中でも五師と呼ばれる重鎮を殺せたことに達成感に浸っていると。
「あぁ? またテメェかよ。いい加減ぶっ殺すぞ赤髪ぃ!」
「私を殺そうとすれば、主であるエルフォニアが死ぬと何度言えば分かる」
「ちっ。はぁ~シラケたわクソが! 獲物を目の前に横取りされるなんざ、最悪の気分だぜ」
「……だからって私にセクハラをするのは八つ当たりではないかしら」
「こうでもしねぇとやってられねぇよ! クソ赤髪がよぉ!」
無遠慮に揉みしだくアザゼルを手で払い、私とレギウスの間に立つように現れた姿に声を掛ける。
「遅かったのね。まだ殺してはいないから、あとは好きにして頂戴。総長」
「あぁ、そうさせてもらおう。万が一を考慮していたとは言え、五師が出張っていたとはな。お前に苦労を掛けさせた、【暗影の魔女】」
「私はレギウスに勝てなかった。やったのはアザゼルよ」
「いいとこだけ持って行くクソ野郎め、さっさとソレ持って帰れ帰れ!」
「ふ、相変わらず私は嫌われているな」
「ったりめーだろ! あぁうぜぇうぜぇ!」
予め連絡をしておいた総長の出現を聞いていなかったアザゼルが、不機嫌全開の声で悪態を吐く。
またしても私のお尻を揉みしだきながら、空いている片手で総長を指さし。
「テメェなんざ殺そうと思えば二秒で殺せるんだからな!」
と、子どものような負け惜しみを言いながら拗ねるアザゼルは全く可愛いとは思えなかった。
呆れながら彼を払い除けようとした直後、今まで感じたことの無いような魔力の高まりが私達を襲った。あまりの魔力の量に、気分の悪さすら覚えるくらいだわ。
それは私だけでは無く、総長とアザゼルも感じ取っているようで、あまりにも莫大過ぎる魔力に顔色を蒼白にしている。きっと、私も同じ顔をしているのでしょうね。
「な、なんだ……この魔力は……!?」
「おいおい、おいおいおいおい、おぉい! こいつぁとんでもねぇ化物を起こしちまったんじゃねぇのか、魔術師さんよぉ!!」
「その化物とは、何を指しているのかしら」
アザゼルに尋ねると、彼はシルヴィが出て行った扉を指さし、若干引きつった表情で答えた。
「あの銀髪のボインちゃんだよ! あの嬢ちゃん、完全に神の力を取り込みやがった……!!」




