28話 暗影の魔女は押され気味 【エルフォニア視点】
捌き切れなかった黒い雷撃がわずかに肩を掠め、肉が薄く掠め取られた。
痛みで強張りそうになる体を無理やり抑えつけ、さらに襲い来る魔術に意識を集中させる。
「しかし、不思議な魔法ですね……。貴女からは純粋な魔力しか感じられないのに、私の魔術刻印で打ち消せない。もしかするとその剣は魔法で作られたのではなく、何か特別な力を付与されていますか?」
「どうかしらね」
雷撃を剣の腹で捌き、後ろに大きく飛んで距離を取り。
「穿て!!」
無数の影の剣を生成して差し向けるも、全て殴り壊されてしまう。これで一撃が入るとは期待していなかったけれども、こうも簡単に凌がれると落胆してしまいそうね。
「武器の強度、飛来する速度、そして威力。どれも素晴らしい」
「褒めてもらえるなんて光栄だわ。せっかくだから、その身に風穴を開けて味わってもらえると嬉しいのだけれど」
「それは叶いませんね。貴女の魔法の技術は素晴らしいですが、私には届きません」
再び距離を詰められ、雷撃と拳が織りなす彼の猛攻が再開される。
……やりにくいわね。全てが致命傷になる威力を何十発も撃ち込まれるから、フェイントを織り交ぜて高威力をぶつけてくるレナとは違って、わざと貰ってカウンターを狙える隙が無いわ。掠め取られたさっきの肩を始め、魔法の繊維で編まれている服すら易々と破かれている以上、直撃でもしたらこっちこそ風穴が開けられそう。
そして何より、斬っても斬っても無限に再生されるから有効打が見つからない。このままだと消耗戦を強いられるだけね。
「そして私の攻撃についてこられる反応速度と、攻撃の受け流し方。貴女の戦闘スタイルは中距離から遠距離でありながら、近接戦闘にも長けている。非の打ちどころがありません」
「接近できれば魔女に勝てるという時代はとっくに終わっているのよ。中にはまだ、古き良きを保っている魔女もいるけれども」
「新時代の魔女、ということですね。尚更殺しておかないとなりません」
「くっ……!!」
紙一重で顔を狙った一撃を躱すも、拳圧で頬が掠められて皮膚が裂ける。
続けて正面に向けて放たれた雷撃を剣で受け止めると、とてつもない衝撃に体が後ろへ吹き飛ばされ、壁に軽くめり込みながら叩きつけられた。
「かっ……は!」
体を襲う痛みに顔をしかめながらも敵の動きを見逃さず、追撃で私を貫こうとする雷撃から逃れる。地面を転がりながら自分と相手の影から剣を生成し、一斉に貫かんと全身を狙う。
でも、それはやはり届かずに手刀で叩きおられ、カランカランと砕かれた剣が転がっていくだけだった。
遠距離攻撃は通用しない。かと言って、中距離から近接戦に持ち込むとアイツの間合いに入ることになるから不利になる。魔法が通用しないのに魔術は有効なこの状況……格下の魔術師ならどうとでもなるけれども、やっぱり魔術結社の五指の一人ともなるとそうもいかないわね。
左目に掛かっていた血を拭って呼吸を整えていると、レギウスが肩と首をほぐすようにしながら言った。
「優れた反射神経、卓越した魔法の技術、そして格上相手に怯まない胆力。若いのに大したものです」
「ふふ、随分と高く評価してもらえるのね」
「魔女は見るのも汚らわしいほど、憎く殺したい気持ちが抑えられませんが、貴女のような人間には興味が湧きました」
いつ仕掛けられても対処できるようにしゃがみながら構える私に、レギウスが問いかける。
「ネイヴァールの令嬢であり、気品も備えた淑女だった貴女が何故……悪魔と契約を交わして魔女へと身を墜としたのですか」
……そこまで見透かされているのね。総長達以外には伝えたことは無かったのだけれども、案外私の悪名は名高いのかもしれないわね。
「別に、深い理由は無いわ。力が必要だったから以外に、力を求める理由なんてあるかしら」
「至極単純。しかし、それは嘘ですね」
「女の嘘は暴かない、と魔術師は習わなかったのかしら」
「必要に応じて嘘を暴き、寄り添うのが男の嗜みですよ」
食えない男ね。
溜め息交じりに笑い捨てようとすると、笑いでは無く血が喉を込み上げてきた。避けられずに貰った腹部への一撃で、内臓のどれかがやられたのかしら。むせながらレギウスを睨むと、彼は挑発するように言い放った。
「魔法では私には傷をつけることはできません。いい加減出し惜しみなどせず、隠しているそちらの力に頼ってはいかがですか?」
その言葉に、入口で怯えながら見守っていた領主のレヒティン伯爵が吠える。
「や、やめろレギウス! アレを召喚ばせるな! 私はもう二度とアレを見たくはない!!」
「ならば、貴方は見ないように逃げたらいいではありませんか。そもそも、戦えないのに何故ここに残っているのですか?」
「ここは私の屋敷だぞ!? 私の屋敷の中で起きていることは、主の私が把握しておく必要があるだろう!!」
「なら、そのまま見届けると良いでしょう。私が死ぬのが先か、彼女が死ぬのが先かをね」
レギウスの挑発に乗せられるようで癪ではあるけれども、彼の言う通り魔法や近接で勝つ見込みが無い以上は、アレに頼らざるを得ないわね。
剣の切っ先で親指の腹を軽く割き、流れ出る血を床に押し付けながら詠唱を開始する。
「我が怨敵はここにあり。我が行く覇道を阻まんとする、障害を払う剣をこの手に」
「や、やめろやめろ! 我が友よ、何故詠唱中を狙わない!!」
血と魔力が混じり合い、私を中心に魔法陣が描かれていくのを見ながらレヒティン伯爵が声を荒げる。しかし、レギウスはそれを気にする様子もなく、ただ黙って私の召喚を見守っている。
「我が盟約に応じし異形の王よ、今こそ我が願いを聞き届けよ。死と滅びを以て我らが怨敵へ裁きを下さん」
魔法陣が赤黒い輝きを灯し、代償となる魔力結晶を取り出した時だった。
恐怖の再臨を恐れたレヒティン伯爵が、私に向けて奇声を上げながら酒瓶を投げつけてくる。
が、それは私へ届く前にレギウスによって割られ。
「がっ!! な、何故、だ……我が、友よ……!?」
「私の邪魔をしないという約束だったはずですよね、モンテギュー」
「それ、は……お前達の、活動のことだろう……!?」
「えぇ、そうです」
「だが、これは……ぐあああああああ!?」
「これも立派な、我々魔術師の活動の一環ですよ。そして、魔女に居場所を突き止められてしまった以上、我々がここに留まる理由も無い」
「やべでぐれ……し、死にだぐな」
顔を掴まれて宙を浮いていた彼の体は、首の上から鮮血を飛び散らせながら、力無く地面に崩れ落ちる。新たな床の染みとして滴り落ちる伯爵の魂に、幼い頃に少しだけお世話になったせめてもの礼として、内心で黙祷を捧げた。
黙祷を捧げ終えた私は、左手で取り出した魔力結晶を手の中で砕き、詠唱を完成させた。
「顕現せよ、深淵に幽閉されし大罪の悪魔――アザゼルッ!!」
詠唱完了と共に私の周囲に黒い渦が立ち昇り、耳障りで品の無い笑い声が響き渡る。
「ギャハハハハハハ!! おいおいエルちゃん、あんだけ自分だけで問題ないとかイキってたのに、なんだよその無様な姿はよぉ!!」
「無駄口は叩かないで頂戴、あいつを殺してからなら好きなだけ馬鹿にすればいいわ」
「無駄じゃねェだろうがよぉ! どっからどーう見ても、あぁん殺されちゃいますぅ~怖いですぅ~助けてくださいアザゼル様ぁ~って媚びて召喚んだんだろぉ!?」
本当に、人をイラつかせるプロね。このゲス悪魔は。
顔に出さないように内心で悪態を吐く私をゲラゲラと笑いながら、アザゼルが私の肩に手を回し、しれっと胸を揉みしだいてくる。
「まぁいいぜ、オレ様の女に手を出したクズはぶち殺してやるよ」
「灰色の髪に、下卑た顔。夜闇のような鋭い目。なるほど、これが十四年前に顕現したという大悪魔ですか」
冷静に観察しながらも戦闘態勢に入るレギウスに、アザゼルが怠そうに言い放つ。
「ケッ、何に苦戦してんのかと思えば雑魚魔術師じゃねぇか。おいおいエルちゃぁん……こんな雑魚相手にボコられてるようじゃ、あの銀髪ボインちゃんになんざいつまで経っても勝てねぇぞ?」
「ふっ、私を他の魔術師と同列にしか見れないとは。大悪魔というのは名ばかりのようですね」
「あぁ!? いーい根性してるなテメェ……。よーし決めた、テメェは生皮剥いでカーペットにしてやらぁ!!」
アザゼルは名残惜しそうに私の胸をぽふぽふと叩くと、一瞬でレギウスの元へ移動して殴り飛ばした。流石のレギウスもガードしきれなかったらしく、壁をいくつも破壊しながら奥へと吹き飛んでいく。
それを再び品の無い笑い声を上げながら追いかけるアザゼルの後ろ姿を見ながら、私は十四年前の出来事を思い返していた。




