27話 暗影の魔女は立ち向かう
私の影の中から飛び出した彼女は、影で出来た剣を鋭く振り上げ、私へ迫っていた右手を切り落としました。少し離れた場所に落下した彼の右手からどちゃりと音が聞こえ、それに合わせて私の体に自由が戻ります。
数歩後ろ飛びに離れながら彼に視線を向けると、レギウスさんは切り落とされた断面を眺めていましたが、魔術で断面の止血を行うのかと思いきや、斬られた手首が一瞬で元に戻りました。右手に不自由が無いかを確かめるように握ったり開いたりと繰り返していた彼は、エルフォニアさんを見つめながら興味深そうに言います。
「影を媒体に魔力を流し、実体を持たせている……流石は魔法、便利ですね。影さえあれば後は自分のリソース次第で何でも作れるから、応用はいくらでも利くのでしょう。そして影はどこにでも存在しているから、場所を選ぶこともありません」
受けた一撃で分析を始めるレギウスさんの遥か後ろで、領主様が慌てたような声を上げました。
「な、なな、何故我が屋敷にお前がいる!? ネイヴァールの呪われた魔女め!!」
呪われた魔女と表現されたエルフォニアさんは、領主様に不敵な笑みを見せながら答えます。
「あら、随分とご挨拶じゃない。十年ぶりくらいになるけれども、ご機嫌はいかがかしら」
「き、機嫌だと!? お前の姿を見ただけで、最悪の気分だ!!」
「ふふ、私も嫌われたものね」
小さく笑うエルフォニアさんに、私は問いかけます。
「あの領主様と面識があるのですか?」
「えぇ、領主同士の交流なんて年に数回はあるわ。子どもの頃に何回か、その席で会食したことがあるわね。他にもちょっとした野暮用でお会いしたことがあるのだけれど、覚えて頂けていたようで光栄だわ」
「光栄!? 私はな、お前を忘れたくても忘れることができなかった! それくらいお前のことが心底嫌いだ! 忌々しい!!」
幼いころのエルフォニアさんが領主様へ何かしてしまったようですが、今の話からでは何があったのかを窺い知ることはできません。
そんな私の思考を遮るように、彼女は私の目の前で剣を払いました。
「その即座に生える手、あなたが【再生者】のレギウス=デナトゥーレね。まさかこんなところで会うとは思いもしていなかったわ」
「……あぁ、ネイヴァールの呪われた魔女でようやく合点がいきました。貴女が、魔導連合が匿ったと言うあの悪魔ですか」
「あら、私の事を知っているなんて流石は魔術結社のお偉い様ね。情報が回ってくるのがとても早いこと」
「ふふ。貴女ほどの人物ともなれば、情報は嫌でも入ってきますとも。そちらの人の姿を模した化物については、つい最近まで一切情報が無かったのが悔やまれますがね。彼女、本当に人間ですか?」
「人間だし、ただの新米魔女よ。それに、どうせあなたはここで死ぬのだから、覚えなくても構わないわ」
エルフォニアさんは影の剣を無数に呼び出し、両手を広げて臨戦態勢を取ります。彼女は視線を全くそらさないまま、背後の私へと指示を出しました。
「シルヴィ、ここは私が引き受けるわ。あなたは奥へ向かって勇者を救出しなさい」
「分かりました」
そのまま向かおうとした私は、先程感じたとてつもない殺気に当てられているであろう彼女へ、精一杯の気持ちを言葉に込めて言います。
「……死なないでくださいね」
「えぇ、こんなかび臭い地下で死ぬつもりは無いわ」
エルフォニアさんの言葉に少しだけ緊張が解け、小さく微笑んでから奥へと駆けだします。すると、それを狙っていたかのようにレギウスさんが襲い掛かってきました。
「他の女に目移りする男は嫌われるわよ?」
「魅力が足りない女性というのも、また嫌われますがね」
そこへエルフォニアさんが立ち塞がり、即座に剣と拳での激しい打ち合いが始まりました。
背中で激突音を聞きながら部屋を出た先には、先ほどの内装と似た廊下が続いていました。左右どちらにも進めそうな廊下に、私はシリア様へ進行方向を伺うことにします。
「シリア様、どちらへ進めば良いでしょうか」
しかし、シリア様からの返答はありません。
いえ。それどころか、何故か常時感じられていたはずのシリア様の気配が感じられず、完全に私一人だけとなってしまっているようです。
まさか、先ほど対峙していたレギウスさんから、知らない内に何か攻撃を受けてしまっていたのでしょうか。
「シリア様? シリア様! 聞こえていたら返事をしてください!」
とりあえず右へと駆けだしながら声を上げてみるも、シリア様からの返答はありません。
独りきりという状況に心細さを覚えながらも、新しく見えた部屋の扉を開きます。ですが、中は大量の本が並ぶ書庫のようになっていて、セイジさんの姿はありませんでした。
セイジさんを探していくつかの部屋を開けて回りますが、どこも倉庫や武器庫のようで、セイジさんはおろか人の気配すらありません。
「セイジさん! どちらにいらっしゃいますか!?」
少し声を張り上げながら駆けていると、廊下の行き止まりに地下へと続く階段が見えてきました。
もしかして、この階ではなくさらに下に囚われているのでしょうか。
薄暗く口を開いている階段の前で固唾を飲み、先に進むべきか否かと足を止めてしまいます。すると、どこか遠くから壁を震わせるような轟音が聞こえてきました。
……そうですね。こうしている間にもエルフォニアさんは戦ってくださっているのです。悩んで立ち止まっていていい理由はありません。
私は帽子の位置を整え、地下へと足を進めることにしました。




