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20話 魔女様は自宅を手に入れる(後編)

 二階は簡単に言うと、広めのダイニングと使いやすそうなキッチンがあり、家具もセットされた個室が四つ用意されていました。なぜ四つも? と疑問に感じましたが、『足りなくなるよりはよかろ』とシリア様が仰るので、気にしないことにしました。


 二階は後で荷物の整理をしながらしっかり見ることにした私達は、二階から直接外へ出られるように作られた別の階段を経由して、外に併設されていた別棟へと向かいます。


 中に入ると、ゆったりとできそうなソファやテーブルが置かれた、リビングのような内装が広がっていました。こちらでも簡単な料理ができるようにと、二階よりはこじんまりしてはいますがキッチンも付いています。


「何故二階とここのリビングを分けているのですか?」


 同じ疑問を感じていたシリア様の代わりに私が尋ねると、含みのある笑いを返されました。


「これは魔女様達の文化を踏襲したものです。よく分かりませんが、魔女様達はお湯に入って体を清めるらしいじゃないですか」


『お湯ではなく風呂な』


「その風呂とかいうものはきっと熱いはずですし、熱くなった体を冷ましながら休めるには専用の部屋が必要かと思いました」


 なるほど、要はこの部屋はお風呂上りで寛げる場所なのですね。そのためか窓も多めに取り入れられていて、火照った体を冷ますことを考えてもとても過ごしやすそうです。


「では、奥が私達がお願いしていたお風呂なのですね?」


「ささ、奥へどうぞ」


 促されるがままに奥へ続く扉を開くと、少し広めな脱衣所に出ました。着替えを入れられる棚と、パウダールームまであります。ですが、こんなに脱衣所が広い必要はあるのでしょうか。


 先ほどのシリア様ではありませんが、狭いよりはいいでしょうと自分を納得させ、すりガラスの付いた扉を横に開くと――。


「わぁぁー……!」


『おぉー! これじゃ、これじゃよ!!』


 そこには、私達が待ち望んでいたお風呂が待っていました。木でできた浴槽は自然味溢れる素敵な作りですし、何より塔の浴室よりも全然広いです!


『ちゃんと湯が出るぞシルヴィ!』


「はい! お湯の温かさもちょうどいいです!」


 はしゃぐ私達を、獣人の方々は不思議そうに見ていましたが、耐えられなくなったのか一人が口を開きました。


「あのー魔女様。言われた通りに作りましたが、本当にお湯の中に体を入れるんですか?」


「はい。あの浴槽にお湯を張って、その中に入って体を清めるのです」


「俺達にはどうもその、お湯に入るという感覚が分からなくて……。茹でられないんですか?」


「長時間入っているとのぼせたりしますが、適度に入る分には問題ありませんよ」


 私が説明しても、よく分かっていないようで首を傾げています。お風呂に入る、という風習が無かったので中々理解されないのでしょう。


『そうじゃ。なんなら、こやつらを風呂に入れてみるか?』


「そうですね、せっかくですし体験していただくのも良いかもしれません」


「え!? い、いやいいです! 俺達は遠慮しておきます!」


「魔女様達で楽しんでいただければ!」


『そうか? 風呂は気持ち良いのじゃが、残念じゃのう……』


 残念がるシリア様とは対照的に、どこか安堵したように息を吐く獣人の方々。そこまでお湯に入るという行為は怖い物なのでしょうか。


 そう言えば、塔で読んだ本の中に『動物の中にはお風呂を嫌う種類もいる』と書いてあったような気もします。獣人の方々を動物と一緒にするのは間違いかもしれませんが、動物を思わせる風貌といい、本質的には似ている部分があるのでしょう。


『さて、シルヴィよ。出来上がったからにはいつまでも村で厄介になる訳にはいかぬ。一度帰ってこちらへ越す準備を――何を笑っておるのじゃ?』


「あ、いえ! 何でもありません。引っ越しの準備に向かいましょう」


 私はすぐに顔に出てしまうのを、何とかした方がいいのかもしれません……。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 村で引っ越し支度を終え、村長さん達へ挨拶周りを済ませた私達は、早速二階で必要な荷物を取り出していきます。とはいえ、私は元々荷物がほぼ無いのと、シリア様自身もそこまで荷物が無かったので、あっという間に荷解きが終わってしまいました。


『部屋はどうするか。妾は今まで通り二人部屋でも構わぬぞ』


「せっかくですし、一人一部屋で贅沢に使ってみませんか?」


『そうじゃな。ならば妾はこの部屋を貰うとするかの』


 通路を挟み、二部屋ずつ向かい合っている個室の左上がシリア様の部屋となり、その反対側が私の部屋となりました。残り二部屋は、当面は客室か物置になりそうです。


 二階でお酒を作るとシリア様が仰ったため、私は先に一階の診療室へ降り、これから来るであろう皆さんに備えて準備を始めます。

 ですが、予め獣人の皆さんが大まかに整えていてくださったので、あまりやることはありませんでした。とりあえずベッドを清潔な状態にするため浄化(クリアヒール)を掛けて、窓を開けて換気を良くしておきましょう。


 あとは、待合室のカウンターですね。あそこにメモか何かを用意して、順番待ちが出来てもスムーズに次の方をお呼びできるようにしておいた方がいいかもしれません。


 そう言えば、村の方やハイエルフの方は文字の読み書きはできるのでしょうか。できなければ私が代行すれば大丈夫ですが、治療に呼び出しにと忙しくなりそうですね。


 色々と懸念事項はありますが、とりあえずは診療は始められそうです。

 私は立派な家を建ててくださった皆さんに感謝しながら、表に出て大きく伸びをすると、入口の前にサインボードが置かれていたことに気が付きました。


 そうですね。もう皆さん分かっているとは思いますが、看板か何かあった方がより分かりやすさも増しますし、せっかくなので宣伝も兼ねて何か書いておきましょう。


 森の中にある診療所ですから、森の診療所? いえ、それでは普通過ぎます。せめてもう少し分かりやすく……。ならば私の名前を取って、シルヴィの診療所? それはちょっと恥ずかしいと言いますか、自己主張が強すぎると言いますか。


 ペンを片手に頭を悩ませていると、二階から顔だけ出したシリア様の声が飛んできました。


『シルヴィー、お主に預けていた果実をこちらへ――何をうんうん唸っておるのじゃ?』


「あ、シリア様。サインボードがあったので、簡単に看板を作った方がいいかとは思ったのですが、この診療所の名前が決まらなくて……」


『そんなもの、“魔女の診療所”でよかろう。凝った名前で取り繕うより、安直な方が親しみが持てるというものじゃ』


 確かに一理あります。私もシリア様も魔女であると知れ渡っていますし、村の方々からしても魔女様の家という認識が強いはずなので、そのまま使わせていただくことにしましょう。

 私は早速、サインボードにペンを走らせました。


『魔女の診療所 死亡以外の怪我は対応します。 現在〇人待ち』


 周囲を軽く月と星でデコレーションをして、以前シリア様が仰っていた『魔女と猫は密接な関係にある』という言葉にあやかり、猫の首から下げられた札に書かれているように仕上げます。もちろん、猫は愛嬌良く笑顔です。


 少し可愛らしすぎたかもしれませんが、見栄えも悪くなく、なかなかの出来栄えだと思います。


『シールヴィー、まだかー?』


「あ、はーい! ただいまー!」


 シリア様に急かされ、急いで中へ戻り二階へと駆けていきます。

 これからこの家で新しい生活が始まるのだと思うと、楽しみでなりませんでした。

無事新しい生活拠点を手に入れたシルヴィ。

彼女の生活はここを起点として、森の住人と触れ合っていくことになります。


次回は明日のお昼頃更新予定です。お楽しみに!

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