22話 魔女様達は情報収集をする
店主さんに別れを告げて店を後にした私達は、次の行動目標を定めるべく歩きながら話し合った末に、無策に詰所や領主の家へ向かうよりは情報を集めるべきだという結論になりました。
「とは言っても、情報なんてどうやって集めればいいのかしら」
「地球で散々声掛けられてるんだし、フローリアなら何もしなくても情報が寄ってくると思うけどねー」
「そんなこと無いわよ~!」
確かに、フローリア様の運の良さは目を見張るものがありますし、こういった時に輝きそうな気はします。
そしてその予感は外れることは無く、少し歩いた先でエプロン姿の女性に声を掛けられたのでした。
「あぁ、そこの冒険者さん達! 今暇かい!?」
周囲を見渡して別の人へ声を掛けたのかと探しましたが、私達以外には冒険者らしい風貌の人はおらず、彼女は私達へ呼びかけているのだと気が付きました。
「暇、ではないけどどうしたの?」
「ちょっと店を手伝って欲しいのよ! 配膳の子が病を患ってから手が足りなくて!」
彼女が手で示す先にはお昼時と言うこともあって、大繁盛の店内の様子が伺えました。
大きなジョッキを手に笑い声を上げる男性や、楽し気に食事を楽しむ方々などが見えるそのお店は、ペルラさん達が営んでいる酒場と同じもののようです。
「ねぇ、そう言えばさっきの店主さんが酒場で連れていかれた子の話を聞いたって言ってなかった?」
「そう言っていたわね」
「ならここで手分けして情報収集しましょ! あたしとフローリアで手伝ってくるついでに情報集めてくるから、他の皆は別の所で集める感じで!」
『うむ、では日が落ちた頃に先ほどの店の前で落ち合うとするかの』
「了解! 女将さん、あたし達が手伝うわ!」
「本当かい!? ありがとうね!」
嬉しそうに礼を述べる女性の後に続いて、店内へ向かうレナさん達を見送ろうとすると、隣にいたエミリが手を挙げました。
「お姉ちゃん、わたしもお手伝いしてきていい?」
「エミリもですか?」
「うん。難しいことは分からないけど、お手伝いならできると思うの」
私達が直面している事件の内容は分かり切っていないものの、エミリなりに力になりたいのでしょう。
健気で愛らしい妹をぎゅっと抱きしめ、頭を撫でながら許可を出します。
「いいですよ。ですが、何かあってはいけないのでレナさんから離れないようにしてくださいね」
「うん!」
パタパタとレナさん達の元へと向かうエミリに手を振って見送り、残された私達にシリア様が提案します。
『では、妾達も手分けと行くかの。これほど冒険者共が溢れる街ならば、怪我人共は修道院へ送られておるやも知れぬが故、妾とシルヴィはそちらへ向かうとしよう。治癒魔法が使えるプリーストならば、飛び入りでも大歓迎じゃろうて』
「そうね。さっき貰った地図を見る限りでは、街の中央に大修道院があるらしいわ。シルヴィ達はそこで治療をしつつ聞き込みをお願いできるかしら」
「分かりました。エルフォニアさんはどうするのですか?」
「私はとあるツテを使って情報を仕入れに行くわ。まだ使えればだけど」
『事、人間領ではお主の力が頼りじゃ。任せたぞ』
「えぇ。それじゃあまた日没に」
別地域の領主の娘と言えども、この領地にも信頼できる情報提供者がいるようです。
エルフォニアさんはさっと歩き去っていき、細い曲がり角に入ると影に姿を溶かして消えました。
『領主と言う家の権力を使わせるのは気が引けるが、そうも言っておられぬ事態じゃからな。エルフォニアには大きな貸しが出来てしまったのぅ』
「あまり貸し借りに頓着するような方では無さそうですが、いずれ何かの形でお返ししないといけませんね」
『うむ。さて、妾達も中央修道院とやらに向かうとするかの。そこらのプリーストとは格が違うと見せつけてやれ!』
くふふと笑うシリア様に苦笑で返し、私達は中央修道院へと足を向けました。
修道院に辿り着いた私はシリア様の指示通りに“癒し手として修業中なので、手伝いをさせて欲しい”と伝えたところ、本当に喜んで歓迎されました。
「いやぁ~助かったぁ! ありがとうねシルヴィさん! 何故かここしばらく、病人が後を絶たなくって!」
「いえいえ、お役に立てているなら幸いです」
「にしても凄い魔法ね……。私達が使う浄化魔法とは違うのに、凄い効き目だわ」
魔女ですからとは言えず笑って誤魔化すと、ちょうど治療を終えた青年の男性が身を起こしながら私へ感謝の言葉を向けました。
「本当に苦しかったので助かりました、ありがとうございます」
「いえいえ。魔獣の毒だったので、綺麗に取り除けているかとは思います。やはり冒険者の方は危険が多いのですね」
私がそう返すと、その方は驚くような顔をしながら否定してきました。
「いやいや、俺は冒険者じゃないですよ! ただの商人です」
「そうだったのですか? 失礼しました、てっきり冒険している時に襲われてしまったのだとばかり」
「それがですね、普通に商いをしてたら急に体調が悪くなったんです。最初は風邪でも引いたかなって思って静養していたんですが、体は痺れるわ吐き気は止まらないわでなんか違うなって思って、こうしてお世話になっていたところでして」
彼の説明に、半実体として私の隣に浮いているシリア様が口を開きました。
『街中に魔獣でも現れたのかのぅ。有害な毒を振りまくような危険なものはそうはいないはずじゃが』
シリア様の代わりに街に魔獣が出たか確認をするも、彼はそんな話は聞いたことが無いと首を横に振ります。
そんな私と彼のやり取りを見ていた他の修道女の方が、頬に手を当てながら心配そうに言いました。
「でも変な症状よねぇ。街の入口には門番さんもいて、街中には憲兵さんだっているのに魔獣の毒に苦しむ人が出るなんて」
『……そう言えば、先のレナ達が手伝いに行った店の給仕も体調が悪いとかで出られぬようであったな』
「そうですね。もしかしたらその人も同じ症状なのかもしれません」
小声でシリア様に同意し、修道女の方へ問いかけてみます。
「こちらの方のような症状を訴える方は、最近多いのですか?」
「えぇ、ここ二週間くらいでそこそこ見るようになったわね。みんな同じような感じで、体の痺れや強烈な吐き気などに襲われてるみたい。どれも浄化魔法で解毒できたから、自然な体調不良じゃないのよね」
『となると、何か共通点があってもおかしくはなさそうじゃな。シルヴィよ、こ奴に体調が悪くなる直前にどこへ行っていたか聞いてもらえるか?』
「すみません、ひとつお聞きしたいのですが。あなたが体調を崩してしまった日、どこかへ食事に行ったり出かけていましたら、どこへ向かったか教えていただけませんか?」
「ええと……。確か、南地区の小料理屋で昼食を取りました。でも食べたものは普通でしたし、食あたりとかじゃなかったですよ?」
「昼食を食べて、そのままお店へ戻られただけですか?」
「そうです。特に買うものも無かったので真っ直ぐ帰ってきて、その日の夜くらいから体調が悪くなった気がします」
では、恐らく原因はお店では無いのでしょう。もしお店で出している料理で毒が混じっていたのなら、帰り道で症状が出てもおかしくはありません。遅延性の毒だったとしても遅すぎる気がしますし、料理に何かが入っていた可能性は考慮しないで良さそうです。
「お大事になさってくださいね。シルヴィさん、表まで送ってあげてもらえる?」
「はい」
青年の男性を外まで見送り、ふと空を見上げます。
綺麗な快晴で雲も無く、とても日差しの気持ちいい天気です。こんな日は狼の姿になったエミリに寄りかかりながら、うたた寝をすると気持ちがいいのですよね。
ほんわかと幸せな気持ちになっていた私の耳に、シリア様の鬼気迫ったような声が聞こえてきました。
『シルヴィ、今すぐこの周辺に浄化魔法を放て! 範囲をとにかく広げよ!!』
「え? は、はい!」
言われるがままに杖を取り出すも、どこまで広げたらいいか分かりません。とりあえず可能な限り範囲を広げて行使しましょう!
「浄化!!」
天に杖を掲げながら魔法を放つと、私の杖先から一直線に光の筋が伸び、この前魔族領で行った時のような光の粒子が辺り一帯に煌めきました。
……いえ、シリア様の言葉を信じていなかった訳ではありませんが、これは私から見ても異常です。大気に向けて浄化魔法を放った際に、効果が無い時は光が伸びる他は何も反応が無いのです。
それがこうして、光の粒子となって浄化されていると言うことは、つまり。
「本当に、街中に毒がばら撒かれているのですか……!?」
『かなり薄いが、間違いない。恐らくはお主に罪を被せようとしておる者が、ハルディビッツに続いてこの街も滅ぼそうとしておる!』
見えない敵にシリア様は歯噛みをしながら、焦燥感と怒りを露わにしました。
ついさっきまで綺麗に晴れていたはずの空に薄っすらと雲が掛かり始めた天気は、平和だったこの街に不穏な気配が迫ってきているようにも感じられました。




