20話 魔女様のポーションは大人気
先程のペット扱いが非常に不服だったシリア様が苛立ちながら先導する後ろで、私達は改めて街を観察しながら追従します。
魔族領――シングレイ城下町では商業施設が多く見受けられましたが、こちらの街はそこまでお店が多くはない代わりに露店が立ち並んでいて、普通の民家と宿が多いように見えます。他に特徴的なのが、道行く人はほとんどが冒険者であるようにも見え、ディアナさんの言っていた通り冒険者の街といった印象です。
「あまりキョロキョロとしない方が良いわ。冒険者が多いとはいえ悪目立ちするわよ」
「す、すみません」
「まぁ仕方ないでしょ。シルヴィはこうやって人が多い街に来る機会なかったんだし」
エルフォニアさんとレナさんに小さく笑われてしまい、なるべく見ないようにしながら歩こうと努めるも、人が住む街という感覚がまだ新鮮な場所であるせいか、どうしても周囲が気になってしまいます。
「ほら見てエミリちゃん! 美味しそうな焼きりんごが売ってるわよ!」
「わぁ~! 甘くていい匂い! お姉ちゃん、あれ食べてみたい!」
「いいですよ。……はい、落とさないようにしてくださいね」
「ありがとう!」
フローリア様の手を引いて駆け足で露店へと向かうエミリに和んでいると、視線を前に戻した先で行列が出来ているのを見つけました。その列はひとつの店内へと続いているようで、並んでいる人はほとんどが冒険者のようです。
「あれは……何の列でしょうか」
「どれ?」
レナさんに指で示すと、彼女は少し目を凝らしてそれを眺め、店内から出てきた人の様子を観察します。
「何かの薬かしら? でもどこかで見た覚えが……」
「あれは恐らく、シルヴィが作っているポーションじゃないかしら」
「あぁー! そうよ、それだわ!」
「ということはあそこが、ディアナさんが代わりに卸してくださっているお店なのですね」
自分が作っているポーションは街の冒険者に大人気だとは伺っていましたが、まさか終わりが見えないくらいの行列ができるほどだとは思っていませんでした。
嬉しいような恥ずかしいような、何とも言えない気持ちでそれを見ていた私へ、レナさんが声を掛けて来ました。
「ねぇシルヴィ。ディアナが関わってるってことは、あそこの壁にあの脅迫文が貼られていたんじゃない?」
「そうですね。ディアナさんは朝の集荷に向かった時に見つけたと仰っていましたし、もしかしたらお店の方はそれについて何か知っているかもしれません」
「なら聞いてみましょ! って言いたいけど、あの列に並ぶのはねぇ……」
レナさんがやや憂鬱気になる気持ちはとてもよく分かります。私達がいる場所から見て、列の最後尾がどこかすら分からないそれに並ぶのは、とても時間を浪費させられそうな気がしてしまいます。
『お主ら、さっきから付いてこぬと思ったら何を話しておるのじゃ』
「すみませんシリア様。あちらのお店で私のポーションを取り扱っていらっしゃるようで、もしかしたら何か情報が得られるのではないかと思いまして」
『ふむ? ……なるほどな。ならば、妾にひとつ案がある』
シリア様はそう言うと地面を前足で二度叩き、私の眼前にひとつの魔道具を出現させました。ハートを象った宝石で作られているそれは、私も見覚えのある物です。
「蠱惑の瞳、ですか?」
『うむ。それを適当な奴に使って、代わりに並んでもらっていたということにすればよかろう』
「シリア、それは流石にやり方が汚くない?」
『ならばあの列に並ぶが良い。いつ店内に入れるともしれぬがな』
意地の悪い笑みを浮かべるシリア様へ、レナさんがじとーっと胡乱な視線を送ります。私としてもあの列に長時間並ぶのは、待っている間に誰かにバレてしまわないかと気が気では無くなりそうなので避けたいところですが、他に手段があるかと問われると何も浮かびません。
蠱惑の瞳を見下ろしながら逡巡していると、エルフォニアさんがそれを私から取り上げて列へと向かって行きました。
そして彼女は、列に並んでいた三人組と思われる冒険者へ話しかけながら蠱惑の瞳を躊躇いなく使用し。
「おーい! こっちだこっち!」
「このまま来ないかと思ったぞ!」
「もうすぐ入れるよー!」
と、純粋に並んでいた方々を利用して私達を招き入れたのです。
合流した直後に金貨を数枚渡して欲しいとエルフォニアさんに言われ、適当に五枚ほど取り出して手渡すと、彼女はそれをそのまま彼らに握らせました。
「助かったわ。これが約束の報酬よ」
「おう! それじゃあまた、何かあったら声を掛けてくれ!」
「えぇ。また飲みに行きましょう」
「じゃーねー!」
私達に列を譲り、手を振りながら去っていくその後姿にとてつもなく罪悪感を感じてしまいます。どうか、その金貨でいい装備が買えますように……。
「エルフォニア、なんか手慣れてない?」
「人間はある程度は金貨を握らせると従うものよ」
「うわ、発言がゲスだわこいつ!!」
「そうかしら。魔法で洗脳して従わせるより人道的だと思うけど」
「基準がおかしいのよ基準が!」
「なら逆に聞くけど、あなたは今の局面ならどうするつもりだったのかしら」
「え!? えっと……」
エルフォニアさんの無情な問いかけに、レナさんが口ごもってしまいました。そんな反応を少し楽しんだエルフォニアさんは、「冗談よ」と言葉を掛けます。
「時間があるなら列に並んでも良かったとは思うわ。でも、今回はそういう訳にはいかない。時には手段を択ばない必要があるってだけよ」
彼女の言い分は最もですが、なんとも言えない気持ちになってしまいます。
それはレナさんも同じだったようで、やや頬を膨らませながらツーンとそっぽを向いてしまいました。
『まぁレナやシルヴィのように、清く生きてきた人間ならばこそ悩むものじゃろうて。その気持ちは分からんでもないが、誠実な人間が生き抜けるほどこの世界は甘くはない。それは覚えておくことじゃな』
「そうね。いつだって騙されて辛い思いをさせられるのは正直者よ。別に悪事に慣れろとは言うつもりは無いけれども、悪意に対抗できる知恵や力を持つことは大切ね」
『くふふ! なんじゃエルフォニア、随分と言葉に重みがあるでは無いか』
「家が家だから、それなりに色々とあったのよ」
そう笑いながら誤魔化すエルフォニアさんからは、本当に色々とありそうな様子が伺えてしまいました。例えばどんなことがあったのかと気になるところですが、魔女同士の詮索はしてはいけませんし、私自身も彼女に話していないことがあるので黙っておきましょう。
そんな会話をしながらもうすぐ店内に入れるという所で、店内から一人の男性が飛び出してきました。
「すいませーん! 本日分のポーションは売り切れました! また明日、ご来店くださーい!」
どうやら売り切れてしまったようです。特に目当てでは無かった私達は気にしませんでしたが、やはり他の方々はそれ目当てだったらしく、口々に不満を訴えていました。
「なんだよー! もう一時間は待ってたんだぞー!?」
「明日買えるかしら……」
「早起き辛いんだけどー!」
「申し訳ない! でも“森の魔女”様が作ってくださったもの以外ならまだ在庫はあるので、必要ならそちらをお買い求めください!」
「いらんわ!」
「もう飲めないわよあんなの!」
私が作ったものではないポーションに皆さんは辟易としていたらしく、口を揃えていらないと言っています。あれは本当に飲みものなのかと疑うレベルの臭いでしたし、無理もない事でしょう……。
そうこうしている内に店内からもお客さんが退店していき、やがて私達以外は誰もいなくなりました。
「な、なんか凄い集客力ね、あのポーション」
「えぇ……。まさかここまで取り合いになっているとは思いませんでした」
「ん? あぁ、いらっしゃいませ。“森の魔女”様ポーションはあいにく品切れですが、他の薬品ならありますよ」
中年の男性に声を掛けられ、私が言葉を返そうとした時、エルフォニアさんが先手を打って話始めました。
「いいえ、薬品に用は無いわ。私達はあなたに聞きたいことがあるのだけれど、少し時間を頂けるかしら」
「私にですか?」
「えぇ。“森の魔女”が来ている、と言えば伝わるかしら」
彼女の言葉に、店主と思われる男性がぎょっとした表情を浮かべ、私達を店内に招き入れました。そして彼は店の看板を休憩中に裏返して扉を閉めると。
「お嬢さん、今この街でその手の冗談は言っちゃいけねぇ。ただでさえ、ハルディビッツが消し飛ばされたからって街の憲兵達がピリピリしてるんだ。ディアナから魔女様の話を聞いてる俺達は信じちゃいねぇが、街の人間が全員そうって訳じゃねぇんだ」
声を低めてそう警告してきました。
その言葉にエルフォニアさんはそっと体を避け、私の姿が見えるように立ち位置を変えて言います。
「配達員のディアナと繋がっているあなただからこそ、こちらも信用してここまで来たのよ。この子が、あなたにポーションを卸している“森の魔女”よ」




