19話 魔女様は偽装する
「はい、では次の方どうぞ」
受付の方に私達の番だと告げられ、受付へと向かいます。
ペルラさん達の酒場以上の喧騒に耳が痛くなりますが、それを表に出さないように努めつつ受付の方へ挨拶をすると、改めて要件を確認されました。
「ええと、パーソナルカードの再発行でよろしかったでしょうか」
「はい。四名分お願いできますでしょうか?」
「分かりました。では、こちらの紙にお名前と年齢と性別、お住まいとご職業を記入していただけますか?」
差し出されたそれに早速書き込もうとして、本当にいいのでしょうかと思い留まり、背後で控えているエルフォニアさんへ視線を送ります。
彼女は何も言わず、そのまま書けと頷き返しました。
教わった通りに名前と年齢と性別を書き終え、住所も書いたところで隣のレナさんの様子を盗み見ます。
彼女の記入した内容には“名前:レナ=ハナゾノ、年齢:十二歳、性別:女、住所:ネイヴァール領リノテア、職業:武闘家”と書き込まれており、それを受付の方へ渡していました。
「……レナさん、でよろしいですか?」
「ええ、合ってるわ」
「ええと……あぁ、ネイヴァール領の方ですか。随分と遠くからお越しになられていたのですね」
「ちょっとこっちにあるダンジョンに用事があったんだけど、そこでトラップ踏んじゃって所持品をロストしちゃったのよ」
「それは災難でしたね……。連盟保険に入られていれば多少は補填があると思いますので、もし加入されていたらそちらにもお声掛けください」
「うん、ありがとう」
「いえいえ。では、続けて魔力検査になります。こちらの水晶玉に触れて、魔力が扱える場合は流し込んでください」
受付の方は机の下から取り出した大玉の水晶玉を、レナさんに差し出しました。レナさんがそれに触れて魔力を少し流し込むと、水晶の中が緑色に変色しながら渦巻き始めます。
それをしばらく見ていた受付の方が手を離すように指示し、レナさんへ検査結果を告げました。
「はい、ありがとうございます。適性は風属性、魔力数値はC相当です。なかなか高い魔力をお持ちなのですね」
「あはは、おかげで楽に戦闘出来てるわ」
「魔力の高い武闘家は非常に重宝されますから、あちこちからお声掛けされることでしょう。では、受付は受理いたしましたので、発行まで少しの間お待ちください」
「ええ、ありがとう」
レナさんは私にウィンクを飛ばし、“チャイナ服”と呼ばれる服をたなびかせてエルフォニアさんの元へと戻っていきました。いつものお下げを頭の上でふたつのお団子にしている彼女の姿はとても新鮮で、別人のような錯覚を覚えてしまいます。
続けてフローリア様が提出し、受付の方に尋ねられます。
「フローリアさん、ですね。ご職業はテイマーとのことですが、使い魔を見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
「は~い」
動きやすい軽装の上に、普段の私が羽織っていたような紫色のローブを肩で羽織っているフローリア様が手を二度叩くと、彼女の肩の上で姿を消していたメイナードが姿を現しました。
「そちらは……見たことの無い魔獣ですね」
「そうなの! 凄く珍しくて強かったから従えちゃったの!」
どうやら、メイナードが使っている認識阻害の魔法が効果を発揮しているらしく、彼がカースド・イーグルであると気付かれていないようでした。
「そうでしたか。では、同じように魔力検査をお願いします」
差し出された水晶玉にフローリア様が魔力を流し込むと、水晶の内側で紫色の稲妻が激しく弾けました。それを見つめていた受付の方は手を離すよう伝えると。
「適性は雷属性、魔力数値はA相当です! 素晴らしいものをお持ちですね!!」
やや興奮したようにそう告げました。
フローリア様は褒められたことが嬉しかったようで、その場でぴょんと小さく跳ねました。それに合わせて、別の意味で素晴らしいものが大きく揺れ、受付の方が嫉妬するような顔を浮かべながら凝視しています。少しわざとかと思えてしまいましたが、恐らくは意図していないのでしょう。
そしてフローリア様の受付も終わり、私が代筆したエミリの番になりました。
「次は……はい、そちらの人狼種の方ですね。お名前はエミリちゃんでよろしいですか?」
「はい! エミリです、十歳です! 見習いシーフです!」
「ふふ、元気な子ですね。では、同じようにこちらを」
エミリが水晶玉に手をかざすと、水晶は色が変わらずに薄らとモヤが掛かるのみでした。
「ふむ……恐らく、まだ幼いので魔力適性がハッキリしないのでしょう。人間でもよく見られますので、こちらで問題ありませんよ」
無事に承認が降りたエミリは、私に笑顔で手を振って皆さんの方へと向かっていきます。
そして最後、私の番です。
「ええと、シルヴィ=ネイヴァールさんですか。ということは、ネイヴァール家の御息女様でしょうか?」
「はい。あちらのエルフォニアが私の姉になります」
「なるほど。お姉様は魔女、妹様はプリーストになられたのですね」
サーヤさんの服に似た、白と金で彩られている服装に衣替えをしている私と、私の記入した内容を見比べながら呟く受付の方に頷くと、彼女は同じように私へ水晶玉に手をかざすよう勧めてきました。
なるべく魔力を流し込みすぎないように……と意識しながら流し込むと、水晶の内側が眩い光を放ち始めました。その光はどんどん激しくなっていき、遂には――。
「きゃあ!?」
水晶玉が音を立てて粉々に割れ、周囲へ欠片が飛散してしまいました。幸い、私も含め誰も怪我をしていなかったようでしたが、突然の出来事に周囲からも視線が集まってしまいます。
そこへ、後ろで見守っていたエルフォニアさんが歩み寄り、そっと口添えをしてくださいます。
「……この子、昔から魔力量が多すぎて現行の計測器では測れないのよ。失念していた私の不手際よ、請求はネイヴァール家に送って頂戴」
「そ、そうでしたか。ですが、この場合は計測不可と記載されてしまいますがよろしいでしょうか?」
「構わないわ。前のカードもそうだったもの」
「わかりました。では、そのように」
エルフォニアさんの言葉に頷いた彼女は、私達の記入した紙を持って奥の部屋へと消えていきました。
「すみません、助かりました」
「あれほど調節には気を付けろとシリア様に言われていたのに、不器用な子ね。まぁあなた程の魔力量ともなると、微量でも常人の何十倍にもなるから大変なのかもしれないけど」
恥ずかしさを誤魔化すために苦笑いを浮かべる私に、呆れた様な微笑ましい様な眼差しを送るエルフォニアさんに、改めて聞きます。
「でも、本当にネイヴァール姓をお借りして良かったのでしょうか?」
「グランディアを名乗るより遥かにマシよ。それと、その話は外ではしないで頂戴。偽名だと聞かれたら面倒だわ」
あくまでも事前の打ち合わせ通りに、と目配せするエルフォニアさんに感謝しつつ首を縦に振ると、登録を終えたらしい受付の方が戻ってきました。
「お待たせ致しました。それでは、こちらが再発行のカードになります」
彼女から受け取ると、一番上に私のカードがありました。今の修道女姿の私の胸から上の写真の横に、名前を始め記載した内容が丁寧に彫られています。
「ありがとうございます」
「いえいえ。また失くされた際にはお越しください」
深く頭下げる彼女に会釈を返し、皆さんの元へと向かおうとした時。私の足元にいらっしゃったシリア様を見つけた受付の方が口を開きました。
「あら? そちらの猫ちゃん……」
もしかして、ただの猫ではないと気付かれてしまったのでしょうか!?
彼女の反応に内心で身構えていると、にっこりと笑みを浮かべながら続け。
「とても可愛らしいペットですね。シルヴィさんの事が大好きなのですね」
と、シリア様の表情を凍り付かせたため、いつ暴れ出すか分からない小さな体を急いで外へ運び出すのでした。




