17話 魔女様は警告される
しかし、それから一週間が過ぎても彼らが戻ってくることはありませんでした。
それどころか、彼らの再訪を待つこと二週間を迎えそうになり、十月に入ってしまった頃。
『もう待てぬ! レヒティンに行くぞ!』
と、遂にシリア様がしびれを切らせてしまいました。
そう言うや否や家から飛び出そうとしたシリア様を、私とレナさんで引き留めます。
「待ってくださいシリア様。セイジさん達が心配なのは分かりますが、私達がこの森を空けたタイミングで彼らと入れ違いになってしまっては……」
「そうよ。それにあいつらだって、別に弱い訳じゃないんでしょ? だったら待ってあげないと」
『じゃが、あまりにも遅すぎるじゃろう! 何を遊んでおるのじゃ、あ奴らは!』
「私達のために人目に付き辛いルートを探してくれてるんだし、もうちょっとしたらきっと来るわよ~」
『期限を過ぎて間もなく二週じゃぞ!? ルートを見る程度二日もあればできよう! 妾は行きと帰りの日程込みで一週間と期限を設けたのじゃ!』
「それはシリア基準でしょ~? 人間に同じスペックを求めちゃダメよ?」
フローリア様の正論にシリア様は何か言い返そうとしましたが、言葉が見つからなかったようです。
そのままテーブルへと戻って来たかと思ったら、私の膝の上に腕組みをしながら座り込みました。
「あの、シリア様?」
『考え中じゃ、黙っておれ』
なんと理不尽な……。
しかし、シリア様の邪魔をするわけにもいかないので、朝食の食器をレナさんとエミリに下げてもらうことにします。
真面目そうなセイジさん達ですが、こうも連絡も無しに期日を破るとは私も考えもしませんでした。やはり、シリア様が与えた私のお金が嬉しくて遊んでしまっているのでしょうか。
仮に真面目にやっていたとしたら、本人達に聞かれたら怒られそうなことを考えながらお茶を一口啜ると、家の外から私を呼ぶ声が聞こえてきました。この声は恐らく、ディアナさんです。
シリア様をそっとテーブルに置き、外へ出てくる旨を伝えて玄関先へ向かうと。
「大変です大変です! 魔女様大変なんです~!!」
「ど、どうしたのですかディアナさん……?」
「これ、これ見てください!」
ディアナさんから受け取った紙に目を通し、私は声を失いました。
『“森ノ魔女”ニ告グ。
勇者ヲ洗脳シ、人間ヘ盾突クヨウニ仕向ケタ罪ハ重イ。
クダラナイ詮索ヲセズ、己ノ罪ヲ認メテ裁キヲ受ケロ。
サモナクバ、勇者ノ命ハ保障シナイ。』
「こ、これは……。いつからこれが出回っていたのですか?」
「ワタシもハッキリとは分かんないんですけど、今朝集荷してたら壁に貼られてるのが目に入ったんですよ! あれ~昨日こんなのあったっけって相談してみても皆知らないって言ってたんで、多分昨日の深夜から明朝に掛けて貼られたんですかね~?」
「このことは、街の人達に知られてます……よね」
「そりゃあもちろんですよ! ワタシ達の魔女様が何故か討伐させられそうになってると思いきや、今度はよく分からない人に狙われてるって怒り心頭です!」
怒りを体現するかのように、体の前で羽を曲げて頬を膨らませるディアナさん。少し愛らしさがありますが、今の私にはそれを笑う余裕がありません。
「ディアナさんすみません、皆さんと話したいので上がっていただけますか? 街での様子を聞かせてください」
「わっかりました! 不肖ディアナ、今日は緊急事態だってことで配達はお休みにしてもらってますので!」
「ありがとうございます。では、二階へ」
ディアナさんを連れて二階へ戻り、食堂に入った私は早速シリア様へ声を掛けます。
「シリア様、大変なことになりました。恐らくですがセイジさん達が、私を狙っている人に捕まってしまったそうです」
『何じゃと?』
シリア様や他の皆さんにも見えるように、テーブルの上にディアナさんから受け取った脅迫状を差し出すと、全員が食い入るようにそれを眺め、読み終えた順に声を上げました。
『何じゃこれは!? 随分と露骨な脅迫じゃな!』
「うわぁ……。どうやらシルヴィに罪を被せたかった人、本気でシルヴィを殺そうとしてるのね」
『雑魚風情が調子に乗っているな』
「セイジくん達大丈夫かしら? 冒険者よりはそれなりに強いけど、魔女に比べたら全然弱いから心配ね」
「お姉ちゃん、これどういう意味?」
「この前の勇者の人達を助けたかったら、私が罪を被って処刑されるようにという意味です」
「えぇ~!? お姉ちゃん何も悪いことしてないよ!?」
抱き付いてくるエミリを撫でながら、シリア様へディアナさんから聞いた話を伝えます。
「これが貼られたのは昨夜から明朝に掛けてだそうです。既に街の方々にも知られているようでして、私のポーションで関りのある人は憤っているそうで」
『シルヴィ、ディアナに尋ねよ。お主のポーションを卸している街の名は何かと』
「ディアナさん。私が普段、ポーションを卸していただいている街の名前を教えていただけますか?」
「あぁ、そう言えば魔女様には街としかお伝えしてませんでしたっけ! フェティルアです! この前一夜にして街ごと爆発したハルディビッツの手前にある街で、冒険者がよく集まる街なんですよ」
『ふむ。ならまずは、妾達に友好的なそ奴らから情報を引き出すとするかの。道案内を頼めるか聞くのじゃ』
「そこまでの道案内をお願いすることはできますか? この件で、少しでも情報が欲しいので」
「大丈夫ですよ! 魔女様のお願いとあれば、戦い以外なら何でもやりますよっ!」
「ありがとうございます。ではシリア様、いつ頃向かわれますか?」
『すぐに行くぞ。出かける準備をせい』
「えぇ!? 今からですか!?」
『何を驚いておる。呑気に茶なぞ飲んでおる時間はない』
そのまま出て行こうとするシリア様を追いかけるべく立ち上がった私へ、ディアナさんが呼び止めました。
「あ、待ってください魔女様! 今の街中で魔女のような恰好をしてると危ないですよ~!」
「危ないってどういうこと?」
「ええとですね、ハルディビッツが謎の爆発で消滅してからというもの、街中で魔女に対する警戒度が高くなってるんです! なので、魔法使いの冒険者の方も頻繁に身分証の提示を求められてるんですよ! パーソナルカードって呼ばれるものなんですけど」
ちなみにこういうのです、と見せてくださったカードを見ると、顔写真が右側にあって左側にはどこの街在住かなどが書かれていました。
「なんか免許証みたいね~」
「あ、やっぱりそれっぽいわよね?」
レナさん達の比喩はよく分かりませんが、事件があった国内で活動するためには、私の魔女服は適さないようです。
さらに、あのカードが無いと身分証の提示を求められた時に困る可能性が高いです。
「ディアナさん、そのカードはどこで作ることができるのですか?」
「どこで、どこで……? 国内で産まれた人は出生届を出した時に貰うんで、みんな持ってるのが当たり前なんですけど……」
持っていることが当然らしく、逆に頭を悩ませてしまう彼女を見ながら、誰か頼れそうな人がいないかと記憶を遡っていると、結界を張りに森の中を散策していた際、エルフォニアさんから人間の街を見に行ってみたらどうかと言われた時のやりとりを思い出しました。
あの時の彼女は確か、こう言っていたような気がします。
『まぁ無理に見に行くようなところでもないし、場所によっては面白くも無いから気が向いたらで良いかもしれないわね』
面白く無い場所も知っていると言うことは、彼女は人間の街についても詳しいのではないでしょうか。
「すみません、少しエルフォニアさんと連絡してきます」
「エルフォニア? なんでアイツが出てくるの?」
「以前人間の街について話をしていた時、エルフォニアさんが人間の街は面白いところとそうではないところがあると仰っていました。もしかしたら彼女なら、そのカードの作り方も知っているのでは無いかと思いまして」
『……あぁ、そう言えばあ奴もそう言っておったな。確かに一理あるやも知れぬ』
シリア様に頷き、私は通話の邪魔にならないようにとベランダへ出て、ウィズナビでエルフォニアさんを呼び出します。
しばらく鈴の音のような呼び出し音が続き、やがて彼女の少し眠たげな声が聞こえてきました。
『何かしら』
「あ、こんにちはエルフォニアさん。少しお聞きしたいことがありまして、今お時間戴けますか?」
『えぇ、構わないわ』
「ありがとうございます。実は……」
これまでに起きていたことをかいつまんで話し、概ね伝え終えたところでエルフォニアさんが思考を巡らせるために沈黙します。そして――。
『そういう事なら力になれると思うわ。詳しく聞きたいから、そちらへ向かうわね』
「ありがとうございます!」
『それじゃあ、魔導連合に顔を出さないといけないから少し待っていて貰えるかしら。お代はこの前出たケーキで良いわよ』
一方的にお代を要求するだけした彼女は、そのまま通話を切りました。そうと決まれば、彼女を迎え入れるためにケーキを準備しないといけませんね。




