16話 ご先祖様は嫌いになれない
荒い息を整えたレナさんは、シリア様へ改めて問いかけました。
「それでシリア。もしかしたらその領主が魔術師ってのと繋がってて、何故かは知らないけどシルヴィを殺すよう指示を出していた可能性が高いってことでいいの?」
『推測に過ぎんがな。じゃが、ここ最近の連中の妙な動きや領主の噂、そして依頼の件を考えればその説が妥当なとこじゃろう』
「ですがシリア様。今のお話が本当だとすれば、魔法を使う私達に対して、魔術を使う魔術師が相手では相性が悪いのでは……?」
私の疑問にシリア様はくふふと笑い、にやりと顔を歪めました。
『確かに、魔術相手では魔法は分が悪い。じゃが、妾やフローリア、そしてお主にはそれらを上回れる力がある。あとは分かるな?』
私と、女神であるお二人の共通点……。もしかして、神力の事でしょうか。
それを口にしようとした私を前足で制し、シリア様は勇者一行へ告げました。
『この件は、あとは妾達が引き受けよう。そこで、貴様らに今日の飯代としてひとつ、頼みたいことがある』
「代金は取らないって言ったじゃないですか!」
「ま、まぁまぁセイジくん! お金じゃなくてお願いみたいだから、まずは聞いてみよう?」
「依頼は詳細を聞いてから決めるって、いつも言ってるじゃない」
『くふふ! では、貴様らに頼みたいこととして、森からレヒティンの領主の住む屋敷までのルートを調べてこい。人目につかぬ裏口などがあれば尚良い。できるか?』
シリア様の問いかけに、セイジさん達は顔を合わせて考えこみ、やがて全員揃って頷きました。
「分かった、俺達で最短ルートを調べてきます。今回は何日くらい貰えますか?」
『そうじゃな。一週間あればできるかの?』
「一週間か……。頑張ってみます」
『うむ。任せるぞ』
話が纏まり、暗くなってきたこともあってエミリと私とシリア様だけで森の出口まで送ることになりました。
約半時ほど歩いて勇者一行を出口まで送り届けた際、彼らをシリア様が呼び止めました。
『貴様らに前報酬と言うものをやろう。貴様らの働き次第では、後報酬は上乗せしてやる』
そう言いながらシリア様は彼らの目の前に、両の手の平から零れ落ちそうな大きさの袋を出現させます。それを受け取り、中身を確認したセイジさんは、信じられないといった顔で中身を凝視しています。
その反応に疑問を持った他の方々も中身を確認して、同じような反応を見せました。
「こ、こんなに金貨が……!! これ、偽物じゃないですよね!?」
『阿保か。魔法で貨幣を生み出すことは禁じられておる。普段シルヴィが街へポーションを卸している対価に得た金じゃ』
「街のポーション? あぁー! そういえばあのポーションも、森の魔女の名が入っていたな!!」
心当たりがあったらしく、そう声を上げるセイジさんに微笑み返します。
すると、サーヤさんがやや暗い顔を浮かべながらボソッと言いました。
「あのポーションのおかげで、私達のお仕事がかなり減っちゃったんですよね……。高位神官級の回復効果が得られるポーションが、たった銀貨五枚だって街でも評判ですよ。はは……」
な、なんだか、物凄く申し訳ない気分になってきました。慰めようにも、今までサーヤさんの仕事であったと思われる回復魔法を奪ってしまっていたという事実に、どう声を掛けたらいいか分かりません。
『くははははは! やはり神官の仕事を奪っておったか! これを大義名分にされようものなら、妾達は引き下がるしかなかったな!!』
「そ、そうですね……。すみません、サーヤさん」
「いいんですよ。私なんかより、シルヴィさんの方がずっと優秀な治癒魔法が使えるってことなんですから……」
ダメです、サーヤさんの顔が死んでいます!
虚ろな瞳でどんよりとしたオーラを纏い、自虐気味に笑うサーヤさんを、アンジュさんとメノウさんが慰める様子をオロオロと見ていたセイジさんが、「と、とりあえず!」と強引に終わらせに掛かりました。
「このお金、大切に使わせていただきます! それで、森の魔女さん達が調べやすいように、俺達頑張ってきますんで!」
『うむ。装備の新調なりなんなり、好きに使うが良い。また一週間後、ここで待っておるぞ』
私達に手を振りながら去っていく彼らの後ろ姿を見送りながら、私はシリア様へ話しかけます。
「シリア様。彼らにお優しいですね」
『勇者一行、という肩書に寄せられる期待は果てしなく重い。そんなあ奴らの姿に、妾は昔の自分を重ねておるのやも知れぬな』
シリア様は昔を思い返すように答え、ふっと体の力を抜きながら続けます。
『それに、セイジは血の繋がりこそ無いとは言え、妾の子孫であるグランディアの名を持っておった。それが何を示しておるのか今のところは分からぬが、あ奴らをあまり邪険にしたくはない気持ちがあるのは確かじゃな』
遠くを見ながら答えるシリア様の顔はとても優しく、まるで子どもを見守る母親のようなものでした。




