14話 勇者一行は振舞われる
「と、誘ったはいいものの……」
『こ奴らの食いっぷりは、まるで飢えた獣じゃな……』
シリア様の比喩の通り、彼らの食べる勢いは凄まじく、私が多めに作った料理を次から次へと平らげ、露骨に要求こそしないものの「まだありますか」と言わんばかりの視線を向けてきます。
倉庫の中と相談しながら使える限りは使っていますが、そろそろ手を着けると明日の朝ご飯に影響が出そうな気もしてしまい、どうしようかと考えていたところへ、玄関の扉がノックされる音が聞こえてきました。
『妾がこ奴らを見ておいてやる。お主は見てくるのじゃ』
「ありがとうございます」
エプロンを外して一回へ降り、玄関を開いて来客を確認すると。
「あ、魔女様! 早締めの日なのにすんません!」
村の方々が、私の体と同じかそれ以上はあるかと思われる、大きなブロック肉を数人がかりで抱えて立っていました。
「いえいえ。それより、これは一体……?」
「今日はハイエルフと共同で狩りをしてたんで、いつもよりデカイのが狩れたんすよ! それで、魔女様にも持って行こうって話になったんす!」
「それに、ちょうどお客さん来てるらしいじゃないっすか! 良かったらこれ食わせてやってくださいよ! 上等なイノシシの肉っす!」
「これはありがたいです! ありがとうございます、いただきます!」
「いやいや! いつも魔女様には世話になりっぱなしすから! それじゃ、俺達はこれで!」
大きく手を振って去って行く彼らを見送りながら、足元に置かれたそれを見つめます。
都度思うのですが、彼らはどれだけ大きな魔獣と日々戦っているのでしょうか。月狩りの大熊は例外的に巨体で強かったと仮定しても、これだけのお肉を切りだせる個体がいるというのは相当だと思います。
とりあえず、いただいたこのお肉を早速調理したいところですが、これだけ大きいとどう調理するかすら悩んでしまいます。いっそのこと、まるっと焼いてしまって彼らに好きなだけ食べてもらうと言うのも良いかもしれません。
それは流石に手を抜きすぎではと笑っていた私へ、二階からシリア様がひょっこりと顔を覗かせて声を掛けて来ました。
『シルヴィ! もう飯が無いぞ!』
「あ、すみません! 村の方からこちらを頂いたのですが、どう調理しようか悩んでまして!」
『何?』
まるで高さなど無いかのように飛び降りてきたシリア様は、村の方に分けていただいたお肉を見て感嘆の声を出しました。
『……ほぅ! これはまた、とんでもない大きさじゃな! お主としては、これをどうしたい?』
「いっそのこと、これを丸々焼いて彼らに振舞おうかと思っていました。ですが、流石に手を抜きすぎているかとも思ってしまいまして」
『別によかろ。冒険者なぞという生き物は、普段から料理とも呼べぬものを口にすることが多い。野宿でもすれば、野兎を捕まえて塩を振って食べるということも良くやっておったぞ。どれ、少し手を貸してやるかの』
人間の冒険者の生態に驚いていると、シリア様は地面を二度前足で叩きました。すると、地面の表面がモコモコと盛り上がり、お肉の一面より数回り大きな鉄の板へと変化していきます。鉄板の四つ角にはテーブルのような足があり、中央の底面には火をくべられそうな窯も付いています。
『これはレナの世界にあるという、“バーベキュー”という調理方法じゃ。肉や野菜を鉄板の上でそのまま豪快に焼き、それを塩や調味料で各々で味付けをして楽しむというものらしい』
シリア様は続けて、お肉をなぞるように前足を動かすと、一塊だったブロック肉が綺麗にスライスされていきます。スライスされたお肉はふわりと浮かぶと、鉄板の上に綺麗に並べられていきました。
一通り並べ終わった後、シリア様が窯に魔法で火をくべると、鉄板が徐々に熱されていくにつれてお肉が焼ける音が聞こえてきます。
『シルヴィ、上から塩と胡椒を取って来るのじゃ。ついでに勇者共も呼んで来い』
「分かりました」
二階へと急ぎ、調味料とお皿を手にしながら勇者一行へ告げます。
「皆さん、外でお肉を焼いていますので、一度外へ出ていただけますか?」
「お肉!!」
エミリに似たネコ耳の女の子がガタリと立ち上がり、凄い勢いで外へと向かって行きました。それに続くように、他の面々もぞろぞろと下へと向かって行き、すぐに外から歓声が聞こえてきました。
私が戻ると、ちょうどシリア様がお肉の裏面を焼こうと浮かせていたところでした。焼かれていた表面はこんがりと綺麗な焼き色が付いていて、それだけでも食欲を搔き立ててくれています。
それから間もなくお肉が焼き上がり、塩と胡椒で味付けしたそれを喜んで食べる一行の姿に微笑ましく感じていると、村での作業を終えたレナさん達が戻ってきました。
「たっだいま~。あれ、誰かいる?」
「あら、この前の勇者くん達ね~」
レナさん達にも気づかずに、一心不乱に食べ続けている彼らを横目で見ながら、私達の元へと歩み寄ってきたレナさんは当然の質問をしてきました。
「シルヴィシルヴィ。なんでこいつら、うちでご飯食べてる訳? 敵なんじゃなかったっけ?」
「まぁ、敵かそうでないかと言われれば敵ではあるのですが、彼らも彼らなりに苦労していたみたいで、まずは食事をと」
「ふ~ん……。よく分かんないけど、あたしにもお肉頂戴。毎日肉体労働で疲れてるのよ~」
「あ、シルヴィちゃん! 私も私も~!」
「お姉ちゃん、わたしもお肉食べたい~!」
「では、切り分けて私達も頂きましょうか」
切り分けられたお肉を口いっぱいに頬張り、あまりの美味しさに声にならない声をあげるレナさんとエミリの横で、シリア様に食べさせようとして自分が食べて怒られているフローリア様を見ながら、私もお肉を齧って頬を緩ませます。
素材そのものを楽しむ、レナさんの世界の調理方法――バーベキュー。
またいつか、レオノーラやアーデルハイトさん達も交えてやりたいものですね。
 




