13話 魔女様はお人好し
無事にフローリア様の減量に成功した三日後のおやつ過ぎ。
私の結界の中に誰かが立ち入ろうとしていることが伝わってきました。
『どうしたシルヴィ?』
「いえ、誰かが森の結界の中に入ろうとしているみたいです」
『ふむ……あぁ、ちょうど今日で二週か。ならばあの勇者もどき共じゃろうて』
シリア様は休憩のために出していた小さなテーブルの上から飛び降り、私とエミリに言いました。
『変に森の連中が刺激される前に、妾達から迎えるとするかの。すまぬがエミリ、妾達を乗せてひとっ走り頼めるか?』
「うん!」
エミリはシリア様に続いて診療所を後にします。あと少し診療時間があるのでどうしようかと迷いましたが、外にちょうど獣人の方がいらっしゃったので、森の皆さん宛に今日は少し早いですが営業終了であることを伝えていただくようお願いし、エミリの背に乗って移動を開始しました。
森を北西に駆け続けること数分。遠くに四人の人影が見えてきました。
その姿は徐々に鮮明になっていき、明るい茶色の髪を立たせた男性や、魔女のような見た目の灰色の髪の女性、修道服モチーフのドレス姿の女性などがいることから、恐らく先日の勇者一行でしょう。
彼らも私達に気が付いたらしく、神狼姿のエミリと私達がかなりの速さで迫ってきていることに慌てふためいています。
確かにこの大きさのエミリに迫られたら怖いものはありますねと苦笑しながらも、ふと気になったことをシリア様へ確認することにしました。
「シリア様。今日は体を交換しなくてよろしいのでしょうか?」
『うむ。先日は奴らの牙をへし折るために、魔女としての力を見せつけただけじゃからな。敵意のない今ならば、妾より人当たりの良いお主の方が適任じゃろうて』
「私も、そこまで見知らぬ人と何でも話せるという訳では無いのですが……」
『なに、いざという時は妾が変わってやる。お主はいつも通り振る舞えばよい』
「はぁ……分かりました」
そうこうしている内に、彼らとの距離はエミリがひと飛びすれば飛びつけそうな距離まで迫っていました。シリア様はエミリに止まるように指示を出し、彼らの少し手前で止まったエミリから降りて話しかけてみることにします。
「こんにちは。勇者一行でよろしいでしょうか」
話しかけられた勇者一行は焦りの表情を一変させ、私が誰か分からないと言うかのような浮かべます。
……あぁ、そう言えば彼らに自己紹介はしていないのでしたね。
「改めまして、私はシルヴィと言います。あなた方からは“森の魔女”と呼ばれていますが、私の魔女名は【慈愛の魔女】です」
「【慈愛の魔女】……?」
勇者さんがオウム返しに呟き、お仲間たちとひそひそ話を始めました。
「な、なぁ。あれホントにこの前の魔女なのか? まるで人が違うみたいに優しそうな話し方なんだが……」
「私にも分からないわ……。もしかしたら、偽物なのかしら」
「でも、魔力の色は同じだよ……?」
「じゃあ本物なのか? “森の魔女”は二重人格なのか?」
なんだか、私が本物では無いと疑われてしまっているようです。
確かに、先日はシリア様が私の体を使って彼らの対応をされていたので無理も無いとは思いますが。
彼らの様子にしびれを切らしたシリア様が、私に言います。
『このままでは話も出来ん。体を借りるぞ』
「分かりました」
シリア様と入れ替わり、私の体でシリア様は咳払いをひとつしてから彼らへ声を掛けました。
「あー、貴様ら。妾は二重人格者などではない。先の発言は、この体の真の持ち主のものじゃ」
「どういう、ことですか?」
「言葉通りの意味じゃ。妾の本体は足元の猫、そしてこの体の持ち主と今は入れ替わって話をしているというだけに過ぎん。シルヴィ、体を返すぞ」
私に体を返してくださったシリア様は、ぴょんと私の肩に飛び乗って話を続けます。
『貴様らの中で魔力が低いのはそこのアンジュだけじゃな。それ以外には、妾の声が聞こえていよう』
「ね、猫が喋ってる!?」
「化け猫!?」
『殺されたいか貴様ら……』
「「ひぃっ!!」」
勇者と魔法使いの方が怯える中、修道女らしい女の子が状況を纏めようと尋ねてきます。
「え、ええと……。今話してる猫が、この前私達と話をしていた人で、“森の魔女”――シルヴィさん? ではないってことでいいのかな」
『うむ。妾はシリアという。サーヤの言う通り、先日貴様らを燃やしたのは妾じゃ』
シリア様の言葉に、加減された極大魔法で装備共々ボロボロにされていた光景が脳裏に浮かびます。あれを直接受けた被害者の方々にとっても、その説明だけで十分すぎるらしく。
「シリア様。完全に怯え切ってしまっていますが……」
『うーむ、妾なりに加減はしたんじゃがのぅ』
私では無く、猫のお姿のシリア様を見て身を寄せ合いながら震えあがってしまっています。しかし、エミリに似た種族の女の子だけはシリア様の言葉が聞こえないらしく、何故抱き付かれているのか分かっていないという顔をしていました。
『ええい、怯えてる暇があれば貴様らの成果を報告せよ! 妾は貴様らに恐怖を振りまきに来たのではない!』
「す、すいません!!」
勇者が立ち上がって説明をしようとした時、彼のお腹から大きな虫の声が鳴り響きました。
それに続くように、背後にいる方々からも小さくお腹が鳴り、全員がやや顔を赤らめながら俯いてしまいます。
「お腹、空いていらっしゃるのですか?」
「そ、そんなことはない!」
「ですが、今のは……」
「お前には関係な――」
ぐうぅぅぅぅぅぅ……。
再び鳴り響くその音に、流石に隠せないと判断したらしい彼は、観念したように口を開きました。
「……勇者一行って言っても、王国から都合よく使われるちょっと強い冒険者みたいなもんなんだよ。だから実入りも良くは無いし、飯を抜くことだっていつものことだ」
「シリア様から伺ったお話によれば、あなたは王家の王子様なのですよね? それなのに、お金が無いのですか?」
「最初の内は援助してくれていたさ。だが、いくら王家の血筋だろうと、成果もなかなか挙げられない俺達にだんだん出し渋るようになって、今じゃ完全にゼロだ」
「それでも、あなた達は冒険者の方々よりは強いのですよね? それなら実入りのいい依頼とかを受けれるのでは……」
私の問いかけに、修道女らしき女の子が答えてくれました。
「私達に回ってくる仕事は、危険な内容の割に報酬が少ないものが多いの。そのせいで、装備の新調や修理、アイテムの購入なんかをしているとギリギリなんて話じゃなくなるの」
「最後に食べたのは、一昨日の夜……」
辛そうな顔を浮かべながらそう告白する彼女達に、私は同情せざるを得ませんでした。
「シリア様。もし良ければ、彼らをうちへ招いて食事を終えてからお話を伺う、という形でもよろしいでしょうか。命を狙ってきたとは言え、流石に見ていられません」
『やれやれ。お主はほんにどうかしておるぞ? 敵に情けを掛けるなぞ、後に己に降りかかる脅威を育てるようなものなのじゃぞ?』
口ではそう言いながらも、シリア様も彼らをやや憐れむような顔を浮かべられています。
『じゃが、奴らの装備を壊したのは妾じゃからなぁ。責を感じぬと言えば嘘になる。シルヴィよ、こ奴らに余り物で何か振舞ってやれ』
「分かりました。あの、その様子ではお話をするのも辛いかと思いますので、もし良ければうちへいらしてください。話は食事の後にしましょう」
「い、いいのか!?」
ぱぁっと顔を輝かせたのも束の間、我に返って警戒心を強めて疑いの眼差しを掛けて来る彼らに、私は苦笑してしまいました。
「毒とかは入れるつもりはありませんよ。お金も頂きませんから、そう警戒しないでください」
「……お前が俺達に、そんなにしてくれる理由が分からない」
確かに勇者の言うことには一理あります。見ず知らずの、それも本当なら殺すべき相手から食事を振舞われるなんて疑問を持って当然でしょう。
無理やり理由を作るなら、本当かどうかは分かりませんが彼は私の弟にあたるから。とでも言えるのですが、それを言おうものなら今後の生活がますます危険になってしまいます。
私はどうにか理由を作れないかと頭を捻り、先ほどシリア様が口にした言葉を借りることにしました。
「あなた方の装備を壊してしまって、お金が無くなってしまったのは私達に責任があります。なので、お詫びと言ってはおかしいかもしれませんが、それでいかがでしょうか?」
シリア様から突き刺さるような視線を感じますが、私はなるべく見ないようにしながら彼らへ笑いかけます。
かれらは私の言葉を吟味するように考えこみ、やがて誰からともなく頷きました。
 




