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12話 女神様は絞られる

「無理~! もう無理、無理無理無理無理! 死んじゃう死んじゃう~!!」


「これしきで死ぬわけないじゃろうが、このたわけ! 無駄口叩く暇があれば足を動かせ!!」


「ほら呼吸乱れてるわよ! 鼻で二回吸って、口で二回吐く!」


 気持ちのいい秋晴れの空の下、シリア様によるトレーニングの一環として私達は川沿いを走っています。なんでも、この川を上流へと進んでいくと山間部に大きな湖があるのだそうで、今日はそこまでピクニックがてらランニングをするそうです。


 川のせせらぎを聞きながらフローリア様とレナさんが並走し、その少し後ろからエミリがホイッスルを咥えてピッピと鳴らしながら続きます。


 そして私はと言うと。


「しかし、お主はもう少し持久力を付けねばならんなぁ……」


『すみません……』


 開始から三十分前後で体力が無い私が真っ先に脱落し、シリア様と体を代わって一緒に箒に乗って上から彼女達を追う形となっています。


「まぁ、魔女たるもの持久力は不要とはいえ、ある程度はあった方が良い。日々の鍛錬で瞬発力や判断力、魔力や神力は鍛えられておるが、次の課題はそこじゃな」


『主は魔女としては群を抜いているが、人の平均的な体力からは群を抜いて悲惨だからな。レナを見習えとは言わんが、たまには村の連中の狩りでも手伝ってみたらどうだ』


『そうですね、考えておきます』


「くふふ! シルヴィが狩りか! 魔獣がかわいそうでーなぞ言い始めそうじゃな!」


『そ、そんなことはありません。日々彼らの命を頂いているのですから』


「ほう? ならば問うが、顔は愛くるしい子犬じゃが体はムキムキの獅子のような魔獣を殺せるか? 無論、鳴き声はきゅぅんきゅぅんと鳴くぞ?」


 頭の中でシリア様の仰る魔獣を思い描き、私が【制約】抜きで狩りができる状況をシミュレーションします。村の皆さんと追い詰め、あとはトドメという所でその魔獣が仰向けになり、瞳を潤ませて命を乞うようにきゅぅんと鳴くその姿に――。


『できません……!』


「くはは! ほれ見たことか! 魔獣の見た目に騙され、お主なぞイチコロじゃ!」


 だって仕方ないではありませんか! あんなつぶらな瞳で命乞いなんてされてしまったら、私でなくても殺せないと思います!

 そんな話を上空で楽しんでいる時、シリア様がふと指先をフローリア様に合わせ、微弱な雷魔法を放ちました。


「きゃあん!! な、何するのよシリア~!!」


「しれっと神力使って楽をしようとするでないわ、このたわけめ。肉を落としたいのならば、力では無く体を動かせ」


「意地悪~!」


 今にも泣きそうな悲鳴を上げながらも、フローリア様は必死にレナさん達に置いて行かれないように走り続けます。


 今日の彼女達の服装は、レナさんの世界で学校に通う子ども達が着用するという“体育着”をシリア様に用意していただいたものです。柔らかな木綿生地の白の半そでシャツの胸の辺りには、レナさんの手書きによるそれぞれの名前が書かれています。


 その対となる下部分は、レナさん曰く“ブルマ”というものを履いているのですが、最早下着と同じ形状をしているため私はかなり抵抗がありました。

 しかし、シリア様が全員分色違いで用意してくださっていたことから、私だけ恥ずかしいから履きたくないとは言い出せず、秋風が太ももを掠めると肌寒さを感じる服装でランニングを行う運びとなっていました。


 ちなみにレナさんが赤、エミリが紫、フローリア様が青、私は紺色となっています。


「帰りたい! お酒飲みたい! 寝たい!」


「はいはい、ちゃんと全部終わったら好きなだけやっていいからね~」


「ふえぇ~ん!」


 汗びっしょりで辛そうに走るフローリア様とは対照的に、レナさんとエミリは全く疲れの色を見せていません。流石は体を動かすことが大好きなお二人です。


 フローリア様はレナさんを恨めしそうに見ながら言います。


「レナちゃんは、良いわよね~! おっぱい、無いから、揺れないし!」


「……ペース上げるわよエミリ」


「うん!」


「待って! 待って! ごめんねレナちゃん! ごめんなさい~!」


 表情が消えたレナさんが少しペースを上げ、それにエミリがホイッスルを鳴らしながら跳ねるように付いていきます。

 そして遅れたフローリア様は――。


「これ! 何を休んでおる! さっさと追い付かんか!」


「痛ぁい! もうやだぁ~!!」


 シリア様によって雷魔法を放たれ、馬に鞭を打つような要領で無理やりペースを上げさせられました。





 川沿いに上流へと走り続け、およそ二時間ほど。

 そこにはシリア様の仰っていた通り、広い湖がありました。湖の中央には大樹が生えている小島があるのですが、そこへ向かうようにと陸続きになっている不思議な場所です。


「うむ。ここらで昼休憩とするかの」


「はぁ~! もうダメ、もう動けない~!!」


 その大樹の木陰に体を投げ出したフローリア様は、荒い息を整えながらも、涼しい風を浴びて気持ちよさそうにしています。シリア様に体を返していただいた私は、そんな彼女へ水筒に入れておいた冷たい水を差しだします。


「お疲れさまでした、フローリア様」


「ありがとうシルヴィちゃ~ん! んぐ、んぐっ……ぷはぁ! はぁ~、生き返るわぁ」


「シルヴィ、あたしもあたしも!」


「わたしもー!」


 レナさんとエミリにも水筒を差し出し、同じように一息吐いてはフローリア様の両腕にそれぞれ頭を置いて寝転びました。


「あ~! 最高の枕~!」


「やわらか~い!」


「もぉ~、そういう事言う子は……こう!」


「うわっ!」


「きゃあ!」


 フローリア様は腕を寄せ、二人をぎゅっと抱きしめました。きゃあきゃあと騒ぎつつも楽しむその姿を見つつ、亜空間収納からお弁当箱を取り出してお昼ご飯の準備を進めます。

 今日は味付けの種類を様々にしたサンドイッチの他に、エミリによるリクエストのタコ足ウィンナーに甘い巻き卵や、レナさんリクエストのゆで卵とおにぎり。フローリア様リクエストの肉巻き野菜など、レパートリーも様々です。


『シルヴィよ、妾のアレはどこじゃ?』


「はい、こちらにありますよ」


 そして、シリア様のリクエスト品は白身魚のフライでした。

 海で頂いたものが大変気に入られたらしく、沢山食べたいということからシリア様専用に包んであるお弁当箱を開くと、子どものように目を輝かせて歓声を上げました。


 それから間もなくシリア様の号令で食事が始まり、心地よい気温と温かな日差しの下で食べる昼食はとても美味しいものでした。

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