11話 女神様は増量中
神力の特訓が始まって早二日。疲労困憊の体に鞭打って、料理などの家事もこなすのは非常に辛いものがありましたが、自分が選んだことだからとなんとか続けていた、ある日の夕食後の出来事でした。
『フローリアよ。貴様、最近丸くなっておらんか?』
「んぶっ」
「わー!? こっち向いて吹かないでよ汚い!!」
「い、今布巾を持ってきます!」
唐突に放たれたシリア様の一言に、食卓は色々な意味で騒然となりました。
「げっほ、げほ! い、いきなり何てこと言うのよシリアぁ!」
『むせるようなことでは無かろう。貴様のありのままを述べたまでじゃが』
「そういうのはデリカシーが無いって言うのよ!」
『知らぬ。妾にデリカシーが足りぬのであれば、貴様には節制という言葉が足りぬ』
シリア様はレナさんの膝の上に移動すると、小さな右前足でフローリア様の横腹をぷにっと摘まみながら続けます。
『見よ、このだらしのない贅肉。日がな食っては寝て飲んでは寝て、シルヴィの相手をしたと思ったらその分を補うように貪り食いおって。その結果がこれじゃ』
「やめて~! 乙女のお腹には夢が詰まってるの~!」
『はっ! どの口が乙女とかほざくか。少なくとも二千年以上はだらだらと遊び惚けておるような阿保が、乙女を自称するなぞ片腹痛いわ』
「心はいつまでも乙女なの! これだから研究しか頭にない猫は――痛い痛い痛ぁい! 爪立てないで!!」
じゃれ合うお二人……いえ、正確にはフローリア様に私達の視線が注がれます。しっかり意識しないと分からないくらいの差ですが、言われてみれば確かに全体的に丸みを帯びたと言いますか、お肉の乗りが良くなっているようにも見えます。
例えば、フローリア様のお顔。ニコニコといつも楽しそうに笑みを浮かべている頬は、心なしかもちっとしているような気がします。そしてシリア様に摘ままれている脇腹。秋服に着替える前はもう少しくびれていた気がするのですが、今ではシリア様の指摘通り、ズボンの上にお肉が少し乗ってしまっています。
レナさんも気になったらしく、フローリア様の二の腕や首回り、お腹や胸、太ももと一通り触って確かめると。
「……フローリア。あんた太ったわよ」
「レナちゃん!?」
「あたしも言われるまで気づかなかったけど、こんなにむちむちしてたっけ? って思うもん。ほら、二の腕なんかこんなに伸びるし」
「やぁん! 伸ばさないで~!」
服越しにも肉が摘ままれているのが分かってしまい、脇腹と二の腕を摘ままれているフローリア様を見ながら、エミリが自分の二の腕を摘まんでいました。私はそんな愛くるしいエミリをぎゅっと抱きしめて撫でまわします。
しばらくぷにぷにと摘まんでいたシリア様が、冷たい声でフローリア様に告げます。
『フローリアよ。痩せぬならば貴様の怠惰の様子を大神様に報告するぞ』
「ず、ずるいわよシリア! それはずるい!!」
『ずるいも何もあるか! そもそも、貴様がレナと共に地上に降ろされた理由はなんじゃ!? 神としての心構えを改めろという話であったじゃろうが!!』
「それはそうだけど! でも違うのよ! 私にはまず、レナちゃんの生活のサポートっていう大事な役割があるの!」
「あたし、サポートしてもらったのホントに最初だけ――」
「レナちゃんは静かにしてて!」
「えぇ!? あたし当事者じゃないの!?」
「とーにーかーく! こっちの世界に連れて来ちゃったレナちゃんを、こっちの世界で不自由なく暮らせるようにしてあげてから、私のことをやるからいいの! 二人のうさぎちゃんを食べようとすると一人も相手してくれないのよ!」
「フローリア、言いたいことは分かるけど意味違ってくるから……」
「レナちゃんは静かにしてて! うさぎちゃんの代わりに食べるわよ!?」
「諺じゃないの!? わーっ! 待ってキスしようとしないで!!」
いつものようにレナさんが襲われ始め、話がうやむやになりそうな気がしていると。
『ええい分かった! 貴様の一日のスケジュールを妾が管理してやる! もう怠惰な時間なぞ取らせぬぞ!!』
人間であれば強くテーブルを叩きながらそう一喝するシーンでしたが、猫のお体なので机をポンポンと苛立たし気に叩きながら吠えている、という構図になってしまっています。
シリア様からの宣告を受けたフローリア様は、レナさんを強く抱きしめたまま嫌々と首を振りながら抗議します。
「えぇ~!? やだやだ、私はお酒飲んでスピカちゃん達と遊んでレナちゃんと寝るの~!!」
『黙らんか! 色ボケしきったその頭と、贅肉にまみれ、出荷手前の家畜同然となったその体を鍛え直してやる! 覚悟しておれ!!』
フローリア様の反論にもなっていないワガママな主張にシリア様はそう言い捨てると、テーブルからひょいと降りてご自分の部屋へと戻っていきました。
「え~ん……。私働きたくなぁい、楽しいことだけしてたぁい……。助けてシルヴィちゃ~ん」
「私に言われましても……。と言うよりも、フローリア様は日頃からシリア様とお酒を作っていらっしゃったのでは無いのですか?」
私からの質問に、フローリア様は。
「もちろん最初はそうしてたわよ。でもシリアが、貴様にやらせると味見で酒が消えるから触るな! って怒って手伝わせてくれなくなっちゃったのよ~。で、仕方ないからスピカちゃん達のとこに遊びに行ってお手伝いがてらお話ししたり、魔導連合に行ってヘルガくんやエルフォニアちゃんとお茶したりしてたの!」
それは初耳です。てっきりシリア様とお酒作りをされているものだと思っていましたが、いつの間にか遊ぶだけになっていたようです。それはシリア様がお怒りになっても、仕方が無いことかもしれません。
それから私が寝るまでシリア様は部屋から出てくることは無く、フローリア様は翌日の朝まで戦々恐々としたまま眠りにつくことになり、何故か翌朝のレナさんはすっきりとした顔つきで起きてくるのでした。




