6話 魔女様は心配される
シリア様と共に食堂へと向かうと、突然現れたシリア様の姿に驚きの声が口々に上がりました。
「あらぁ!? いつ帰って来たのシリアぁ! シルヴィちゃん寂しがってたわよ~?」
「うわっ!? シリア帰ってきてたなら言ってよ! びっくりするじゃない!」
「シリアちゃんおかえり~! ご飯食べる?」
『ええい! 一斉に騒ぐでないわ、やかましい! 飯なら済ませて来ておる!』
周囲を一喝し、ひょいと机に飛び乗ったシリア様は、机の上に出しっぱなしになっていた紙袋を見つけ、フローリア様をじとーっと半目で視線を送りがなら尋ねます。
『シルヴィの服装が変わっておったからよもやとは思ったが、また地球へ行ったのか貴様』
「えへへ~。でも今回は大神様に見つかっちゃったから、ある意味公認よ!」
『後付けの認可じゃろうがド阿呆。あまり大神様のお手を煩わせるで無いわ……まぁよい、メイナードはどうした?』
そう言えば、夕飯を食べてからメイナードの姿が見えません。外に出ているのでしょうか。
「外の様子を見てきます」
『うむ。任せる』
指輪を通してメイナードに呼びかけてみても、反応がありません。もしかして、また一人でこっそりと戦っているのでしょうか。
少し肌寒くなってきた外の空気に身を震わせると、月明りに照らされて屋根の上から長い影が伸びていることに気が付きました。そっと見上げると、屋根の上でメイナードが月を見ながら佇んでいました。
「メイナード。何をやっているのですか?」
『……主か』
「指輪で呼びかけても反応が無かったので心配しましたよ」
二階へ続く外階段を登ると、突然私の体が彼の燐光の色に包まれ、ふわりと空に浮きました!
「め、メイナード! 何をするのですか!?」
困惑する私を無視し、メイナードはそのまま私を自分の隣に座らせると、いつもとは違う優しい目つきで見下ろしてきました。心配されているような、それでいて何かを伝えたがっているような、そんな目です。
「メイナード……?」
私が問いかけると、彼はいつもの目つきに戻り、再び月を見上げました。
『何だ』
「いえ、何かを言いたいのかと思いまして」
『ふん。我の主が魔女として、胸を張れるようになる日は来るのかと思っていただけだ』
いつもと変わらない軽口ですが、それでも何かを伏せているような気がしてなりません。
ですが、何故か聞かない方が良いような気もしてしまい、彼の言葉に何も返せずにいると、おもむろにメイナードが話を始めました。
『主よ。我は由緒正しいカースド・イーグルだ。そして、我はメイナードという名を実の親から貰った。それを疑ったことも無いし、それが偽りであることなどあり得ない。それは我が我であるからだ』
突然話始めた彼の言葉が理解できずにいると、メイナードは気にすることなく話を続けます。
『我らの世界は、至極単純だ。力あるものが常に上に立ち、力無き者は死ぬか従属する。頂点に立つ者は常に入れ替わり、人間のように血筋で継承されるものではない。故に、我らの世界では頂点に立つ者が偽られることなどあり得ない』
メイナードは再び私へ視線を戻します。
『主よ。人間の世界は、単純な力だけでは解決しない問題が多い。身分を偽り、敵を欺き、時には己すらも騙す。だが、いついかなる時でも我らの世界と共通点を持つ真実がある』
「真実、とは?」
『己の体に流れる血だ。その血は自分を証明するものであり、親に偽られようと殺されようと、どのような状況であろうとも偽ることのできない魂の情報だ。だからこそ、契約に用いる物は血が対価と太古より相場が決まっている』
「私は、メイナードと契約した時に血を使っていませんでしたが……」
『主は魔力だけでも証明ができたからだ。あのシリア様の血筋の魔力は、それだけで証明として機能する』
「そうだったのですか」
『そうだ。主はシリア様の正当な血統なのだ。自分はシリア様の子孫なのだと誇れ。そして疑うな。この先に何があろうとも、それだけは主を裏切ることは無い。それだけは決して忘れるな』
真っ直ぐに見つめられ、真剣な眼差しでそう告げるメイナードに疑問を感じつつも、私は頷きます。
「はい。私は王家から亡き者として扱われ、捨てられたのだとしても、シリア様の子孫であることには違いありません。そしてシリア様に認めて頂いた魔女であることを、誇りに思って生きています。それはこれまでも、これからも変わりません」
『そうだ、それでいい』
そこで話は終わりなのか、メイナードはまた月を見上げて静かになってしまいました。
いつになく饒舌だった彼は不思議でなりませんが、きっと彼なりに私を心配してくれているのでしょう。
私は立ち上がってメイナードに微笑みます。
「心配してくれてありがとうございます、メイナード」
『……ふん』
「さぁ、中へ戻りましょう。シリア様も待っていらっしゃいますよ」
『あぁ』
『おぉ、戻ったか。ほれ、さっさと座るのじゃ。妾が持ち帰った話を皆に伝えよう』
「お待たせしてすみません」
シリア様に促され、私達も席に着きます。
そしてメイナードも含めて全員がいることを確認したシリア様は、おもむろに口を開きました。
『さて、ではまずは此度の襲撃未遂から話すかの。シルヴィを狙ってきたあ奴らの正体じゃが、あんな貧相な戦力でも人間領の王家から任命された勇者一行で間違いない』
勇者一行。その単語を聞き、二千年前のシリア様がレオノーラを討ちに行った時に、勇者一行の魔女として参加していたことを思い出しました。
シリア様から見て貧相な戦力と言えども、私の両親――グランディア王家から任命されている以上、相当な実力者であることは間違いないのでしょう。
それと同時に、実の親から命を狙われているという事実に、形容しがたい暗い気持ちが沸き上がりそうになります。あの塔から抜け出せて久しく感じることの無かった感情ですが、やはり私は生まれて来てはいけなかったのでしょうか。
顔を伏せながらそんなことを考えていると、私の額に何かがぶつけられました。
「ぁ痛っ!?」
額を押さえながら何がぶつかったのかと周囲を探すと、机の上にクッキーの欠片が落ちていました。
飛んできた方向を辿ると、フローリア様とレナさんの前に置いてあったクッキーのお皿の横にシリア様が座っていて、じとーっと私を見つめています。
『あれほどお主は何も悪くないと言うておるに、まだくだらんことを考えるか。このたわけめ』
「すみません」
『まぁ、相手が妾達の祖国じゃからな。気にするのも無理はないが、あまりそんな顔をするでないぞ? 周囲が心配するであろう』
シリア様の言葉にハッとして、家族の皆さんへと視線を向けると。
「大丈夫よシルヴィ。何があってもシルヴィのことは護ってあげるわ」
「うふふ! シルヴィちゃんには私達が付いてるから、心配しないでね♪」
優しい顔を浮かべながらそう言ってくださるレナさんとフローリア様や。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
よく分かっていないながらも心配してくれるエミリ。そして。
『主よ。相手が主の親だろうと、今の主の家族はここにいる。過去は引きずる物では無い』
先程のように優しく声を掛けてくれるメイナードがいました。
私は一転して泣きそうになる気持ちを堪え、精一杯の笑顔を皆さんに見せます。
「ありがとうございます。私はもう、大丈夫です」
『やれやれ、では話を続けるぞ。その王家の者に任命された勇者のなりそこない共じゃが、どうも王家から直接依頼を受けた訳では無いようじゃ。あくまでも街中で出回っていた討伐依頼書を手にした冒険者共が歯が立たぬから、代わりに行ってくれないかと頼まれたようでな』
そこでシリア様は言葉を切り、ポンポンと前足でテーブルを叩きます。すると、テーブルの中央に一枚の紙がふわりと現れました。




