3話 ご先祖様は尋問する(後編) 【シリア視点】
「じゃ、じゃあ偵察兵が殺されたのはなんだ!? あれは森の魔女の使い魔だろ!?」
それも知らん。
何か知っておるかとメイナードに視線をやると、メイナードは静かに語り始めた。
『以前、主が魔王城へ連れていかれて不在から帰ってきた際に、影で我らを覗き見ていた侵入者がいたので、裏で処理していました』
「む? ……あぁ、やはりあれは気のせいでは無かったか。ご苦労じゃったな」
『いえ。ですが、我は殺してはいません』
「嘘を吐くな!! お前がレヒティンに投げつけてきた情報屋は、そのままお前の毒で死んだんだぞ!!」
吠える小僧の言葉に、妾は首を傾げた。
「毒? メイナードは毒なぞ使わんぞ」
『我がやったのは意識を刈り取った後に、そこら辺で死んでいた魔獣の口に詰めて街へ投げつけただけだ。その魔獣も毒を持っていない上に、我の燐光も最低限に絞っていた』
妾の横で漂っていた光の玉は、メイナードの言葉に反応は示さない。
やはり、何者かによる隠ぺい工作であったか。二千年経ったとしても、人間は何も変わらんな。
……それもそうか。魔王を討ち平和を取り戻した妾達に感謝するどころか、あの手この手で亡き者にしようとしてきた種族じゃ。自分より強力な者は殺せとでも、遺伝子に根深く染みついておるんじゃろうよ。
くだらん悪意の連鎖を絶てぬ人間に呆れしか浮かばずにいると、メイナードが小声で話しかけてきた。
『いかがいたしますか。この場で始末する方が主の安全のためとも思えますが』
「殺したと知れば、あ奴はしばらく落ち込むじゃろうよ。誰にでも情けを掛けたがるお人好しじゃ、それは避けるべきじゃろう」
『では、このまま帰しますか?』
「いや、それでは示しがつかん。そこで妾にひとつ、考えがある」
妾が立ち上がると、四人は同時にびくりと体を竦ませた。
「大まかな状況は理解した。貴様らは討伐依頼を鵜呑みにして来たようじゃが、それは全て嘘じゃ。概ね、レヒティンに潜む何かが隠れ蓑に妾を使ったのじゃろう」
「何かって、何なのですか……?」
「知らんわ、たわけ。何故街にすら出入りもしとらん妾が知っておると思うたのか」
戯言を抜かすサーヤとやらに言い返すと、「ご、ごめんなさいっ」とまた泣きそうな顔をしおった。こやつは泣き虫か、面倒じゃな。
腕を組み、安心させようと少し微笑んでやる。
「此度の貴様らの狼藉は、見逃してやっても良い。妾も鬼では無いからな」
「あ、ありが――」
「じゃが、その代わりに貴様らにやって欲しいこと……いや、違うな。命を見逃す代わりに妾の命令にひとつ従え」
訝しむ連中に、妾は命令を下した。
「街へ戻り、まずはこの依頼を取り下げさせろ。あの魔女に嘘感知魔法を掛けたが何も知らなかったとな。して、秘密裏にこの依頼を出した人間を探ってくるのじゃ。期限は二週もあれば十分じゃろう。それで調べられぬと言うならば、貴様らはその程度の冒険者連中だと言う事じゃ」
妾が発した単語に、魔法使いの娘が憤り始めた。
「冗談じゃないわ! なんで私達が冒険者と同列に見られるのよ!」
「む? なんじゃ貴様、討伐依頼を引き受けた冒険者では無いのか」
「私達はね、勇者パーティなのよ!!」
何故か誇らしそうに声を上げる阿呆に、妾は頭痛を覚えた。
こんな貧相な連中が、勇者の名を語るのか。落ちるとこまで落ちたとは、まさしくこの事じゃな。
『……シリア様、殺しますか?』
「やめろ。こんな連中、魔王であるあ奴に会おうものなら即座に殺されて終いじゃ。放っておけ」
「お、お前、魔王と繋がっているのか!? やはり俺達がここで討伐――」
「出来ると思っておるのか、小僧? 冗談もほどほどにせんと、せっかく拾った命を落とすぞ?」
短気な小僧に突き刺すようにひと睨みすると、今までの威勢が急速に消えて怯え始めおった。まだ青臭いガキのくせに、口だけは達者じゃな。真の勇者であるアレが見たら腹を抱えて笑うんじゃろうな……。
そこへ、今まで口を開くことの無かった夜猫族の娘が妾に声を掛けて来る。
「森の魔女さん。ボクはアンジュ。見ての通り、夜猫族。魔王とあなたが繋がってるなら、いつかは倒さなきゃいけない」
「それで?」
「でも、今は全く歯が立たない。だから、見逃してもらう代わりに、情報を集めてくる」
「……ほぅ、利発な娘もおったか。阿保しかおらんくだらんパーティかと思ったが、まともな奴が残っていたようじゃな」
軽く煽ると小僧は顔を真っ赤にし、魔法使いの娘は歯ぎしりを立てた。それが阿保だと言うに、分からん連中じゃな。
じゃが、怯えておったサーヤとかいう娘も理解はしたようで、妾に言葉を返した。
「二週間、頑張って情報を集めてみます。もし集まらなかったとしても、一度森を訪れることを約束します」
「うむ、では任せたぞ。……あー、忘れておった。貴様ら、名を何と言う」
妾の問いかけに、連中は一度顔を見合わせる。それから間もなく、小僧から名乗り始めた。
「俺はセイジ。セイジ=グランディアだ。王家の第一王子で、聖剣に選ばれた勇者だ」
「……は? 貴様がグランディアの第一王子じゃと?」
思わぬ名前に、妾は困惑を隠せんかった。
こ奴が妾の子孫? いや、魔力を見ても妾の血を一切感じられぬし、そもそも妾の遺伝子すら見受けられぬ。よもや、シルヴィを幽閉した後に跡取りがいなくなったから養子を取ったのか?
それに、グランディアの者が何故勇者なぞに選ばれておる? 妾の子孫ならば適性は無いはずじゃが。
謎が謎を呼ぶ事態になりかけておるが、今はそれどころではないな。変に気取られる前に、奴らを帰して独自で動くとするかの。
「俺が王子じゃ悪いか?」
「いや、よもや勇者が討伐に名乗り出るとは思わんかった物でな。次、魔法使いの貴様の名はなんじゃ」
「私はメノウ。御覧の通り魔法使いよ」
「勇者のセイジに魔法使いのメノウ、修道女のサーヤ。そこにシーフのアンジュか。まぁバランスは悪くはないパーティじゃな。あい分かった、したらば貴様らをメイナードに運ばせるが故、街に戻り次第情報をかき集めてこい。メイナード、任せるぞ」
『分かりました』
メイナードが運びやすいように魔力で紐を編み、四人を纏めて縛って吊るせるように結んでやる。「キツイ」だの「物扱いするな」だのやかましかったから、全員睡眠魔法で寝かしつけてやった。
『では、行ってきます』
「うむ」
窓からメイナードが飛び去ったのを見届け、椅子に深く腰掛けて背もたれに体重を預ける。
嫡女であるシルヴィが幽閉され、どこの馬の骨とも分からぬ養子の小僧――セイジを王子と据えた、か。
今思い返せば、確かに現王家には謎が多かった。シルヴィは「私以外の王家の人は武術に長けているそうです」と言っておったが、それがそもそもおかしい。妾の血を少なからず引いておるのならば、武術よりも魔法への適性が高くなるはずじゃが、シルヴィが読んだという王家の歴史の本ではそれが逆転しておった。
どこかで一度、血でも絶えたのか? いや、そう仮定すると、今度はシルヴィの出生が謎になる。あ奴は歴とした王家の娘であり、妾の血を継いだ子孫じゃ。それだけは間違いない。
そして、セイジが口にした「聖剣に選ばれし者」。それもおかしいのじゃ。
シルヴィも「王家には聖剣が保管されているらしいです」と言っておったが、聖剣は遥か昔の大戦――魔王討伐時にレオノーラの全力を防ぎきり破壊されておる。故に妾がトドメを刺す形となったのじゃが。
それが再び生まれ、王家で保管されると言うのも変な話じゃ。一度失われた聖剣は、二度とこの世には再臨せん。姉妹剣という物も中にはいくつか存在はしておったが、いずれも到底聖剣とは呼べぬ代物じゃった。
どうも違和感を感じる。何か大きな策略に嵌められておるような感覚じゃ。
シルヴィの神降ろしで妾が現界することになったのも、これに一理あるのやも知れぬなと考えを纏め、部屋を出てシルヴィの元へと向かう。
部屋の戸を開いてベッドを覗き込むと、自分が巻き込まれている運命なぞ露知らず、エミリに抱きしめられて幸せそうな寝顔を浮かべておった。
「くふふ。お主は何があっても妾が護ってやるからの」
柔らかく頭を撫でると、耳と髭がぴくりと動き、もぞもぞとエミリに抱き付きに行きおる。ほんに可愛いやつじゃのぅ。
妾も寝るかのと指を鳴らし、魔女服から寝巻に着替えてベッドに潜り込む。普段シルヴィがしておるようにエミリを抱き、体の主導権をシルヴィと入れ替えると、二人に挟まれやや窮屈に感じた。
するりとエミリの腕から抜け出し、二人を覆う掛布団の上に体を丸めて眠りにつく。
……明日から、ちと動くことにするかの。
 




