2話 ご先祖様は尋問する(前編) 【シリア視点】
「……ふむ。ようやく寝たか」
全員の部屋の戸を開き、寝息を立てておるのを確認した妾は、万が一にも部屋を開けられぬように封印を施す。これでエミリの奴がうっかり、部屋を間違えたとしても入ってこられぬじゃろう。
部屋の中央に敷いてある魔法陣の上に転がした奴らを、椅子に腰かけながら観察する。
どれもこれも、貧相な魔力に加えて大したことのない雑魚じゃな。剣を持っておった小僧は若干抜きん出てはおるが、それでも妾達の誰の足元にも到底及ばん。
魔女……いや、こんな奴は魔女とは呼ばん。魔法使いか。こやつもようやく、中級相当の魔法を放てる程度には魔力の質は高まっておるようじゃが、それでも数発が限度と言ったところか。恐らく、持っておったマナポーションを適宜使いながら足りぬ分を補充するタイプの輩じゃろう。
道具に頼らんと戦えぬようでは、いつまで経っても三流じゃな。と鼻で笑い飛ばして、若干気になっていた水色の女を改めて観察する。
こやつからは、ごく僅かではあるが神の加護が掛けられておる。風貌から修道女かと思っておったが、その中でもそれなりに高位の癒し手なのじゃろうな。
神の加護を得られる者は、本人の適性に加えて強い信仰心が必要となる。
適性は悪くは無いが、レナのように無垢な受け皿でもなかったが故に、僅かな加護しか与えられんかったのじゃろう。まぁ、その加護を与えておるサンディリアの奴も中々に性格が悪いからな。腹に何か据えておる者には、おいそれと力なぞ与えんのも当然と言えば当然じゃな。
その横で微かに耳を動かして眠っておる猫娘は、特筆することも無い。外見からして、夜猫族じゃろう。
昔は暗殺を生業としておった影の種族ではあったが、今はどうなのじゃろうな。さほど興味も無いが、金か飯で買われたのが妥当なとこじゃろう。
一通り観察を終えた妾に、隣で待機しておったメイナードが声を掛けてきおった。
『シリア様。寝たふりをしている者が』
「分かっておる。……起きておるならばこちらを向け、さもなくば殺す」
膝と腕を組みなおしながら言い放つと、夜猫族の娘と魔法使いの娘がゆっくりとこちらを見た。
やや面倒じゃなとも思うが、こういう役回りを他の者にやらせることはできぬ。微弱な雷魔法を指先から放ち、眠っておる小僧と修道女の娘に浴びせると、「んぎゃっ!?」と情けない声を上げながら目を覚ました。
「ようやくお目覚めか? 敵地で眠りこけるとは随分な胆力じゃのう」
「ぐっ、う……。も、森の魔女……!」
「貴様らを殺しても良かったのじゃが、殺す前に情報は吐かせようかと思うてな。じゃが、これより妾が尋ねる内容に、一切包み隠さず答えるのであれば命くらいは見逃してやっても良い。……さて、ではまずは一つ目じゃ。貴様らに妾の討伐が依頼されるまでの経緯を吐け」
妾の問いかけに四人は顔を見合わせると、小僧が強がりを見せた。
「お前に教える情報なんか無い」
「そうかそうか、よい度胸じゃな。ならばまずは一人ずつ、灰にするとするかの」
冷笑し、一番怯えた目をしておる修道女に標的を合わせる。そして指を一つ鳴らし、奴の体を火傷を負わない程度の出力で燃え上がらせた。
「熱っ、あっ、あああああああああああああ!!!」
「「サーヤ!!」」
ほぅ、それはサーヤと言うのか。まぁ答えぬのであればこのまま消し炭にするし、覚えんでもよいか。
「答える気があるならば火を消そう。さもなくばこのまま燃え尽きるまで歌わせる」
「わ、分かったわ! 私が答えるから、火を消して!!」
魔法使いの女が血相を変え懇願してきた。
妾は右手を払い、サーヤと呼ばれた女を包んでおった火を消すと、荒い息を吐きながら泣きじゃくるサーヤを庇うように、魔法使いの女が少し位置をずらして睨みつけてきた。
悪くない根性じゃなと鼻で笑い、再度問うてみる。
「ならば、今一度問うぞ。妾を討伐するよう依頼が出るまで、どのような経緯があったか。事細かに吐け」
「お前が人間領の街を消し飛ばしたからよ。それに加え、森に派遣されていた偵察兵をカースド・イーグルが殺し、死体を投げつけてきたんじゃない」
「街を消し飛ばす? そんなことをして妾に何のメリットがある?」
「とぼけるなよ!! お前のせいで、何百人の国民が死んだと思ってるんだ!!」
「今、貴様に発言権は与えておらん。黙らぬなら燃やすぞ」
口を挟んできた小僧を射殺すよう睨みつけると、粋がっておった様子を一変させ、「ひっ」と情けない悲鳴を漏らした。所詮は人より若干強い程度の小僧じゃな。
「あいにく、妾はここ半年はこの森から出ておらん。それが起きたのが最近ならば、妾ではない者の仕業じゃな」
「あんな高火力な魔法を扱える魔女のお前が犯人じゃないなんて、誰が信じると思うの!?」
「貴様、誰に向かってお前なぞ言っておる? 口には気を付けよ。貴様一人消し炭にするのと、国を滅ぼすのに要する魔力はさほど変わらんのじゃぞ?」
お前なぞ言われて久しく、やや苛立ってしまった妾が冷たく言い放つと、完全に怯え切った表情をしながら震えあがり始めおった。いかんな、あまり殺気を放たんようにせねば話もできん。
妾は深く溜息を吐き、続きを他の娘に聞くことにする。
「そこの修道女。貴様、聖職者の端くれならば嘘の感知魔法程度は使えるな?」
「は、はい! 使えます!」
「ならば、拘束を少し緩めてやるが故、妾を対象に感知魔法を掛けよ。それで証拠となるであろう」
「分かりました、失礼します……」
震える声で呪文を紡ぎ、妾に感知魔法が飛ばされる。しばらく妾の周囲を青色の光の玉がくるりと回っておったが、嘘であれば赤になるそれの色は変わらず、ふよふよと宙を漂い始めた。
妾は机の上で頬杖を突き、視線で結果を述べよと促す。
「え、えっと、森の魔女……様は、嘘を吐いてない。本当に知らないんだと思う」
「馬鹿な!? じゃあ、あの依頼が間違ってたって言うのか!?」
「だから妾は森から出ておらんと言っておるじゃろうが」
そう言うや否や、光の玉の色が赤に変わった。
……そうか、森からは出てはおったな。
「今のは訂正しよう。森からは出たが、人間領には行っておらん。行く理由も無ければ価値も無いからの」
訂正すると同時に、玉の色が青に戻った。
困惑する連中を見ながら、これは何か面倒な予感しかせんと妾の勘が告げていた。
 




