35話 魔導連合の長は心配する
魔族領と人間領の境目にある街から、戦火を恐れて森へ兎人族が逃げてきたこと。それを追って領主が森へ来て、暗黙のルールを破って私に勝負を仕掛けてきたこと。それの後始末で魔王の四天王であるクローダスさんが私を連れ去り、魔王城で色々あった末にレオノーラと友人となったこと。
それらの説明を受けたアーデルハイトさんは、溜息と共に頭を悩ませるように唸りました。
『話の規模が大きすぎる……。巻き込まれた形ではあるが、とんでもない事をしてくれたな【慈愛の魔女】』
その声を受け、話の様子を見守っていたレオノーラが口を開きました。
「もし? 私の声が聞こえてまして?」
『ん? シリア先生、今の女性の声は一体?』
「初めまして、魔導連合の王様。私が先ほど名前の挙がった魔族を統べる王であり、シルヴィの友であるレオノーラと申します。以降、お見知りおきを」
『あ、あぁ……。初めまして、魔王様。通話越しで申し訳ない、私が魔導連合を率いる総長のアーデルハイトです』
「うふふ! そこまで畏まらなくても構いませんわ、どうぞ楽に話してくださいまし」
レオノーラは声色に緊張と若干の畏怖を含ませたアーデルハイトさんを和ませるため小さく笑うと、いつもの明るい様子を潜めて真剣な口調で話し始めます。
「まずは、如何にシルヴィが知らなかったとは言え、長年守られていた不干渉及び不戦の契りを、魔族の軽率な行動で破ってしまった事をお詫びいたします。本人にはキツく懲罰を与えましたので、どうかこの件はお見逃しいただけますでしょうか」
『そんな謝らないでください。【慈愛の魔女】もまだ魔女になりたてで知らない部分も多かったと思いますし、本人と話を終えているならば我らから介入することはありません』
アーデルハイトさんはそこで一度言葉を切ると、少し口調を和らげながら付け足しました。
『それに、こういう言い方は良くは無いと思いますが、暗黙のルールであり契約や法令などではありませんので、我らに危害が加えられていないのであれば大事にするつもりはありません』
「……寛大な対応に感謝いたします。よろしければ後日、改めて正式にお話しさせていただけると幸いですわ」
『分かりました。では後程、魔族領へ使い魔を飛ばさせていただきますので、それに希望の日程などをお知らせください』
「ありがとうございますわ。さて、少し脱線してしまいましたけれども、もしシルヴィの身が危険なのであれば私の城でしばらく身を潜めさせることも可能ですわ」
レオノーラからの提案に、アーデルハイトさんは申し訳なさそうに返します。
『ありがたい申し出ですが、魔族と人間、そして魔女の三勢力が睨みあいの不干渉が続いている現在では、下手に魔族と深く関わるのは好ましくありません。魔女が魔族側についたと人間に誤認されれば、魔族が攻め込まれる理由を作ってしまう事にもなります』
アーデルハイトさんの危惧に、シリア様が頷きました。
『こればかりは致し方なかろう。それに案ずるでない。シルヴィの側には妾もおるし、レナやフローリアもおる。ある意味、下手な場所よりも安全じゃろうて』
『確かにそうかもしれませんが、危険と判断したらいつでも魔導連合へお越しください。認識阻害の魔法を常時展開していますので、まず気づかれることはありませんので』
『うむ、その時は頼らせてもらうかの。ともあれ、警告には感謝するぞトゥナよ。森に帰り次第、結界を強めておくとしよう』
『はい。先生、どうかお気をつけて。【慈愛の魔女】も危険を感じたらすぐに連絡するようにな』
「分かりました。ありがとうございます、アーデルハイトさん」
通話が切れ、部屋にやや重い空気が漂います。
誰もが言葉を発せないでいると、唐突に手を打つ音が部屋の中に響きました。音のした方へと顔を向けると、いつも通りにこやかに笑みを浮かべるフローリア様の姿がありました。
「大丈夫よシルヴィちゃん! あなたは一人じゃないのよ? 私達がいるんだし、何が襲って来ても負けるはずが無いわ!」
無根拠ながらも励ましてくださるフローリア様。それに続いて、レナさんを始め皆さんが安心して欲しいと私に優しく微笑んでくださいました。
そうですね。バレてしまったとは言え、私には家族や頼れる友達がいるのです。例え討伐隊が来たとしても、きっと追い返せるでしょう!
そう思うと気持ちが前向きになり、何とでもなりそうな気がしてきました。
 




