32話 兎人族は絶望する
夕食を終えた私達は、二日目の疲れを癒すべく大浴場へと向かいました。
シリア様同様にお風呂へ強い拘りのあるレオノーラが、こちらの宿でも立派なお風呂を作っていたおかげで全員で入ってもまだまだ余裕のある広さを誇っています。
「ふぅ。やはりシルヴィと入るお風呂は格別ですわね」
「そ、そうですか」
もう何度目ともなり、バスタオル越しに体を見られることにも慣れてきた私ですが、それでもやはりレオノーラの距離感には恥ずかしさと違和感を感じてしまいます。
「あ、シルヴィちゃん見っけ! レオノーラちゃんも一緒なのね~、私も混ぜて混ぜて♪」
「あら、フローリア様。ぜひこちらで温まってくださいませ?」
「な、何故私を挟み込むように密着するのですか?」
「えぇ~? いいじゃないいいじゃない! そ・れ・と・も~……私とお風呂に入るのが嫌なの?」
わざと私より顔の位置を低くし、上目遣いで瞳を潤ませながら尋ねてくるフローリア様。嫌とか嫌ではないとかよりも、私はこの距離感について異論を唱えたいのですが……。
いつものように私が折れて息を吐いたのを見たフローリア様が、うふふと嬉しそうに笑いながら私にしな垂れかかってきます。
「シルヴィちゃんは温かくて柔らかいから、一緒に入ると幸せになれるのよね~」
「私も同感ですわ。この肌触りの良さ、心地よい体温。これを知ってしまった以上は、機会があるならば毎日入りたいところですわね」
「あら~、レオノーラちゃんも分かってるわね! でもシルヴィちゃんはあげないわよ~?」
「まぁ! 私も譲る気は毛頭ありませんことよ?」
私を挟んでにこやかに火花を散らすお二人に、肩をすぼめて巻き込まれないようにとしていると、ペルラさんとエミリの元気な声が聞こえてきました。
「わぁ~! お姉ちゃん、お風呂でおしくらまんじゅうしてる! わたしもやる~!」
「あっ、エミリちゃん走ったらダメだよ……わわぁ!?」
エミリを追いかけようとしたペルラさんは足をもつれさせました。そのまま後ろに転ぶかと思いきや何とか踏みとどまりましたが、今度は前に体重を掛けすぎたせいで私達の方へとぴょんぴょん跳ねながら向かってきます。
「わっ、とっ、とっ、とあぁぁ!!」
「危な……きゃあ!!」
立ち上がって受け止めようとするも、彼女が飛び込んでくる勢いは意外と強く、二人揃って湯船の中へと沈んでしまいました。一足先に私が水面に顔を出して顔に掛かった水を払っていると、続けて出てきたペルラさんが顔を振ったせいでこちらへお湯が飛んできて、再び私の顔がびしょびしょになってしまいました。
そんなやり取りがおかしくてどちらともなく笑いあっているところへ、フローリア様がペルラさんに抱き付きながら言います。
「ペルラちゃ~ん! あぁ、若いお肌はやっぱり瑞々しくてもちもちね~!」
「な、何ですか女神様!? どうし――」
恐らく、どうしたのですかと言おうとしたのでしょうが、自分に押し付けられているとんでもないサイズのそれを見て、ペルラさんは言葉を詰まらせました。そしてぎこちなく視線を下げて自分の物と見比べ、絶望するような表情を浮かべています。
続けて私を……正確には私の胸を見て、まるでこの世の終わりだとでも言いたげな顔をしているペルラさんに何と声を掛けるべきか迷っていると、今度はスピカさんの声が聞こえてきました。
「な、何をやっているのだ……?」
「あ、スピカちゃ~ん! スピカちゃんもほら、お風呂入りましょ?」
「あぁ……うおおおおおっ!? 何だ何だ!?」
「あら! スピカちゃんも意外といいもの持ってるじゃない!? ちょっと盲点だったわ!」
「フローリア殿!? 何故私の胸を!?」
「ん~? ほら、せっかくだし揉み比べしようかなって♪」
フローリア様に揉みしだかれているスピカさんの胸を見て、更にペルラさんが失意と共に水底に沈んでいきました。人間で言うと十二歳前後くらいの体型で成長が止まるという兎人族には同情してしまいますが、今は私自身の身の安全を優先しましょう。
「意味が分からんぞ!? 魔女殿、助けてくれ――何故逃げようとするのだ!? 魔女殿!!」
「スピカさん! 言わないでください!」
「逃がしませんわよシルヴィ! 大人しく揉ませなさいな!!」
「嫌ああああああ!!」
今度はレオノーラに捕まり、彼女の強い抱擁から抜け出せずに騒いでいると、私の背後でカコーンッと何かがぶつかった音に続き、誰かが湯船に倒れ込む音が聞こえました。
『何をやっておるか、この痴女共め!! 部屋でひっそりやれ!!』
「痛ぁい! シリアも混ざりたいならそう言いなさいよ!」
「そうですわよ! それに、痴女具合なら貴女も負けておりませんのよ? この露出狂の変態魔女!」
『なっ、な、な、なんじゃと……!? シルヴィ! 今すぐに体を貸せ! こ奴はやはり殺すべきじゃ!!』
「落ち着いてくださいシリア様ー!!」
状況がどんどん混沌としていくお風呂は、私達が出るまで終始誰かの悲鳴と怒声と嬌声が響いていました。
 




