17話 ハイエルフはお酒に弱い
今回はご先祖様が作ったお酒についてのお話です。
森の中ではお酒という嗜好品が無かったようで、それを口にした彼らは……?
今日は2話投稿予定です!よろしくお願いいたします!
残り数時間の診療時間を終え、片づけを済ませた私は、二階から降りてこない二人の様子を見に行くことにしました。
別れ際のスピカさんの表情はどこか警戒するかのようなものでしたし、シリア様なら問題ないとは思いますが、それでも心配で、あまり治療に集中することが出来ませんでした。
とりあえず、受け入れて頂けたことは幸いですし、明日からシリア様も交えて皆さんと交流することができそうです。と、ぼんやり考えながら階段を上がっていると、私達が間借りしている客室の方から何かが割れる音がしました。
――まさか、やはり黙っていたことを許せなかったスピカ様が、シリア様と喧嘩に!?
脳裏に最悪のイメージが浮かび、私は残りを一気に駆け上って勢いよく部屋の中へ飛び込みます。
「シリア様! スピカさん! 大丈夫で――うぎゅっ!?」
「うおおおおおん、シルヴィ殿ぉ!!」
部屋の様子を確認するよりも早く、飛びついてきたスピカさんの豊かな胸に視界が埋め尽くされました。な、なんなんですか一体。何でスピカさんは号泣していらっしゃるのですか……?
私が困惑していると、力強く抱きしめてくるスピカさんの奥から、大笑いしているシリア様の声が聞こえてきました。
『お疲れ様じゃシルヴィよ! スピカがお主に会いたくて会いたくて仕方ないようじゃったぞ!』
「むぐっ……、ぷはっ! ちょ、ちょっとスピカさん、そろそろ放してくださ――って何か変な臭いがします! いつもの果実の匂いじゃないですこれ!!」
「な、なんだとぉ!? シリア殿ぉ~! シルヴィ殿が私を臭いだなんて酷いことを言うのだああああ!!」
『くっははははははは!!』
「ほらほらぁ、しっかり私の匂いを嗅ぎ直すのだシルヴィ殿~。私は臭いかぁ? 臭くないよなぁ~?」
「く、くるじいです……。シリア様、笑ってないで助けてくださぁい……!」
『ひーっ、ひー……! ダメじゃ、これ以上は妾が笑い死んでしまう! これスピカよ、そろそろ放さんか!』
「あぁ~、シルヴィ殿ぉ~!」
シリア様の魔法によってふわりと体を浮かばせ、ソファへと戻される半裸のスピカさん。私は乱れた服と髪を整えながら、部屋の惨状について伺うことにします。
「……それで、シリア様。何故部屋がこんなに散らかってしまっているのですか? あとどうしてスピカさんはほぼ下着なのですか」
今朝まで綺麗だった客室は、スピカさんの服があちこちに放り投げられていて、テーブルの周りには割れたグラスと、食べかけだったであろうおやつが散らばってしまっています。一体、たった数時間で何が起きたというのですか……。
『いやな? スピカと話し込んでる内に酒盛りをしたくなってしまってな? こ奴が持ってきておった果実を錬成して、果実酒にして楽しんでいたのじゃよ。したらばすっかりできあがってしもうての! くっふふふ!』
「聞いてくれシルヴィ殿ぉ! シリア殿の肉球に、私は滅茶苦茶にされたんだ!」
『何を人聞きの悪いことを! お主が暴れるから致し方なく抑えたんじゃろうが!』
「なるほど、これが本にあった酔っ払いというものですね……」
お酒を飲んで人間は理性が緩くなり、自由奔放になることがあるとは知っていましたが、まさかここまで酷くなるとは思いませんでした。二人ともいつになく声が大きい上に、スピカさんの顔は赤く染まっています。
私を他所にまだ口論をしている二人の代わりに、割れたグラスを始め散らばったゴミを拾っていると、再びスピカさんに激しく抱き付かれてしまいました。
「ちょ、ちょっとスピカさん! グラスの破片があるので危ないですって!」
「シルヴィ殿ぉ~、私と共に住まないかぁ? もう不自由などさせないぞ~……?」
「不自由なのは今この時なのですが!? うっ、かなり力が強くて全然外せない……! それよりもシリア様、もしかして今までのことをスピカさんにお話ししたのですか!?」
『うむ、スピカなら問題なかろうと思ってな。一通り話した途端おいおい泣き始めおったが、心底お主のことを気に入っていたようじゃ。信用はできよう』
「そうだぞシルヴィ殿! 私がシルヴィ殿を守ってやる! だから安心するのだ!」
「守っていただけるのは嬉しいのですが、掃除が進まないのですけれども……っ!」
腰にしがみつくスピカさんを引きずる形で掃除を進めていると、シリア様がおかしそうに笑いながらスピカさんを指さしました。
『それでなシルヴィ。そ奴、酒を飲んだのが初めてらしいのじゃよ。ハイエルフも獣人も酒を飲んだことはなかったらしくてのぅ? 気に入ったのかぐびぐびと飲んでこの様じゃ。千と二百年も生きておるくせに情けないのぅ、くふふふっ!』
「スピカさん、千二百年も生きていらっしゃったのですか!?」
「驚いたかシルヴィ殿ぉ? さらに私は他のハイエルフとはひと味違うのだ! なんとなんとぉ、精霊様の加護を受けているのだぁ~!」
ご機嫌な声で拳を突き上げながら自慢するスピカ様ですが、私はいまいちその凄さが分かりません。説明を求めるようにシリア様へ視線を向けると、お菓子を弄びながらめんどくさそうに答えてくださいました。
『あー、精霊というのはじゃな。自然を司る小さい神様のようなものとでも考えるとよい。大地、風、水、火とあらゆる自然を整えるのが精霊の仕事なのじゃが、それぞれに細かく精霊が分けられておってのぅ。
スピカが契約している精霊は大地の精霊だそうじゃ。主な役割はなんだったか……忘れた! 気になったのならば、そ奴に直接聞くがよい』
普段は説明を途中で投げ出すなんて全くしないシリア様ですが、今日はお酒が入っているからか面倒くさがりな一面が強く出てしまっているようです。
では、せっかくですからスピカさんに詳しく伺って――。
「えぇぇ!? ちょ、ちょっとスピカさん! そのまま眠らないでください! 離れてくださいっ、動きづらいですってば……!」
「んん~……。わたひはぁ、重くないぞぉ…………」
「そこまでは言ってませんが、このままでは掃除ができませんので! シリア様も笑ってないで助けてください!」
『はー、今日はほんに笑える一日じゃな! どれ、スピカよ。お主はこっちで寝ておれ』
スピカさんが再び私から剥がされソファの上に移動させられましたが、シリア様の魔法の操作もかなり雑になっていて、結構な高さからぼすんと音を立てて落とされていました。
ようやく身軽になれたので手早く散らばったものを片付けていると、シリア様はお皿に残っていたお菓子を一気に頬張ってから床に飛び降り、前足で床を数度踏んで何かの魔法を発動させました。
すると、私が手に持っていたグラスの破片が浮き上がって、シリア様の足元へひとりでに移動していき、周囲に散らばっていたゴミなども同じ場所にまとまり始めたかと思うと、どこからか現れたずた袋の中に収納されていきました。
続けてシリア様はご自身に向けて何か小声で唱えました。直後に淡い煌めきがシリア様から発せられたので、恐らくこちらは浄化だと思われます。
『ふぅ。酒は飲んでも飲まれるな、という話じゃ。妾とて騒いだ後でも後始末くらいは己でやる。こ奴のようにだらしなくなるでないぞ?』
「シリア様、そう雑に叩くのは可哀そうだと思います……」
『倒れるほど飲む方が悪い。おかげでこ奴を後で、ハイエルフの集落まで運ばねばならなくなったではないか』
確かに、集落の長であるスピカさんが集落内にいないというのは、あまり良くない状況なのだと思います。ですが、ここから集落までは距離もありますし、時間も遅くなってきたので、普通に送り届けることは難しいでしょう。
『何を難しく考えておる。妾達は魔女ぞ? 集落までの距離なぞ飛べばすぐであろう』
「やっぱりそうなりますよね……」
『お主の苦手克服も相まって一石二鳥じゃ。ほれ準備をするぞ』
やはり空を飛ぶしかないようです。初めて飛んだ時以来なのでまだ……いえ、かなり怖いのですが仕方ありません。
「ですが、私はシリア様と入れ替わって抱いていただければいいと思いますが、スピカさんはどうするのですか?」
『ん? どうもこうも』
シリア様は空中からロープを取り出して再び何かを唱えると、ひとりでに動き出したロープがスピカさんの両手と両足をしっかりと箒の柄に結び始めました。
「……まさかとは思うのですが」
『そのまさかしかあるまい? 意識のない者なぞ上に乗せようものなら、即座に落ちるぞ? ……これでよし』
箒に結びつけられたスピカ様の姿は、一言で言い表すのであれば“豚の丸焼き”の構図でした。これはさすがにあんまりだとは思いますが、シリア様が仰る通り他に方法も無いので諦めることにしました。
そのままふわりと箒を浮かばせ、窓の外へ。って、そこから飛んでいくのですか!?
『何をもたもたしておる。ほれ、早く体を貸すのじゃ。日が完全に落ちようものなら、さらに怖くなるぞ?』
「い、今行きます……」
私は観念してシリア様に体を明け渡し、飛び立つ準備が整ったシリア様に抱き付いて瞳を固く閉じました。
せめて、怖いのは一瞬だけでありますようにと――。




