30話 ご先祖様はツイスターをする
フローリア様によってレナさんの日常体験をさせられた私は、クタクタな体をフローリア様に抱きかかえられながら昨日遊んでいた大部屋へと連れていかれました。
そこでは私服に着替えていた皆さんが、昨日と同じようにボードゲームを準備している最中だったようで、私達に気が付いたレナさんが苦笑いしながら声を掛けて来ました。
「あはは……随分とぐったりしてるわねシルヴィ。お疲れ様」
「聞いて聞いて! シルヴィちゃんとぉ~~~~っても可愛かったのよ! レナちゃんに負けず劣らずでね? 反応がいちいち可愛くてついつい……」
「やめてくださいフローリア様ぁ!」
「むぐぐっ」
私は語られないように彼女の口を片手で塞ぎ、思い出しそうになる自分の顔をもう片方の手で覆います。ですが、レナさんはそれだけで私が何をされたか悟ったらしく。
「どんまい。慣れよ慣れ」
「慣れたくありません……」
と、理解したくない励ましを送ってきました。
そこへシリア様とペルラさんがやってきて、口々に私の様子を尋ねてきます。
「どうしたのシルヴィちゃん? 顔が真っ赤……暑くて熱が出ちゃった?」
『くふふっ。外も暑ければ中も暑かったのじゃろうよ、何とは言わんがな』
「うーん?」
小首を傾げるペルラさんに笑うシリア様。どうやらシリア様は、私が何をされるか分かっていた上で置いていったようです。
いつか何かの形で仕返しを……と考えている私に、シリア様が思い出したように言いました。
『そうじゃシルヴィよ。疲労で動けぬのならば、妾と体を交代せよ。ちとやりたいことがあるのじゃが、如何せん猫の体では楽しめぬのでな』
「分かりました」
フローリア様に降ろしていただき、シリア様と入れ替わります。視界がぐんと低くなり、下から私の体を見上げた私にシリア様がお礼を述べました。
「うむ、しばし借りるぞシルヴィ」
『いえいえ。しかし、やりたいことと言うのは一体?』
「ゲイルの奴がペルラに持たせたゲームがあるのじゃが、ちと猫の身では無理があってのぅ。ほれ、あそこじゃ」
シリア様が指で示す先には、カラフルな水玉模様が大きく均等に並んでいる大きなマットがありました。その横には、ルーレット板のようなものも置いてあります。
見たことが無いゲームに疑問を浮かべる私の後ろで、何故か少し嬉しそうなフローリア様が黄色い声を上げました。
「やだぁ~! ツイスターじゃない! これをみんなでやるのね!?」
「うむ。体を動かせるゲームらしく、面白そうであったからの」
「うっふふ! 体は動かせるけど色々な意味で大変なゲームなのよ?」
「変な角度に手足を伸ばさんといかんらしいが、妾を侮るでないぞ? 如何にシルヴィの体とは言え、これしきで音を上げるつもりはない」
「へぇ~? じゃあもし泣いたら、シルヴィちゃんの体を借りたシリアを食べちゃってもいいわね?」
「ふん。好きにするがよい」
あの、シリア様。それは私の体なので勝手に約束しないで頂きたいのですが……。
自信満々なシリア様と、くねくねと体全身で期待を表現しているフローリア様を見ながら、私は誰にも気づかれないように一人溜め息を吐きました。
『左足を、黄色に置いてください』
「むおっ!? ええい、どかんかフローリア! 貴様の贅肉が詰まった胸が邪魔で動かせぬ!!」
「あぁ~!? 言ってくれたわねシリア!? シルヴィちゃんの体だからって少し遠慮してたけど、もう容赦しないんだから!!」
「うぐっ!! き、貴様……わざと体重を掛けおったな!?」
「知りませ~ん、私はシルヴィちゃんの指示に従っただけで~す」
凄まじい体勢で絡み合うお二人を眺めながら、私は審判としてお二人の体が指示されたマスに左足が着いているかを確認します。
現在十七手目ですが、シリア様が下でアクロバティックな体勢で踏ん張っているのに対し、フローリア様が長い手足を駆使して器用にシリア様に覆いかぶさっていて、先ほどからシリア様は少し苦し気な表情を浮かべています。
黄色のマスにしっかりと左足が着いていることを確認し、私はルーレット板を回すべくマットの外へと戻ります。
「あはははっ! ほらシリア、自信あったんでしょー? 頑張らないと今夜は大変なことになるわよ!」
「あらあらシリア。腕がぷるぷるしていましてよ? もう限界ですの?」
「フローリア殿も意地が悪いな……。あの体勢はキツそうだ」
「頑張れシリアちゃーん! フローリアさんに負けないでー!」
「えぇ~!? なんで私を応援してくれないの、エミリちゃぁん!」
「フローリアさん頑張ってくださーい!」
「やぁん! 大好きペルラちゃん! 後でお姉さんとイイコトしましょ!」
「え、いや、いいです……」
「ええい、やかましい! 早う回さんかシルヴィ! 妾とてこの姿勢は苦しい!!」
『は、はい!』
シリア様に催促され、私は前足でルーレットを勢い良く弾きます。
グルグルと回り続けるルーレットが示した次の指示マスは――。
『右手を、青マスに置いてください』
「右手じゃな? ふっ……!」
「やだ! ちょっと、どこ触ってるのよシリア! そう言うのはベッドだけにして!!」
「黙っておれ! 掠めただけじゃろうが!!」
「っく、ちょっとこれ、私やばいかも……!」
先程までとは打って変わり、今度は体を捻らせたシリア様が右腕を大きく伸ばし、フローリア様を上から覆うように青のマスへと手を着きます。それにより、フローリア様が逆手の左腕で自重とシリア様を支える形となり、懸命に右腕を動かしますが関節的に無理のある姿勢のため、マットの上で空を掴んでいます。
「フローリア、あと十秒で着かなかったら負けよ! 頑張って!」
「うぅぅ~! もうちょっと……!!」
何度も爪先でマットを擦っていたフローリア様でしたが、ふっと一息に体を伸ばし、指先だけですが辛うじて青色のマスに手が着きました。お二人とも、余程負けたくないのですね……。
「シルヴィちゃん! 次、次は!?」
「くくく、随分と苦しそうじゃなフローリアよ。さっさと負けを認めるがよい、駄肉の付いた貴様では苦しかろう?」
「何よ、シリアだって自分の体じゃないくせに! シルヴィちゃんが毎日バランスよくご飯食べてるから体型維持してるだけで、あなたは何もしてないでしょ!」
「くふふっ! 阿保抜かせ、シルヴィの健康状態も妾の管理下じゃ。つまり妾が体型を維持させているといっても過言では無かろう」
かなり無茶苦茶な理論ですが、実際シリア様によってトレーニングメニューなどは決められているため、私は苦笑いを浮かべる他ありません。
お二人のやり取りを横目で見つつ、もう一度前足でルーレットを弾きます。今度は何が出るのでしょうか。
『ええと……あれ? これは何でしょうレナさん』
「どれ? あー、ツイスターズチョイスね。審判の人が、プレイヤーに何か適当に指示してそれをこなせたらオッケーって内容よ」
『適当にと言われても、何を指示すれば……』
「んー、その場でジャンプとか猫の鳴き真似とか何でもいいんだけど」
レナさんの解説に、軽く頭を悩ませます。
猫の鳴き真似は可愛らしいですが、すぐに終わってしまいそうです。その場ジャンプは凄まじい体勢のお二人にとっては厳しいでしょうけど、何故か達成されてしまいそうな予感がします。
絶妙な難易度は何か無いでしょうか……と考えているところへ、レオノーラから魔族について聞き出していたエルフォニアさんが提案してきました。
「シルヴィ、私からいいかしら」
『え? はい、構いませんが』
エルフォニアさんはスッとメモ帳とペンを取り出すと、シリア様達へ指示を出しました。
「これまで生きてきた中で、一番恥ずかしかった失敗談を教えてもらえるかしら」
「なんじゃと!?」
「えぇ!?」
驚愕の表情を浮かべるお二人に、どこか楽しげに口の端を上げるエルフォニアさん。
もしかしたら彼女、思った以上にこのバカンスを楽しんでいるのかもしれません。
 




