27話 魔女様は迫られる
「はぁ~、ひたすらに笑える一時でしたわ。流石にレナには同情せざるを得ませんでしたわね」
「本人も運が無いとは言っていましたが、まさかあそこまでだとは思いませんでした」
「あれほどの運の無さは最早芸術……あら?」
一息入れようと私とレオノーラがお茶とお菓子を取りに部屋を後にしたのですが、私達をエミリとペルラさんが追いかけてきました。
「エミリにペルラさん。どうしたのですか?」
「おトイレ~!!」
「ずっと行きたかったの~!」
バタバタとトイレへと走り去っていく二人の後ろ姿を見て、私達は笑い出してしまいました。
「なんだかんだ、一時間近くは遊んでましたもの。仕方ありませんわ」
「そうですね」
「……なんだか、意識したら私も少し催してきましたわ。少し行ってまいりますわね」
「行ってらっしゃい。お茶とかは持って行っておきますね」
「お願いいたしますわ」
私にはにかみ、二人の後を追って静かに向かって行くレオノーラ。私は小さく手を振って見送り、一人厨房へと足を運ぶことにしました。
先程レオノーラが仕留めたエヴィル・キングクラーケンの身で簡単なおやつを作り、遊んでいた部屋に戻った私は、飛び込んできた光景に立ち尽くしてしまいました。
「だぁかぁらぁ! 私は、魔女殿のことは大好きだぞぉ!? だがぁ、恋愛感情はないのだぁ~!」
「えぇ~? それはどうかしらぁ? スピカちゃんってば、たま~にシルヴィちゃんを熱い目で見てなぁい?」
「見てないぞぉ? 確かに魔女殿は可愛いし優しいし~、素晴らしい魔女だとは思う! それは認めよう! だがしかぁし! 私の気持ちは一人の人間として慕っているというだけでぇ、恋心とは別物だぁ!」
「尊敬して慕っていたはずが、いつの間にか恋に変わる……。よくある話ね」
『くはは! ほれほれ、さっさと吐いて楽になってはどうじゃ? シルヴィを好いておるならそうだと言わんか! 妾は同性愛にも寛容であるぞ?』
「そうよそうよ~! 私なんてぇ、毎晩レナちゃんとあ~んなことやこ~んなこと」
「馬鹿ぁ! そういう事言わなくていいのよぉ!!」
「あぁん! レナちゃんってば~……だ・い・た・ん♪」
「そう言うこと言うのは~、この口かしらぁ!?」
「いひゃいいひゃい~!」
部屋を出るまではゲームボードなどが散乱していたはずの部屋は片付けられていて、その代わりにとシリア様が持ち込んでいたらしいお酒の瓶が並べられていました。我が家の大人組はすっかり出来上がっているらしく、全員顔を赤らめては大きな声量で騒いでいます。
部屋を見渡すと、隅の方では心なしか顔が赤いエミリが自分の尻尾を抱えて眠っていますし、ペルラさんはいつもの癖で皆さんにお酌をして回っては首に手を回されて頬擦りされたりしています。
その光景を呆然と見ていると、私の手からお皿をひょいと取り上げられ、腰に手を回された感触がありました。小さく悲鳴を上げてしまい、その手の持ち主を探すと。
「ふふっ、遅かったですのね」
「もう、レオノーラ!」
「何ですの? ん~、とても美味しそうな香りですわ! あむっ」
こちらもほんのりと顔を赤らめているレオノーラがいました。揚げたてのフライを頬張って幸せそうに顔を緩めている彼女は、私に見られていることに気づき、フライを摘まんで私の口に押し込んできます。
「むぐっ!?」
「流石はシルヴィですわね。この短時間で最高のおつまみを作って来るとは……気配り上手でますます好きになってしまいますわ」
レオノーラは怪しく目を細めると、私の頬にキスをしてきました!
突然のことに頭が真っ白になり、何か言おうにも口の中でイカのフライが残っているので言えない私をニヤニヤと見ながら、レオノーラは私を連れて宴会場となってしまった部屋の中へと向かって行きます。
「皆様ぁ、話題の魔女様がお見えでしてよ~!」
彼女の声に、大人組が沸き立ちます。
「魔~女~ど~の~! 待っていたぞぉ~!!」
「あはっ! あっははははは! なんでシルヴィまで顔真っ赤なのよ~!」
「あ~!? さてはレオノーラちゃん、シルヴィちゃんに仕掛けたわね~!? お姉さん許さないぞ~!」
「あら、私はただ頬にキスをしただけですわ。親愛の証でしてよ?」
「ほ~ら、スピカちゃん! お友達の魔王ちゃんだってキッスしちゃうのよぉ? スピカちゃんもやっちゃいなさいよ~! はい、キッス! キッス!」
「キッス! キッス!」
『くはは! レナまで悪ノリし始めよった! だいぶ回っておるな!』
「うふふ! さぁスピカさん、この柔らかな頬にぶちゅーっと行ってくださいませ!?」
「んぐっ……! レオノーラ、放してください!!」
レオノーラによって両腕ごと抱き付かれて捕まってしまい、到底身体能力差では敵わない力にもがいていると、スピカさんが勢いよく立ち上がり、獲物を見つけたような目つきで私を捉えています。
「レオノーラ! 料理はどうしたのですか!?」
「料理ならあそこですわ」
レオノーラの手にあったはずの料理は、いつの間にかエルフォニアさんが回収していたらしく、テーブルの上に彼女の影魔法の手がそっとお皿を置いています。
エルフォニアさん、あなたまで悪ふざけに乗るのですか!?
「「キッス! キッス!」」
『早う行かんか! 家族であれ友であれ、親しい仲ならば頬にキス程度挨拶も同然じゃ!』
「そんなことは無いと思うのですが!? ペルラさん! 助けてください!」
「え、えぇ!? でも……」
助けに行きたいけど行けない、と言うような態度を示す彼女に違和感を感じ、後ろを振り返ると。
「レオノーラ! そんな顔で凄まないでください!」
「ここで邪魔されては困りますもの! ペルラちゃんはそこでお酌を続けなさい!」
「は、はいぃ!」
申し訳なさそうな顔で両手を合わせて謝る彼女は、再びレナさんのグラスにお酒を注ぎ始めました。これは本格的に、私の味方はいないようです。
じわりと近寄ってくるスピカさんは、葛藤と恍惚が入り混じったような複雑な表情を浮かべながら、「そうだな、これは友愛の証だ、何もおかしくはない」とぶつぶつ呟いています。十分おかしいと思うのですが、お酒が回っているせいで理性が崩れてしまっているようです!
「さぁ、スピカさん!」
「スピカさん、しっかりしてください! 友達同士だからってこれはダメですって!!」
「「キッス! キッス!」」
『ぶちゅーっと行け、ぶちゅーっと!』
後押しと制止の声を受け続けたスピカさんは、カッと目を見開き――。
「魔~女~ど~の~!! ん~~っ!!」
「いやああああああああああああ!!」
それから一時間後。
ひとしきり弄り倒された私によって浄化魔法で酔いを醒めさせられた大人組は、全員横一列で正座させられることになるのでした。
 




