21話 魔女様は泳ぎを教わる
砂まみれかつネットが使い物にならなくなってしまったということで、遂に海に入ることになりました。
バシャバシャと水面を駆けながら向かって行くレナさんとペルラさん、それを追うようにフローリア様とスピカさんとエミリが続き、水を掛けたりフローリア様に飛びつかれたりして、きゃあきゃあと楽しげな声が聞こえてきます。
一方で私はと言いますと。
「……まさか泳げないとは思いませんでしたわ」
『魔女ならば泳げなくても問題は無いのじゃが、こうも裏目に出るとはのぅ』
波打ち際に膝を抱えて座り、レオノーラに放り投げられた恐怖を払拭するように砂に絵を描いていました。
突然放り投げられ、足が水底に届かない深さに困惑して溺れかけてしまったせいで、軽く海が怖くなってしまったのです。
そっと私の横に座るレオノーラは、申し訳なさそうな顔を浮かべながら私に提案してきました。
「私でよろしければ、泳ぎ方を教えて差し上げますわ。少しずつ水に慣れていきませんこと?」
『うむ。せっかくじゃシルヴィ、こ奴に教わるがよい。魔法が使えても有事の時があるやもしれぬし、泳げるようになっておくことで、窮地を脱せる可能性もある』
あまり気乗りしませんが、シリア様がそう仰るならやるべきでしょう。
少し憂鬱な息を吐き、レオノーラへお願いします。
「ではレオノーラ、お願いできますか?」
「うふふ、お任せくださいませ? 帰る頃には泳ぐことが好きな体にして差し上げますわ!!」
泳ぐのが好きな体とは一体……とも思ってしまいますが、どうも自信があるらしいので頼らせていただくことにしましょう。すくっと立ち上がり私に差し出す手を取り、レオノーラと共に海の中へと歩みを進めます。
そして腰元より少し高いあたりまで浸かる深さまで進むと、レオノーラは私の両手を取って言いました。
「さぁシルヴィ、まずは体を浮かせる練習ですわ。顔を上げて私の手をしっかりと掴みながら、足をバシャバシャと動かしてみてくださいませ?」
「こ、こうですか?」
レオノーラに言われた通りにしてみるも、どうしても体が浮かばずに沈んで行ってしまいます。するとレオノーラは、片手を私のお腹へと移動させて下から持ち上げるようにしてくれました。
「もう少し体を水平にすることを意識してくださいまし。両足をまっすぐ伸ばし、膝から水面を叩くのではなく、足全体を使うのですわ」
支えを受けながら、体全体を水平に保てるように意識をしながら足を動かします。彼女が体を持ち上げてくれているおかげもあって、さっきよりはぐっとバランスを取りながら水面に体を浮かせることができました。
顔に掛かる水を振り払いながら、思わず歓喜の声を上げてしまいます。
「レオノーラ! 私、浮いてますよね!?」
「えぇ! 良い調子ですわ! ではこのまま手を引きますので、今の状態をキープしてみてくださいませ!」
レオノーラに手を引かれながら、バシャバシャと足をばたつかせて泳ぎ続けます。暑い日差しで火照っていた体が海の水で冷まされていく心地よさを感じていると、彼女の両手が私の両手を握っていることに気が付きました。いつの間にか、お腹の支えを失ってもバランスを取れるようになっていたようです。
少しずつ泳ぐ感覚が楽しくなってきていると、どういう原理か分かりませんが水面を歩いてくるシリア様に声を掛けられました。
『くふふ! 補助ありなら泳げるようになったでは無いか』
「覚えが早いので、教える側としても楽しいですわ」
『当然じゃ。妾の血を引いておるんじゃからな』
「まぁ! 本当に自尊心の高い猫ですこと! そんな猫はこうですわ!」
私の両手をパッと放したレオノーラは、シリア様に向けて両手で掬った水を思いっきり掛けました。それを横っ飛びに逃げて躱したシリア様が声を荒げます。
『やめんか!! この体は濡れると手間なのじゃ!!』
「うふふっ! シルヴィだって泳いでますのに、貴女が泳がないのは非情ではなくて?」
『泳がずとも生きていける! 魔法さえ使えれば溺れる心配も無いわ阿呆!』
シリア様。ついさっき、私に魔法が使えたとしても泳げるようにと仰っていませんでしたか?
複雑な気持ちを抱えながら二人を見ていましたが、レオノーラという支えを失った私は即座にバランスを崩し、せっかく浮かばせることの出来ていた体が水中に沈んでしまいました。
「わぷっ! れ、レオノーラ!!」
「え? あぁ!? 申し訳ありませんわ!!」
慌てて私を捕まえて支え直してくれたおかげで溺れずに済みました。少し荒くなってしまった呼吸を整えながら彼女にしがみついていると、私の様子を笑ったシリア様が水面をトントンと前足で叩き、私の目の前に水色の何かを出現させました。
『ほれ、これに掴まるがよい。レナから聞いて作った“浮き輪”という物じゃ』
「ありがとうございます」
レオノーラからそれに掴まり直し、シリア様に使い方を教わってドーナツの穴部分に自分の体を通します。両腕を外へ投げると、中に空気が詰まっているらしい浮き輪の効果でふわふわと体を浮かべることができました。
「これは良い物ですね。体重を預けても全然沈みません」
「ふふっ! それで泳ぎの練習を重ねると良いですわ!」
浮き輪を先ほどまでのレオノーラの支えのようにお腹に回し、気が向くままにバシャバシャと泳ぎ回ります。せっかくですし、レナさん達の方へと向かってみましょうか。
「シリア様、レオノーラ。レナさん達の元へ泳いで行っても良いでしょうか?」
「えぇ。ですがあちらはここと違って水底が深いので、浮き輪を手放さないようにしてくださいましね」
『くふふっ! 遊びたくて仕方がないといった様子じゃな。気を付けるのじゃぞ』
「はい、ありがとうございます!」
私はお二人に手を振り、浮き輪と一緒にレナさん達の元へと泳ぎ進めました。




