20話 魔女様はビーチバレーを楽しむ
「行くわよシルヴィー!!」
青い空と白い雲、日の光を反射して煌めく水面。そして熱された砂浜に、レナさんの声が良く響き渡ります。
その声に続いて、レナさんが撃ち出したボールが乾いた音を立てながらネットを超え、私の方へ鋭く飛んできました。
私は教わった通りに両手を組んで構え、下から掬うようにそれを打ち上げます。
「レオノーラ!」
「お任せくださいませ!!」
私の打ち上げたボールを追ってレオノーラが数歩下がり、頭上で三角を作るように手を構えます。
レオノーラはタイミングよくボールをもう一度高めに打ち直すと、シリア様へ合図を送りました。
「さぁ、決めてくださいませシリア!!」
『任せよ!』
すかさず私の肩を踏み台にして高く跳んだシリア様が、空中でくるりと回転の勢いをつけたキックでレナさんの方へとボールを返しました。それはえぐるような角度でレナさんチームへと飛んでいき、スピカさんの横で大きなあくびをしていたフローリア様の顔に激しく叩きつけられます。
「ふぎゃっ!?」
「ちょっとフローリア! ぼんやりしてないでよー!!」
フローリア様の顔でバウンドしたボールはあらぬ方向へと飛んでいき、ペルラさんがパタパタと追いかけるもアウトラインを大きく超えてしまい、砂浜にぽてりと落ちました。
鼻を押さえてしゃがみ込むフローリア様を笑ってるレナさんの反対側で、これまたレナさんに教えて頂いた“ハイタッチ”をします。
「うっふふふ! 魔王たる私が負けるはずありませんことよ!!」
「見事でした、レオノーラ」
「シルヴィこそお上手でしてよ!」
『くふふ! 初めてやるが、“ビーチバレー”なるものは面白いのぅ!』
シリア様の言葉に、私も笑顔で頷きます。
海に到着した私達は、レオノーラに連れられて宿泊施設で荷物を置きがてら、フローリア様に買ってきていただいた水着に着替えて早速遊び始めていました。
やはり水着は肌面積も広く恥ずかしさがありますが、レナさんを始め全員が同じように水着を着ていると、だんだん恥ずかしがるのも忘れて気にならないようになり、今では逆に動きやすさと涼しさで解放感すら感じられます。
ちなみにですが、エルフォニアさんやスピカさん、ペルラさんの分は無かったためシリア様が即興で作ってくださり、ほぼ同じ材質の水着がそれぞれに行き渡っています。
スピカさんは彼女の普段着を彷彿とさせる緑を基調としたデザインで、私の水着に似ています。ペルラさんのは上がタンクトップのようなデザインで、下はエミリの水着に少し似たフリル付きのスカートといった白と赤で組み合わせられた可愛らしいものでした。
体が温まってきたとアピールするようにその場で数度軽くジャンプするレオノーラ。彼女もシリア様に強請って作ってもらい、彼女の私服同様に鮮やかな青いワンピースのような水着を着用しています。
レオノーラは、私達が遊んでいる場所とは少し離れた場所にいるエルフォニアさんを見ながら言いました。
「エルフォニアも混じれば、もっと楽しめましたのに」
『あ奴は元々、このように人と何かをして遊ぶということをせずに生きてきたが故、参加したとしても何をしたらいいか分からないのじゃろうて。無理に連れまわして疲労させるよりも、たまの休暇で心身を休ませる方がよかろ』
シリア様とレオノーラの視線の先には、ビーチパラソルの下に設置されたビーチチェアに仰向けで寛いでいるエルフォニアさんの姿がありました。
彼女もシリア様に水着を作っていただき、トップスは首の後ろで結ぶタイプのフローリア様寄りのデザインで、下のショーツ部分をレナさん曰く“パレオ”と呼ばれる濃い紫色の布地で巻いて隠しています。上下とも同色なため暗めな印象がありますが、パレオ部分が下に向かうにつれて薄くなっていくグラデーションのため、見事な調和が施されていました。
そんなエルフォニアさんは、着替えて早々にビーチチェアを陣取って魔導書を読み耽っていましたが、今は顔を隠すように本で覆って眠っているようです。
「日頃から魔法の研究や歴史を学んだりと忙しくされていらっしゃいますし、ゆっくり休ませてあげましょう」
「そうですわね。遊びたくなったらきっと、エルフォニアから声を掛けてくださいますわ」
レオノーラの苦笑に微笑み返すと、彼女は続けてレナさん達へ声を掛けました。
「さぁ、どこからでも打って来なさいな! シルヴィが受け止めますわよ!!」
「何故私なのですか!?」
「言ったわね!? それじゃあ遠慮なく!!」
挑発に乗ってしまったレナさんが、ボールを高く放り投げて自身もそれに続いて跳躍し。
ボールと自身の姿を三つに分身させて打ち込んできました!!
「「そぉれ!!」」
「それはズルいで――きゃああああ!!」
三つの内一つは実体のあるボールが一遍に私に襲い掛かり、どう受け止めたらいいか分からないまま顔を覆ってしまいます。
すると、彼女のそれを攻撃と判断した私の【制約】が効果を発揮し、私に当たる直前でボールがやや鈍い音を立てながら結界に阻まれ、私の遥か上空へと打ち上げられていきました。
「流石シルヴィですわ! ですがレナ、魔法を使ったと言うことは私も本気でやらせていただきますわよ!!」
レオノーラはボールの飛んでいく方向へ、闇魔法で作り出した槍を投擲し始めました。まさか射止めて取るつもりでは……と考えていた私の考えは甘く、ボールより早く飛んでいく槍が一瞬ブレたかと思った直後、そこにはレオノーラの姿がありました。
「魔法で私に勝とうなど、四千年早くてよ!!」
「そんなのアリー!?」
恐らく転移魔法の応用なのでしょう。ふと私の横を見ると、彼女が投擲したはずの槍が地面に転がっていて、レオノーラが槍と自分の位置を入れ替えたのだと分かりました。
レナさんの驚愕の声に楽しそうに笑うと、彼女は私達のコート内へボールを叩き帰しながらシリア様へと声を上げます。
「さぁシリア! 決めてくださいまし!」
『魔法を使い始めたら遊びでは無くなるじゃろうが……。ぬんっ!!』
器用にネットをよじ登ってジャンプ台にしたシリア様は、宙がえりのように身を翻し、ボールを思いっきり蹴り落としてレナさん達のコート内……いえ、正確にはフローリア様の顔を狙いました。
きょとんとしながらそのボールを見ていたフローリア様に、レナさんが叫びます。
「フローリア! レシーブ!!」
しかし、彼女が構えるよりも早くボールが顔に当たってしまう――そう思っていましたが、とても間に合わないはずのそれを、フローリア様はいつ移動したのか分かりませんが絶妙な位置に立ち直して受け止めました。
「ちょっとシリア! なんで顔ばっかり狙ってくるの!? 顔は乙女の命なのよ!?」
『権能を使って時を止めて移動する輩が乙女なものか! このたわけ!!』
どうやら、【刻の女神】としての力を使って時間を止めて移動していたようでした。魔法も超常現象だとは思いますが、女神様であるフローリア様は本当に何でもありだと思ってしまいます。
フローリア様が打ち上げたボールをスピカさんが綺麗に打ち上げ直し、エミリへと繋ぎます。
「頼んだぞ妹殿!」
「エミリちゃーん! 狼になって尻尾でバシンよ!」
「うん!」
フローリア様の言葉に頷いたエミリは、空中で神狼へと変身し、シリア様の意趣返しのように大きな尻尾でボールを打ち返してきます。
『えーい!!』
エミリによって打ち出されたボールは、凄まじい風圧と共に私とレオノーラの間を縫って砂浜に突き刺さり、爆風さながらの激しい砂塵を巻き上げました。
それは当然、私達を始め味方チームであるレナさん達全員にも降り注ぎ。
全員の悲鳴が砂に埋もれ、全身砂まみれになった私達は、お互いの姿を見ながら笑いあうのでした。
 




