15話 ご先祖様は正体をばらす
まず、シリア様が向かわれた先は、階下の食堂エリアでした。
私達が間借りしている建物は村の皆さんがよく集会で使う場所らしく、一階部分の半分が大食堂となっています。ここで皆さん食事を取り、各々の一日が始まるのです。
「あ、魔女様おはようございます! 今朝は昨日のイノシシ肉を使った贅沢なベーコンをご用意しますよ!」
「おぉ!! ……こほん、それは楽しみですね。何か手伝いますか?」
「いえいえ、もうすぐ出来上がりますからお待ちになっていてください!」
ついつい、いつもの口調が出そうになったシリア様でしたが、すぐに気が付き私の口調を真似してくださいました。あの口調で話されたら、私ではない誰かだと疑われてしまいます。
私がほっとしていると、シリア様が私に向けて親指を立てて見せました。任せよ、と言うことでしょうけれどもやや心配です。
シリア様が席に着くと同時に、元気な挨拶と共に村の子ども達が大食堂へ駈け込んできました。
「おはよーございまーす!」
「あー! 魔女様もいる! 魔女様おはよー!!」
「おはようございます。朝からみんな元気ですね」
「挨拶は元気よくすれば相手も元気になるって、父ちゃんがよく言うんだ! だからみんな、毎日元気なんだぜ!」
「そうでしたか。みんなの元気を分けてもらえて、私も元気になれそうですね」
「魔女様も元気になろー!」
「こらこら、魔女様困っちゃうでしょー。お手手洗って席に着きなさーい」
「「はーい!」」
厨房の方から窘められた子ども達は、これまた元気よく返事をすると小走りに厨房へと向かいます。そして子ども達がいなくなると入れ替わりで、今度は村の男性陣が入ってきました。
「おっ、魔女様おはようございます!」
「魔女様はいつも早いっすね! しっかり眠れてますか?」
「はい。おかげさまで毎日ぐっすり眠れていますよ」
「それは良かった! 俺なんてもう最近ずっと寝不足で……ふわぁ」
「お前が寝不足なのは毎晩お楽しみだからだろうがよ! 惚気か!?」
「バッカおめ、魔女様いるんだぞ!?」
「ふふ、夫婦の仲がいいことは良いことではありませんか。気にしないでください」
「いやーすんません! 魔女様だと色々話しやすくて助かります! うちのコレも、もう少し魔女様みたいな落ち着いた女になってくれたら……」
「いいじゃねぇか。お前のとこの奥さん、ガサツだから接しやすいぜ?」
何やら旦那会議が始まろうとしていましたが、私とシリア様はその奥に歩み寄る鬼のような姿に息を飲んでいました。
「へぇー? 悪かったわねガサツで暴力的な女で?」
「やっべうちの魔女がキレるぞ!! それじゃ魔女様、また!」
「おい待てよ! ――ぐぇっ」
「なんであなたはそう、べらべらと家の事情を話すのかしらねぇ……?」
「ち、ちがっ、待ってくれ、二対一はおかし――ぎゃああああああ!!」
母は強し。という言葉を別の意味で目の当たりにした私達は、今日の患者が増えそうだと苦笑いを浮かべる他ありませんでした。
それから間もなく、朝食が各々の前に運ばれてきました。
今日の朝食はイノシシ肉を贅沢に極厚でいただくソテー、薄く切ったイノシシ肉と輪切り大根のほろ煮、そしてハイエルフ特製の野菜の盛り合わせ。デザートには桃とオレンジのゼリーが用意されていました。
シリア様は目を輝かせて一口頬張ると、それからは勢いが止まらずに全て完食し、おかわりまでするくらいには気に入られたようでした。
私が普段からおかわりをしないので、「魔女様がおかわりを!?」と驚かれはしたものの、男性陣を始めほぼ全員もおかわりしていたため、イノシシ肉が絶品だったという認識で落ち着いたようです。
程なくして朝食を済ませ、各々が今日のやることに取り掛かり始めた頃。私達は食休みで客室に戻っていました。
「あのイノシシ肉はまさしく絶品じゃったな! 脂がしっかりと乗っておった割に肉が締まっておる。あれほどの肉はそう食べられる機会はなかろうよ、大満足じゃ!」
『シリア様、すごく幸せそうに食べていましたね』
「いまだに口の中に、あの肉が蕩ける感触が残っておる……。今日言い出せてほんによかった……」
正直に言いますと、見てるだけの私はなかなかに辛いものがありました。あの極厚のソテーも絶対美味しかったでしょうし、大根と共に煮込まれてほろほろに蕩けたイノシシ肉も、間違いなく美味しいでしょう。
かなり悔やまれますが、今日ばかりはシリア様の欲を満たすためぐっと我慢です。
そういえば私と交代するということは、日中村で行っていた治療についてもシリア様にやっていただく必要が出てきます。さすがに今日はシリア様にはゆっくりしていただきたいと思い、提案してみることにしました。
『シリア様。村の方の治療の時だけでも私がやりましょうか?』
「阿呆。お主がやることも全部請け負った上での娯楽じゃ。食べて遊んでだけがいいなど、そんな都合のいい話があるか」
『で、ですが私の方が治癒魔法への適性は高いとのお話ですので、あまり無理はしていただきたくなく……』
「そんなことを気にしておったのかお主は? 妾は魔を統べる女神であり、かつての最高峰の大魔導士ぞ? 多少は勝手が異なるじゃろうが、お主程度にできる魔法なぞ造作も無いわ」
バカにするような顔で完全に言い切られました。悔しさを感じないと言うと嘘になりますが、それでもシリア様の仰る通りなので何も言えません。
そんな私の反応を見てシリア様が小さく笑うと、指を立てながらウィンクをし、言葉を続けました。
「ま、お主は気にせず見ておればよい。神祖と呼ばれる所以の力を見せてやろう」
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「お、お主……毎日この量の患者を捌いておったのか…………?」
『今日は多い方ですが、まぁだいたいは……』
治療を開始して約六時間ほど経過し、時刻はおやつ時。押し寄せる患者さんを必死に捌き切ったシリア様は、人のいなくなった元集会所(現在は私の治療所です)のベッドにしな垂れかかりながら悲鳴を上げていました。
確かに今日はかなり多い気がします。狩猟民族故に、かなり頻繁に皆さん出入りするのですが、それでも三十人前後は来てたでしょうか。
「如何に体が異なるとはいえ、これは妾と言えどしんどいものがあるぞ……」
『残りの数時間は私が代わりましょうか?』
「断るッ!」
頑なに拒むシリア様に苦笑していると、入口の扉が開かれました。新しい患者さんでしょうか。
「はははっ、だいぶ参っているようだな魔女殿」
「おぬ……スピカさんではありませんか。お見苦しいところをすみません」
「気にしないでくれ。ハイエルフまで世話になっていると聞いてな。差し入れを持ってきたんだ」
スピカさんでした。その手の籠の中には、色とりどりの果実が沢山詰め込まれています。
「すまないな、我々まで診てもらって。疲れたらこれを食べて一息入れてくれ」
「ありがとうございます。後でいただきますね」
受け取りながらシリア様が笑いかけるも、スピカさんは何故か表情を険しくしてシリア様を見つめていました。そしてまじまじと観察するように近づき、凄く至近距離で顔を覗き込まれています。
「あの、スピカさん?」
「貴様、魔女殿ではないな。だが魔女殿と同じ匂いはする。一体何者だ?」
「!?」『!?』
な、なぜバレてしまったのでしょうか。まさか、最初にお主と言いかけてしまったから? それとも、へばってしまっていたからでしょうか?
にじり寄られるシリア様は、ベッドの縁に足を取られそのまま仰向けに倒れこんでしまいました。そしてスピカさんが、その上から逃がさんとばかりに両腕を顔の真横に立てます。
「な、何のことでしょうか」
「とぼけるな。魔女殿はどこだ?」
「いえ、だから私がその魔女のシルヴィで――」
「違う、貴様はシルヴィ殿ではない。シルヴィ殿はもっと弱々しく可憐で、獣に怯える野兎のような方だ」
私、そんな小動物のように見られていたのですか?
「だが貴様は真逆だ。獲物を食らう獅子のような気を感じるが、どこかシルヴィ殿のような何かを感じさせる」
至近距離で睨みあうような状態でしばらく沈黙が続きます。はらはらと見守っていると、その沈黙はシリア様によって破られました。
「ふん、よもや魂の本質で見分けてくるものがおるとは思わんかったわ。伊達に長寿なだけではないのだな、ハイエルフの長よ」
「何?」
「ええい、どかんか! いい加減その甘ったるい匂いで気が触れそうじゃ!」
ぐいっとスピカさんを押しのけて立ち上がると、シリア様は帽子を外し、わしゃわしゃといつもの髪型に戻してから答えました。
「いかにも、妾はシルヴィではない。妾の名はシリア=グランディア。シルヴィの二千年前の先祖に当たる者じゃ」
「シルヴィ殿の、先祖……?」
「左様。証明がいるならば見せてやろう……シルヴィよ、体を返すぞ」
『えっ、シリア様!?』
突然入れ替わりを求められ、慌てて自分の体に入ると、私の横でシリア様が実体化をしました。そしてベッドに飛び乗り、不機嫌そうに鼻を鳴らしています。
「な、なんだ? どこから出てきたんだこの猫は……?」
『猫ではない。シルヴィ、説明してやるとよい』
「猫が喋っただと!?」
「あ、あの、スピカさん。厳密に言うと猫ではないのです。今の私がシルヴィで、こちらは先ほどもご紹介がありましたが、私のご先祖様のシリア様なのです」
「……すまない、少し理解が追い付かない。なぜ先祖が猫なのだ? シルヴィ殿は、猫の家系から生まれた獣人の変異種だったのか?」
どう説明したらいいのでしょう。事情が事情なだけにかなり説明しづらいです。
私がどうにか理解してもらおうと説明しようとした矢先。トラブルはさらにトラブルを生むのでした。
「魔女様ー! 遊びに来まし……って、長は何してるの? なんでこんな果物散らばってるの?」
「すんません魔女様、ちょっとしくじって――ってなんだあれ? あんな白猫、この村にいたか?」
「あらあらー、何の騒ぎ――って何あれ! とっても可愛らしい猫ちゃんじゃなーい!!」
休憩時間が終わったため、再び押し寄せてきたハイエルフと獣人の御一行が、この状況を見て騒ぎ始めます。もう収拾がつきません。
私が助けを求めるような目でシリア様を見ると、溜め息交じりに頭を掻き、声高々に説明し始めました。
『皆の者、今まで黙っていてすまぬ! 妾はシリア。シルヴィの先祖であり、魔女の師匠なのじゃ!』
――もう私はシリア様に全て任せることにしました。そんな設定で騙されてくれるほど甘くは無いと思いますが……。
 




