6話 ご先祖様はエアコンを作る
その後も涼しさで寝てしまったフローリア様の横で話し合っているお二人へ、私は食卓にお昼ご飯を置きながら話しかけます。
「すみません、シリア様とレナさん。お昼ご飯が出来てしまったので、一旦食事にしてよろしいでしょうか」
「あ、ごめんシルヴィ! まだテーブル拭けてな――うわぁ!! 冷しゃぶじゃない! やったあああ!!」
『ほぅ! これは涼し気な料理じゃな。これもレナの世界にあった料理本のものか?』
「はい。お肉を冷やすと固くなってしまうので今まで試せませんでしたが、少し挑戦してみました。お野菜と一緒に食べるととても美味しいですよ」
『うむ。これは暑い日でもしっかりと食べられそうじゃな。よし、妾はエミリとメイナードを呼んでくるが故、レナはそこの阿呆を起こしてシルヴィの手伝いをせよ』
「了解! フローリア、ご飯できたわよ! お皿並べるのに邪魔だから起きて!」
「えへへ~……。やぁんレナちゃん、そんな激しくされたら私ぃ……」
「馬鹿言ってないで早く起きる! シルヴィ、この前スピカから分けてもらった辛いアレ残ってる?」
「うちではレナさんとメイナード以外使いたがらないので残ってますよ。少し待っていてください」
私はレナさんに断り、キッチン下の収納棚の中からとある物を探します。確かうっかり使ってしまわないようにと瓶に詰めておいたはずでしたが……。あ、ありました。
取り出した小瓶の中には、スピカさんからお裾分けしていただいた果実の赤が染みた液体が詰まっています。最初はトマトの仲間かと思ってその場でひと口頂いたのですが、とんでもない辛さで泣き叫んだ嫌な思い出の果実から抽出した液体です。
料理にちょっとだけ使うと程よいスパイスの代わりになるのですが、エミリが間違って使ってしまわないようにとこうして奥の方へ保管しているのです。
目的の瓶をレナさんに手渡すと、彼女は躊躇いなくそれの栓を抜き――。
「起きなさいフローリア!」
「んにゃ……へ? あぎゃあああああああああ!?」
数滴指先に垂らしたそれを、フローリア様の鼻の下に塗り込みました!
匂いだけでもかなりの刺激を持つ液体は、ぐっすり眠っていたフローリア様が叫びながら飛び起きるほどの強い刺激を誇っているようです。
「辛い! 痛い痛い痛い~!! 鼻っ、私のはにゃぁ~!!」
「あっはははは! いつまでも寝てるフローリアが悪いのよ? はい、これで顔洗ってきて」
「いたぁい……。レナちゃんのばぁか、後で覚えてなさい~……」
フローリア様は真っ赤な鼻をタオルで押さえ、涙声で恨めしそうに言い残すと洗面所の方へと向かって行きます。そんな後ろ姿を見送りながらケラケラと笑っているレナさんが、ちょっとだけ悪魔のように見えます。
レナさんにテーブル拭きと料理を並べてもらいながら洗い物を進めていると、何故か土埃で汚れているエミリとメイナードを連れたシリア様が戻ってきました。
「お姉ちゃんただいまー!!」
「おかえりなさい。どうしたのですか? その汚れは」
「えへへ~、メイナードくんといっぱい遊んでたの!」
『神狼状態でじゃれついてきたのだ。危うく本気を出さねばならないかと思ったぞ』
「メイナードくん凄いんだよお姉ちゃん! 遊んでるとメイナードくんがいっぱい増えるの! とっても早いの!」
メイナードが本気を出さなければならないと焦るくらいには、神狼状態のエミリの戦闘能力は高いということでしょうか。今後も成長することを考えると、エミリの底が知れません……。
とりあえずそのまま食卓へ着かれても困るので、浄化魔法で体の汚れを取ってあげます。その横で、シリア様がレナさんへ声を掛けました。
『レナよ。先のえあこんの件じゃが、試作品ができた』
「もう!? 見せて見せて!」
レナさんに頷いたシリア様が、いつものように床を前足でトントンと叩きます。すると、テーブルを横に半分にして一回り小さくしたような、長方形の白い箱のような物が現れました。それに続いて、少し大きめの正方形の同じような箱も現れます。
「わぉ、見た目ほぼまんまだわ。ちゃんとスイングする部分もあるし」
『そこはオマケじゃ。本体の中に大型の魔石を四つ内蔵させ、冷気を放つものと暖気を放つもの、室外の空気をこの箱に転送させるものと、室内に風を放つものがある。恐らく根本的にはこれで問題ないじゃろ。して、こっちには外の空気を吸い込み、それを本体へ送る魔法を込めた魔石がある』
「なんか魔法ってホント何でもありよね」
『くふふ! じゃが、原理を知らねばこんな物は作り出せぬ。“かがく”も負けておらぬよ。とりあえず試運転をするが故、レナにはこれの取り付けを頼みたい』
「任せて! ささっとやっちゃうわ!」
見るからに重そうな正方形の箱を「よっと」と軽い掛け声を出しながら持ち上げたレナさんは、外へ続く階段を下りて行ってしまいました。そしてものの数分で帰ってくると、今度は長方形の箱を持ちあげ、椅子に乗って食堂の壁に取り付けます。取り付ける時に薄っすらと黄色い光が出ていたので、張り付く魔法も掛けられていたのでしょう。
「こんなものかしら?」
『うむ。では試してみるかの』
シリア様はどこからか取り出した、ウィズナビサイズの箱をレナさんに渡します。レナさんはそれの水色のボタンを押しながら魔力を少し込めると。
「わぁ! お姉ちゃん何あれ!? 涼しい風が出てくるよ!」
『くふふ! 上手くできたようじゃな』
エミリの言う通り、長方形の箱の辺の一部が開いたかと思うと、そこから気持ちのいい冷気を纏った風が部屋へと流れてきました。試しに台所の方へ移動してみても、同じように風が流れてきます。これは料理をする時にも大変重宝するかもしれません。
そこへ、顔を洗ってきたばかりのフローリア様が戻ってきました。彼女は食堂に入るや否や、歓声を上げ始めました。
「はぁ~!! なにこれ、めちゃめちゃ涼しいわ~!」
「シリアがエアコン作ってくれたのよ!」
「えあこん? あぁ~! ミオンモールの中にあったあれね! 凄いわシリア~!!」
『ええい、抱き付いてくるでない! 離さんか阿呆!!』
じゃれ合い始めたお二人に笑いながら、私はエミリ達に食卓へ着くように促します。
「お肉が固くなってしまう前に食べましょう。シリア様とフローリア様も、席に着いてください」
「はぁい☆」
『やれやれ……。では、頂くとするかの』
「「「いただきまーす」」」
涼しくなった食卓で食べる食事は、また一段と美味しさを際立たせてくれました。




