1話 魔女様は下準備をする
魔王城から森へ戻ってきた次の日。
私とシリア様は、エミリに乗って森を散歩していました。
正確には森の全容を改めて把握するために探索しているのですが、特にこれといった問題もなくのんびりとした時間が過ぎているので、体感としては散歩に近い気がしています。
レナさんはフローリア様と共に、村や集落の復興を手伝っていただくことになっていたのですが、「重いの持ちたくない~!」とゴネるフローリア様を引きずって向かって行きました。本当に嫌そうに引きずられていたので、おやつには彼女の好きな物を作ってあげようと思います。
普段とは違う、視線の高さを楽しんでいるエミリに揺られながら進んでいると、シリア様が何かに気が付いたような声を上げました。
『む、エミリよ。そこを右じゃ』
『はーい!』
獣道を右に曲がり、しばらく道なりに直進すると、私の背と同じぐらいの大きさの岩が鎮座している場所がありました。その岩の周辺だけ、何故か植物が生えていない不思議な空間です。
『あれ、行き止まり?』
『いや、ここでよい』
立ち止まったエミリの背からひょいと飛び降りたシリア様は、その岩の上に乗ると、岩に向けて魔力を少しだけ流し込みました。
すると、流し込まれた魔力に岩が反応し、ほんのりと赤く発光し始めました。この光り方は見覚えがあります。
「塔を出る時に割った、結界の色に似ていますね」
『くふふ、よく覚えておったな』
シリア様はそう笑うと、エミリから降りた私に説明をくださいました。
『お主が普段用いる防護結界とは異なり、特定の土地に結界を張る際には必ず、要となるものが存在する。例えばじゃが、お主が幽閉されておった塔。あれは塔の真下に地脈の結合点があったが故、あの塔そのものが要となり、結界を張ることが出来ておった』
地脈……。そう言えば、シリア様と獣人族の歓迎を受けた時に、シリア様の代弁で「良質な地脈を探していた」と村長さんに説明した覚えがあります。
「シリア様。地脈というのは、やはり魔女にとって重要な物なのでしょうか」
『うむ。地脈の上に拠点を構えられるだけで、日々の鍛錬や研究が大いに捗る。何分、自分で補え切れない魔力を賄うこともできるからのぅ』
「なるほど。それを聞くと、魔女ならばぜひとも地脈の上に家を建てたくなりますね」
『そうじゃろう? 故に魔女の家探しは、人間のそれより遥かに入念に行うものじゃ。ちなみにじゃが、我が家も地脈の上に建っておる』
「そうなのですか?」
それは初耳でした。ハイエルフの集落や獣人族の村との中間点に建てただけだと思っていました。
そんな私の顔を見たシリア様が、半目で呆れながら聞いてきます。
『よもや、妾が気分で決めただけと思っていた訳ではあるまいな?』
「そ、そんなことはありません」
シリア様の視線に耐えられず、顔を反らしながら答えてしまいます。私が全く分かっていなかったという事実に深く溜息を吐いたシリア様は、少し残念そうな顔を浮かべました。
『はぁ~……。多少は魔女としての気構えが出来てきたと思ったら、ただの気のせいじゃったか。お主が魔女として胸を張れるようになるのは、まだまだ先じゃな』
「すみません……」
少しだけ肩を落としていると、エミリが励まそうと顔を擦り付けてきました。本当にあなたは可愛い妹です、エミリ!
お返しにとわしゃわしゃ撫でまわしている私へ、シリア様が言います。
『話を戻すぞ。妾がコレを探しておったのは、またお主が不在の際に森が襲われぬようにするための事前策じゃ』
「と、言いますと……?」
『シルヴィよ。お主の結界を使って、あの塔で張り巡らされていた物よりも強固な結界を、この森全体に張る。個人での魔法ではたかが知れておるが、幸いこの森には多数のポイントがあるようじゃ。そこを起点として各所からお主の結界を張り、森全体を覆うという訳じゃ』
私はようやく、シリア様が森の探索を行うと仰っていた意味が理解できました。
シリア様の本当の目的は森の危険度の把握ではなく、この岩のような結界を張るための要になり得る物を探していたようです。
「ですがシリア様。私にあの塔のような結界を張ることはできるのでしょうか?」
『なに、さほど難しいものでもない。お主が普段使っておる結界はその時々の“何か”を護るために展開しておるが、その対象を“土地”に切り替えるだけじゃ』
さらっと言われましたが、それはかなり曖昧なのでは……。
『くふふ! まぁイメージはできんじゃろうな。故に、細かな調整は妾がやってやる。お主は強固な結界を展開することのみを考えておればよい』
「分かりました」
『さて、では下準備に入るかの。この岩に手をつき、お主の魔力を少し流し込んでみよ』
シリア様に言われるがままに、私は岩に向けて魔力を流し込んでみることにします。魔力伝導率の悪い無機物にはなかなか流し込めないのですが、この岩にはするりと魔力が流れていきました。
要の役割をするものはまた違うのですね……と感心していると、上から『もうよいぞ』と声が掛かりました。
岩から手を放すと、ほんのりと紫色に発光していました。まるで、私が普段使用する結界の色を被せたような印象です。
岩の上でシリア様が数回岩肌を叩き、何かを確認できたように頷くと、ひょいと岩から飛び降りました。
『これでここは良かろう。さて、あと五ヶ所あるが故、ちと急ぎめで回るとするぞ』
「分かりました。エミリ、またお願いできますか?」
『うん!』
乗りやすいようにと屈んでくれるエミリの背中に二人で乗り、シリア様の指示で次の要石の元へと向かいます。早く終わればその分、早く森の安全が確保できるので気合を入れていきましょう。




