36話 森の被害は甚大
メイナードに乗って急いで向かった獣人の村は大変な状況になっていました。
魔獣の姿こそ見えませんが、彼らの家が半壊してしまっていたり、あちこちで負傷して座り込んでいる姿が見受けられます。
降ろしてもらった私は、一目散に怪我をしてしまっている方々の元へと向かい、治療を開始しました。
「あ……魔女様! 戻って来てくださったんですね!」
「すみません、私が勝手に不在にしてしまったせいで……」
「なんで魔女様が謝るんですか! 魔女様がこの森に住む前は、俺達は魔獣と毎日命の奪い合いをしてたんですよ? しばらく無かったんで気が緩んでたのが悪いんです、気にしないでくださいよ」
弱々しくも笑う彼に、心底申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
私がもっと自分の事を理解していたら、魔獣への対策もできたでしょう。
私が一時の感情で家を飛び出さなければ、彼らが襲われることも無かったはずです。
腕が折れ、腹部からも出血が見られる体を、悔しさで歯噛みしながら治療を続けます。
そんな私の背中に、他の獣人の方から声が掛けられました。
「いやー、急に暴れ出したから備えもできてなくて危ないところでしたが、さっき魔女様が放った魔法のおかげで魔獣共が尻尾巻いて逃げ出してくれましてね! 本当に助かりました!」
「筋肉があっても武器が無ければ守るもんも守れねぇんで! ははは!」
振り向くと、やはり彼らもあちこち怪我をしてしまっています。武器として使っていた剣や斧も刃こぼれや折れてしまっていたりして、満身創痍なのがありありと見て取れました。
それでも私に気を使ってくださっているような気がしてしまい、彼らの顔を見ることが出来ません。
ようやく一人目の治療を終え、近くで蹲っている方に続けて治療を行います。
「魔女様……何だってそんな泣きそうな顔をしてるんすか」
「ごめんなさい、ごめんなさい……。私のせいなんです。私が、自分のことを分かってなかったから……」
悔しさと罪悪感で、視界が涙で滲んできてしまいました。
泣きたいのは、突然私がいなくなったせいで襲われた皆さんのはずです。私が泣いていい理由なんてありません。
それでも、自分の未熟さが悔しくて悲しくて、涙を堪えることが出来ませんでした。
せめてもと声を殺しながら涙を零していると、私の肩に飛び乗ったシリア様が前足でそれを拭ってくださいました。
『お主が気に病む必要はない。仔細を伝えなかった妾にも責があるし、先の話でもあったが平和ボケをし始めていたこ奴ら自身にも責はある。これはお主一人が引き起こしたものではないのじゃ』
「シリア、様……」
『過去を悔やむのを悪いとは言わぬ。じゃが、悔やむよりも先に今できることを成す他なかろう』
「……はい」
シリア様の言葉で少しだけ気持ちが落ち着きました。
そうですね、自責するのは後でいくらでもできます。ですが、怪我をしてしまっている彼らを癒せるのは今しかありません。
私は泣くのを止めて、治療に専念することにします。
それを見たシリア様は頷き、私に指示を出しました。
『お主はこのまま、他の者も治療しておくように。妾とエミリは一旦家に戻り、お主のポーションを持ってハイエルフの集落へと向かう。応急処置にはなるが、無いよりはマシじゃろ』
「分かりました。では、こちらが終わり次第メイナードと向かいます」
『うむ。さて、エミリよ。早速狼の姿で一仕事じゃ』
「うんっ!」
エミリは体をぎゅっと力ませ、可愛い姿が一瞬ブレた直後に狼の姿へと変身しました。
全身をぶるぶると震わせて立ち上がるエミリを見た獣人の皆さんが、困惑と恐怖が入り混じった声で口々に声を上げます。
「お、お前、エミリなのか!?」
「人狼種じゃなかったのか!?」
「た、食べられる……!!」
怯える彼らをエミリは笑い、にっこりと笑いながら口を開きました。
『大丈夫です! わたしはお世話になったみんなは襲いません!』
その返答を受けた彼らは、心底安堵したように息を吐きました。
彼らの様子を笑っていたシリア様は、エミリの背中にひょいと飛び乗ると、一瞬だけ誰もいない森の奥の方へ視線を送っていましたが、ふと視線を逸らして彼女に言いました。
『では、家までひとっ走り頼むぞエミリ』
『はーい!』
元気よく返事をしたエミリは、その巨体からは想像ができない速度でどんどん家の方へと走っていき、数秒後には尻尾の先さえ見えなくなってしまいました。
エミリの後ろ姿を見送った私は、二人目の傷が完治したのを確認して次の怪我人の元へと急ぎ、今までに無いくらい集中して治療を進めることにしました。
 




