33話 魔王様は封印を解く
食後の休憩も終えた私達はエミリの封印を解くために、城内にある広い演習場へと来ました。今でも魔王軍が警備隊に形を変え、ここを使用しているのだそうです。
連れてこられたエミリはあまり分かっていないようで、周囲をキョロキョロとしながら私に尋ねてきます。
「お姉ちゃん、ふういんって何?」
「何、ですか。うーん……何と言えばいいでしょう?」
「あっはは! エミリ、封印って言うのはね? その人が持ってる力が強すぎるから、力を使えなくさせちゃうことよ」
レナさんのざっくりとした説明で理解したエミリは、ぱぁっと顔を輝かせて問いかけます。
「じゃあ、わたしもお姉ちゃん達みたいに強くなれるの!?」
「もしかしたらあたし達なんて勝てないくらい強いかもしれないわよ~?」
「わぁー! ねぇお姉ちゃん、もし強くなれたらわたしもお姉ちゃん達と遊んでいい!?」
「遊ぶ、と言いますと?」
「お姉ちゃん達、たまにお庭で魔法使って遊んでるでしょ? わたしもやりたいの!」
あれは遊んでいる訳では無く、鍛錬なのですが……。
ですが、魔法が分からないエミリから見たらそう映っていたのかもしれません。
私はエミリの頭を撫でながら笑いかけます。
「えぇ。エミリが強くなれたら一緒に遊びましょうか」
「やったぁー!!」
全身で喜びを体現するエミリが可愛くて仕方がありません。そのままぎゅっと抱きしめて頬擦りをしていると、レオノーラに苦笑されながら怒られてしまいました。
私の手から離れたエミリに、レオノーラが念押しします。
「いいですこと? 封印を解くと言うことは、もしかしたら今まで通りの生活が出来なくなるかもしれないと言うことですわ。それでもよろしくて?」
今まで通り生活できないかもしれないと言われ、エミリは困ったような顔を浮かべながら私達に振り返りました。
そんなエミリを安心させるように、シリア様が言います。
『なに、その時はその時じゃ。妾やシルヴィもおるが故、心配するでない』
「いざとなれば私達がいるので、心配しないでくださいとシリア様が言ってくださってますよ」
「ありがとうお姉ちゃん! シリアちゃん!」
私達に笑顔で礼を述べたエミリは、固め直した意思をレオノーラに示します。
「わたしも、お姉ちゃん達と遊びたいです! お願いします、魔王様!」
「うふふ! 愛されてますわねシルヴィ! ……では、始めますわ。貴女達は少し離れていてくださいませ」
レオノーラに言われ、私達は数歩下がって様子を見守ります。
彼女はエミリを中心に紫色の魔法陣を展開させると、小さく詠唱を始めました。その詠唱が進むにつれて、魔法陣の輝きが少しづつ増していきます。
そしてそれは輝きだけではなく、エミリにも影響が出始めました。
「んっ……! 体、なんだか熱い……!!」
「少しずつエミリちゃんの封印が解けてますのよ。もう少し熱くなりますが、我慢してくださいまし」
「はい……!」
再び詠唱が続けられ、どんどん輝きが増す魔法陣と、中央で蹲り始めるエミリ。少し苦しそうな表情を浮かべているのが見ていられません。
ハラハラとしながら見守り続けていると、突然エミリが天を仰ぎ、遠吠えをし始めました。
「ゥアオォォォォォォォォォン……!!」
それと同時にレオノーラの詠唱も終わったらしく、手を大きく広げながら解呪の魔法を行使します。
「封じられし力よ、全てを解き放て! 呪印解除!!」
レオノーラによる解呪が行われ、エミリを中心に眩い光が周囲を包み込みました。とても目を開けていられないそれに顔を覆い、光が弱まるのを待つと。
エミリがいた場所には、毛先が薄紫色で、真っ白の綺麗な毛並みを持った大きな狼が座っていました。
その狼は座っているだけでも私を縦に二人分はありそうな大きさで、ところどころの毛並みがツンと跳ねているのがエミリの髪のそれに良く似ています。
巨体を持ち上げたその狼は、全身をぶるぶると震わせると、ゆっくりと私の方へ顔を向け。
『わぁ~! お姉ちゃんが小さくなってる~!!』
「わひゃあああああ!?」
ガバッと私に向かって飛びついて来ました!
とても受け止められない体になってしまったエミリに押し倒され、少し強めに地面に体を打ちつけられたせいで背中が痛みますが、私の上にのしかかって顔を擦り付けて来るエミリのもふもふな毛並みで痛みが飛んでいきました。仄かに暖かく、いつも櫛で梳かしているあの尻尾の手触りが全身の毛並みに反映されているかのようです。
このまま埋もれてしまいたいです……と思い始めていた私の耳に、おかしそうに笑うシリア様の声が聞こえてきました。
『くっふふふ! 知らぬ者が見たら慌てふためく光景じゃな!』
「うふふ! かつて最強と謳われていた神狼種に襲われている人なんて、誰も助けに入ろうと思いませんわよ!」
二人の笑い声に、エミリがびっくりしたように顔を上げてシリア様を凝視しました。
『シリアちゃんが喋った!!』
『む? おぉ、そうか。エミリに施されておった封印が消えたことで、魔力を感知できるようになったか』
『うーん? うん! よく分かんないけどシリアちゃんとお喋りできるようになったよ!』
『くふふ! これでもう、妾の言葉をシルヴィに代弁させずとも良くなるな』
どこか嬉しそうなシリア様は、『そうじゃエミリよ』と言葉を続けます。
『お主、いつもの体には戻れるか?』
『えっと、うーん……。やり方が分かんない』
『ふむ。まず、体内を巡っている魔力を感じてみよ。血の流れとは異なる感覚があるはずじゃ』
『うーん……?』
シリア様の説明を、エミリは理解しようとは頑張っているようですが、そもそも魔力とはという段階で詰まってしまっているらしく、首を傾げては困った顔を浮かべています。
私もシリア様の先祖返りという恩恵があったためになんとなく掴めたものですので、こればかりは説明のしようが……と悩んでいると、フローリア様が笑い出しました。
「簡単よエミリちゃん! 心の中で、小っちゃくなれ~! っていっぱい考えればいいの!」
『やってみます!』
『阿呆。そんなざっくりとした説明で出来るはずが――』
シリア様が苦言を呈そうとしたところ、目の前にいたエミリの姿が一瞬だけぶれ、いつもの可愛いエミリが現れました。
「わぁー! できましたフローリアさん!」
「いぇーい! 流石エミリちゃん!」
『出来るはずが、無いんじゃがなぁ……』
あっさり出来てしまったエミリを見ながら、シリア様が遠い目をしていました。あの説明で出来るとは思っていなかった私も、これには苦笑いを浮かべるしかありませんでした。
 




