13話 ハイエルフはご近所さんになる
ハイエルフの一族が住んでいる集落は、私がお世話になっている獣人の村から、北へしばらく歩いた先にありました。獣人の村とハイエルフの集落の中間を西へ進めば私の家となるので、ちょうど綺麗な三角形を描くような位置取りです。
獣人の村と異なり、彼女たちは樹の上で暮らしているようで、木々の上には他の家へ行き来するためのちょっとした吊り橋のようなものがあります。まさしく、森と共に生きるというような雰囲気でこれはこれで素敵だと思います。思うのですが――。
「魔女殿。その、揺れが怖いのであれば下で待っていて頂いても構わないのだが……」
「こ、こここ怖くないです。大丈夫です。早く行ぃぃぃ!? かないと、手遅れになるかもしれません」
「私は魔女殿が手遅れになりそうで怖いよ……」
思った以上に、この吊り橋が揺れるのです。こんなに高い場所でゆらゆらと揺らされ、足元がおぼつかなくなってしまい中々スムーズに進めません。
『お主、まさかとは思うが……高所恐怖症なのか? 飛んだ時もやたら怯えておったし』
「そ、そんなことありません。塔の方がよっぽど高ぁぁぁぁぁ!! いんですから、怖くないです」
「だ、大丈夫か魔女殿。先ほどから独り言も増えているようだが……」
「大丈夫です、早く行きましょう。早く早く」
「あ、あぁ……」
私に急かされ、スピカさんが戸惑いながらも進み始めます。元々かなり背の高い方だと思っていましたが、後ろ姿も背筋が綺麗に伸び、長を務める者としての風格が感じられます。その背中は女性でありながらも、どこか男性らしささえ伺えるほど頼もしく思えるものです。
ぼんやり考えながら恐々と歩を進めていると、横風に煽られて体勢を崩してしまいました。
「きゃっ!?」
「魔女殿!!」
私の悲鳴にいち早く反応したスピカさんが、素早く私の体を抱くようにして支えてくださいます。
「あ、ありがとう、ございます……」
「いや、やはり魔女殿に無理を強いるのは申し訳ない……。少し窮屈かもしれないが、失礼するぞ魔女殿」
「え? あの、わひゃあぁ!?」
「皆が待つ場所まではもう少しだ。このまま行こう」
こ、ここここれは、本で読んだことのある体勢です! お、お姫様抱っこです……!!
小さい頃は王子様に抱きかかえられるお姫様、というシチュエーションに憧れもしましたが、いざ自分がされる番となると、とても恥ずかしさが込み上げてきます。
「あ、あの、私なら大丈夫ですから! 皆さん見ていらっしゃいますし!」
「万が一、魔女殿が落ちて怪我でもされてしまったら、我々の立つ瀬が無くなってしまう。どうか少しの辛抱をしてくれないだろうか」
「え、いや、あの、あうぅ……」
がっちりと抱き上げられ、動くと余計に落ちてしまいそうです。私は観念して、せめて熱くなっている顔を隠そうと両手で覆い隠します。
「大丈夫だ魔女殿、誰にでも弱点はある。魔女殿のこれは可愛いものだ」
『くっふふふふふ! 花も恥じらう乙女のようじゃなシルヴィ、愛い奴じゃのう!』
二人に笑われていましたが、私には気にする余裕なんて全くありませんでした……。
長が魔女を抱きかかえながら帰ってきた。というのは案の定知れ渡ってしまい、重症の方々が寝ている場所に入った時は歓迎の言葉と共に温かい目で迎えられてしまいました。
「大丈夫よ魔女様。長は誰に対してもああだから」
「魔女様、長に墜とされてない? 禁断の恋の予感、感じちゃってない?」
「もうやめてください……。治療を中断してもいいのですか……」
治療をしながら、安請け合いするのではありませんでしたと後悔しそうにもなりましたが、何とか全員分の怪我を治した私は、スピカさんの家の中でちょっとした歓待を受けることになりました。
ハイエルフの方々は菜食主義のようで、獣人の村とは打って変わった華々しい料理が並べられ、どれも素朴な味わいでとても楽しめる逸品です。
「魔女様、これも食べてみて? 畑で獲れたてのトマトで作った口直しなの!」
「ありがとうございます。……これはちょっと酸っぱいですが、口の中がさっぱりとしますね」
「魔女様魔女様! これも美味しいのよー、アボカドのグラタン!」
「これも美味しいですね。とろっとしたグラタンにアボカドが溶けて、結構好みかもしれません」
「でしょでしょ!? あとはほら、これとか……」
「待って待って、魔女様にはこれも食べていただきたいわ!」
集落に客が来ると言うことが珍しいみたいで、あれよあれよと私の取り皿に料理が次々と乗せられていきます。
全部食べきれるでしょうかと心配になり始めた頃、奥からスピカさんが苦笑いしながら他のハイエルフの方々に割って入りました。
「すまないな魔女殿。客人が珍しいのもそうなのだが、皆貴女に治してもらえて浮かれているのだ。大目に見てやってくれないか」
「大丈夫です。皆さんとても楽しんでいらっしゃるようですし、私も楽しく頂いてますので」
「そうか、そう言ってもらえると助かるよ。……改めて礼を言わせてくれ魔女殿。皆を助けてくれて、心から感謝する。ありがとう」
「いえいえ。お役に立てて何よりです」
「長ぁ、魔女様の魔法素晴らしいわよ! 傷がみるみる治るし、とても暖かいの!」
「体の芯から温まるような、胸も温かくなるような感じ……はっ、これが恋でしょうか!?」
「バカを言うんじゃない。お前達はあっちで料理の手伝いでもしていろ」
「「はーい」」
膨れながらも笑いあって奥へと去っていく姿が微笑ましくてつい笑っていると、スピカさんが優しい目で後ろ姿を見ていました。
「こうして皆が笑えるようになったのは、怪我の治療の他にも、魔女殿が月喰らいの大熊を倒してくれたからだ。貴女は我々――いや、この森に住む者達の救世主と言っても過言ではない」
「そんな大袈裟な」
「いや、大袈裟ではないさ。事実、月喰らいの大熊のせいであちこちに被害が出ていたし、あいつが目につく物を片っ端から襲うものだから、獣人の村との交易すらままならなかったんだ。魔女殿には感謝してもしきれないよ。本当にありがとう。良ければ、今後も良好な関係でいさせてくれ」
すっと私へ差し伸べられた綺麗なスピカさんの手を、私は両手で握り返します。
「こちらこそ、今後もよろしくお願いします。美味しい果物も沢山食べさせていただきたいですし」
「ははっ、気に入ってもらえて何よりだ。では、魔女殿の家が出来上がったら引っ越し祝いに持って行くとしよう」
こうして、新しいご近所さんとなるハイエルフの方々ともお知り合いになることが出来ました。
塔を出て見知らぬ森に迷い込んだ時はどうなるかとも思いましたが、これから賑やかな日々になりそうでとても楽しみです。
森の美しき狩人といえばエルフは外せませんね!
そんな彼女達からも慕われることになり、ますますシルヴィの生活が賑やかになります。
しかし、そんなシルヴィが楽しく過ごし始める様子に、ご先祖様はどこか不満な様子らしく……。
続きは明日のお昼頃に掲載します!ぜひよろしくお願いします!




