30話 魔王様は討たれる
ですが、やはり威力に差があるようで、じわじわとレオノーラが放った槍がひび割れ始めています。
「ぐっ、うぅぅぅぅぅ……!!」
「くははは!! 無駄なあがきをせず、その身で受けよレオノーラ!!」
「お断りですわ……! これ、とんでもなく痛いんですのよ……!!」
苦しそうな表情を浮かべながら、レオノーラはシリア様の放った滅槍に対して何かの魔法を行使しました。それは滅槍の周囲に黒いモヤとなって現れ、滅槍の輝きがほんの少しずつですが弱まっていきます。
「ふん、弱体魔法とは……。魔王らしくもないのぅ」
「魔王である以前に一人の魔族ですのよ! 死なないために手は尽くしますわ!!」
「くふふ! じゃが、妾とて無策に魔力を使い切った訳では無いのじゃぞ?」
シリア様は悪い笑みを浮かべながら、私の服のポケットの中から小さなハート型の宝石を取り出しました。あれは、レオノーラに買っていただいた“蠱惑の瞳”では!?
「見よレオノーラ! これが何か、貴様が一番知っておろう!!」
「何を――あぁっ!!」
レオノーラが視線を上げ、シリア様が手にしているそれを見てしまいます。すると蠱惑の瞳が怪しく輝きだし、レオノーラをシリア様の虜に染め上げ始めます。無理やり瞳を閉じて抗おうとするレオノーラでしたが、一時的にとは言えレオノーラから魔力供給を絶たれた槍が形を保てなくなり、滅槍が彼女の胴を鋭く穿ちました。
「がっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
床に突き刺さった滅槍に体が縫い付けられ、絶叫するレオノーラ。貫かれたお腹からは血ではなく、槍と同じ色の煙が昇っています。
私は見ていられず、レナさんの頭から飛び降りてレオノーラに駆け寄りました。
『レオノーラ!!』
槍を引き抜こうと思いましたが、この体では満足に掴むことすらできません。ふわりと降りてきたシリア様に体を返して欲しいとお願いしようとした瞬間、私の意識が唐突に自分の体の中に引き戻されました。
引き戻されると同時に襲い掛かってきたとてつもない疲労感に顔をしかめると、さっきまで私がいたレオノーラの近くに、ぐったりと力なく横たわっているシリア様の猫の体がありました。
「シリア様!?」
何が起きてるのか理解が追い付きませんが、とりあえず重症そうなレオノーラからどうにかしなければいけません。再びレオノーラの元へと駆け寄り、体を縫い付ける禍々しい槍を引き抜くべく触れようとした私に、レオノーラが鋭く声を上げました。
「触ってはなりません!!」
彼女の声に驚き、動きが一瞬止まります。レオノーラは苦しそうに呻きながらも、私を見返しながら言いました。
「これは、触れた者の肉体を滅ぼす呪われた槍ですの……。例え先祖返りの貴女と言えども、呪いの対象となってしまいますわ……」
「そんな……! で、では治癒を」
「無理ですわ。貴女のその体に、魔力なんて残っていませんもの……。それに、治癒も呪いで無効化されますのよ。本当に嫌な槍ですわ……」
レオノーラに言われて初めて、自分の体に自由に使える魔力が残っていないことに気が付きました。シリア様の先ほどの詠唱で口にしていた「我が魔力を喰らい」と言う部分は、恐らく私とシリア様で共有している全魔力を指していたのでしょう。
シリア様がぐったりとしているのは、私がシリア様に割けるリソースがほぼ無いためだと分かり、シリア様については一安心です。
ですが、レオノーラに刺さっている槍は抜けませんし、治癒もできません。完全に手詰まりの状況に打ちひしがれている私へ、レオノーラが脂汗を浮かべながらも笑いかけてきます。
「そんな顔をしないでくださいませ。私は魔王。不滅の魂を持つ者ですのよ? この体が滅んでも、魂は滅びませんわ」
「でも、それは死んでしまうことに変わりが無いのでは」
「ふふ、そうですわね……。形としては、死と変わりありませんわね」
そう笑う彼女の体は、下半身側から徐々に槍の呪いで黒い塵になり続けています。どうすることもできない私は、消えゆくレオノーラを見ていられず顔を背けてしまいました。
ですが、まるで最後まで見て欲しいと言うかのように、彼女の力のない右手がそっと私の頬に触れてきました。
「レオ、ノーラ……」
「シルヴィ。私の、大好きなお友達。願わくば、貴女とまた遊べる日が来ますように……」
その言葉に、私は涙を堪えきれませんでした。ぼろぼろと大粒の涙を零しながら、レオノーラの右手をぎゅっと握り返します。
レオノーラは最後に幸せそうに笑って見せると、残されていた半身も全て塵となって消えていきました。
出会って僅か数日しか経ってませんが、一緒に過ごした時間はとても楽しいものでした。
初めて街を歩き、食べ歩きをして、普通の女の子としての遊び方を教えてくれたレオノーラ。
悪戯が大好きで、最後の最後まで悪戯を楽しんでは笑顔を浮かべていたレオノーラ。
メイナードの存在や、私の魔力に驚いたり呆れたりしながらも、一人の人間として接してくれたレオノーラ。
そのレオノーラはもう、いなくなってしまったのです。
「う……うぅ、うあぁぁぁぁぁぁぁん…………!」
もっと、魔族の事を教えて欲しかったです。
もっと、一緒に食べ歩きや買い物を楽しみたかったです。
もっと、私が知らない話を聞かせて欲しかったです。
二度と叶わなくなってしまったという現実に、私はただ、泣き続けるしかできませんでした。




