28話 ご先祖様は怒り狂う
『むぐむぐ……。何とも変わった味わいじゃな。仄かな酸味と程よい甘さが中々に美味い』
「あ、あの、シリア様……」
何と声を掛けるべきか分からず、どうしようかとレオノーラに視線を送ると。
「……っふ。うっふふふ……ふふふ……!」
今にも笑い出しそうな感情を必死に堪えてはいるものの、最早かなり漏れ出していました。
それは隣で食べているシリア様に気づかれないはずもなく――。
『なんじゃレオノーラ。気持ちの悪い声で笑いおって……』
「うふっ、ふふふふっ! もう、もう我慢できませんわ! あっははははは!!」
突如笑い出したレオノーラに、私以外の全員が顔を上げて呆然としています。
もう嫌な予感しかしないので、レオノーラを止めようと口を開いた瞬間、「シルヴィは黙っていてくださいまし」ときつく目で語られてしまい、それ以上何も言うことが出来ませんでした。
ごめんなさいエミリ。ごめんなさいエルフォニアさん。ごめんなさいシリア様。もう食べてしまってる三人に、私はとても顔を合わせることが出来ません。
私以外の全員の視線を受けながら、レオノーラはシリア様のお皿を指さしながら高らかに言いました。
「その黒い粒のお菓子、何かご存じでして!? はいシリア! お答えくださいませ?」
『何と言われてものぅ……。ただの豆の菓子では無いのか?』
「違いますわ! 大外れですわ!!」
もう楽しくて楽しくて仕方ない、と言うようなテンションでレオノーラは立ち上がり、わざとあくどい顔を浮かべながら正解を発表します。
「それは全身毛むくじゃらの人型魔獣、イエティのはなくそ……ですの!!」
微妙に聞こえるか聞こえないかの小声で、イエティのはなくその後に「という名前のお菓子」と付け足してはいましたが、他の部分の声量が大きすぎたせいで完全にお菓子ではないものだと認識させられそうです。
正体を知っている私ですらその言い方は……と思うと言うことは、それを知らない人がどう反応するかと言うのは言うまでもありません。
「は、はな……! お、お姉ちゃん! わたし、はなくそ食べちゃった……!!」
本当にごめんなさいエミリ。それは食べて大丈夫なお菓子なのですが、そんな泣き出しそうな顔でどうしたらいいかと訴えられると良心が痛みます。
一方で、エルフォニアさんは。
「ふぅん……これがイエティのはなくそなのね。食用となるのは新しい発見だわ。何かに使えるかしら」
マイペースに観察しながら、もう一粒口に放り込んで触感や味を確かめています。何と言うか、本当に動じない方ですね、エルフォニアさん……。
そして一番反応を見たくないシリア様と言いますと。
『きっ、貴様、貴様ァ……!!』
やや涙目になりながらも、怒りで全身の毛を逆立ててレオノーラを射殺す勢いで睨みつけていました。思いっきり食べてしまっていた以上、吐き出そうにも人前だから吐き出せないが故に、怒りとしてぶつけると言った反応でしょうか。
そんな被害者の面々を見ながら笑い転げているレオノーラの反応が、遂にシリア様の逆鱗に触れてしまいました。
シリア様はすっと立ち上がると、一歩一歩ゆっくりと足を運びながら私の元へ寄ってきて、今まで聞いたことが無いような低いトーンで私に命じてきます。
『シルヴィよ。今すぐに体を妾に渡せ』
「は、はい」
とても拒否できない威圧感に押され、シリア様と体を入れ替わります。
私の体の主導権を手に入れたシリア様は、乱暴に首のチョーカーを投げ捨てながら立ち上がり。
「塵となり消え失せよっ!!!」
いきなりレオノーラに向かって、魔法で作り出した爆炎を投げつけ始めました!
「きゃあ!! い、いきなり何をしてきますの!? 暴力反対ですわ!」
ですが、レオノーラは攻撃されるのを分かっていたらしく、片手でそれを掻き消しながら席を立ち、後方に素早く飛び下がりました。
その着地を狙って再びシリア様が魔法を行使し、今度は足元から炎の渦を登らせ彼女の体を包み込みます。
「貴様という奴は絶対に許さん!! 再び妾の手で葬ってくれようぞ!!」
「あっつ! ……もう! 本っ当に冗談が通じない堅物ですわね!! 場所を変えますわ!」
渦を搔き消しながら無傷で姿を現したレオノーラは、自身とシリア様の足元に魔法陣を出現させると何かの呪文を小さく詠唱し、二人の姿が一瞬で消えてなくなりました。
『シリア様!? レオノーラ!?』
「あらあら、喧嘩かしら」
「うわぁー……シリアの本気、ちょっとどころじゃなく怖かったわ」
「お姉ちゃん、またどこか行っちゃった……」
その様子を見ていた三者三葉の反応に何とも言えない気持ちになっていると、クッキーを咀嚼していたエルフォニアさんが状況をまとめてくださいました。
「ん……。シリア様は魔王様と一緒に玉座の間にいるわ。魔力の乱れが激しいから、恐らく戦闘中かしらね。あとエミリちゃん、あなたのお姉さんはそこの猫よ」
「あ、お姉ちゃん今は猫ちゃんだったの!?」
『はい。と言っても聞こえないと思いますが……』
エルフォニアさんの説明でとりあえず安心したらしいエミリは、私を抱きしめながらホッと息を吐いています。
ですが、とても安心していい状況ではありません。私はこの場の全員に向けて言いました。
『急いで玉座の間へ向かいましょう! 私が案内します!』
「あぁっ、お姉ちゃん待って!」
エミリの腕の中から抜け出し、部屋を飛び出します。先導しようと走っていたつもりですが、猫の体で走るということに慣れていないせいか、すぐに皆さんに追い付かれてしまいました。
「全然急げてないから! よいしょ、っと」
『レナさん!?』
走っていた私の体を、後ろからレナさんに掴まれて彼女の頭の上に乗せられました。エミリのような耳と耳の間に体が収まり、もふりとした耳の感触が心地よく……と落ち着いている場合ではありません!
いつもの全速力よりはかなりスピードが落ちてはいるものの、私を落とさないように気を使って走るレナさんが問いかけてきます。
「こっちの方が早いでしょ! で、どっち行けばいいの?」
『すみません……。そこの角を右です!』
「了解!」
振り落とされないように彼女の頭にしがみつきながら、玉座の間へと案内します。
近づくにつれて、薄っすらと爆砕音と怒鳴り声のようなものが聞こえてきます。二人とも、本当に大丈夫でしょうか……。




