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25話 魔王様は会議をする

 魔王であるレオノーラの開始宣言を以て、魔族の重鎮達による深夜の会議が開始された。

 書記担当であるクローダスが隣の席に着いたのを確認し、レオノーラは手元の書類を捲りながら議題を提言する。


「では、まずは各地の財政状況から。財務官、報告を」


「はっ」


 財務官と呼ばれた暗く赤色の髪を持つ女性は、サキュバスを彷彿とさせる尻尾を揺らしながら立ち上がり、髪を耳の裏に掛けながら報告を始めた。


「本年度は各地の財政は例年に比べて安定しています。しかし、人間領に接している地域がやはり微減しており、これは度重なる小競り合いによるものと推測されます」


「仕掛け側は?」


「いずれも人間側です。報告によれば、魔族領に迷い込んだ人間の子どもがいたそうなのですが、健康状態が著しく悪かったため手厚く介護をしていたところ、酷く懐かれてしまったそうで帰ろうとしなかった模様です」


財務官の女性は疲れたように息を吐き、言葉を纏める。


「魔族側の介護を誘拐と。そして、親元を探すための調査を敵地偵察と捉えた人間側が、魔族による侵略行為として開戦となっておりました」


「相も変わらず、聞く耳を持ちませんわね……まぁいいですわ。では、該当領地への予算の割り当てを二割ほど増やして差し上げなさい。軽微な戦争とは言え、それによって領民が苦しむのは看過できませんわ」


「かしこまりました」


「他に報告は?」


「特筆事項はございません」


「そう。では今後も任せましたわ」


「はっ」


 レオノーラへ深く頭を下げ、席に座る財務官の女性。

 彼女が座ると同時に再び書類を捲り、次なる議題へと移る。


「では次、慢性的な食事事情の改善について。これは環境官からでよろしくて?」


「はっ。僭越ながら、私からご報告させていただきます」


 レオノーラの視線を受けた屈強な巨躯の男性が立ち上がる。その肌は種族特有の赤みを帯びていて、彼の頭上には小さ目ではあるが天を突く角が生えていた。一言で彼を現すならば、鬼と言えよう。

 そんな彼は男性用のスーツに身を包んでいるのだが、鍛え上げられた肉体を抑えきれないとスーツが悲鳴を上げていた。


「既に魔王様も把握されておられます、魔族領における食事事情の問題ですが、こちらの改善の目途が僅かながら立ちました」


「と、言いますと?」


 鬼の男性はサングラスを片手で直し、自身が力を入れていた事業について報告する。


「魔獣園の従業員と共同開発を行い、室内での緑黄色野菜の作成に成功しました」


「まぁ! お手柄ですわ!!」


 レオノーラの歓喜の声に軽く会釈をするも、男性の顔は険しいままだった。


「ですが、あくまでも実験が成功したという段階に過ぎず、実用化へ漕ぎつくまでにはまだ時間がかかります。ですので、安定したことを確認後に正規運用を開始したとしても、その野菜が行き届くようになるのは早くても来年以降になるかと」


「そう。でも、そこまで辿り着けたのは魔族にとっても大きな前進ですわ。今季の褒賞は弾みましょう」


「あ、ありがとうございます!!」


「そして、その問題についての打開策は私も持ってきておりますわ」


「打開策ですか?」


 彼の言葉に頷いたレオノーラは、現在国賓として魔女であるシルヴィを招いていること、彼女がハイエルフと懇意の仲であることを伝えた。その報告に、室内は驚嘆と歓喜でにわかに盛り上がりを見せた。


「静まりなさい。作物の育成に強いハイエルフと繋がりがあるというだけで、我々魔族へ力を貸すとは決まっていませんわ」


 レオノーラの補足に、再び室内に沈黙が戻ってくる。そんな中、やや痩せ気味の青黒い肌の魔族がおずおずと手を挙げた。


「魔王様、お聞きしてもよろしいでしょうか」


「なんですの?」


「その魔女は、本当に信用して良いのでしょうか。我々の内部を知るために潜り込ませてきた、人間側の――」


 スパイではないのか? と言いかけた彼を、レオノーラの眼光が威圧するように射貫く。まるで心臓を握りつぶされるかのような錯覚に陥ったその男性は、顔を青ざめさせながら息を飲んだ。


「口が過ぎましてよ。彼女は国賓であると同時に、私の友ですの。それを疑うと言うことは、魔王を疑うものと心得なさい」


「も、申し訳、ございませんでした……」


 魔王への背信は問答無用で斬首。シルヴィへの懐疑心も同義であると告げられた男性は、己の軽率な言動を猛省した。

 魔族の王たる彼女から、絶対的な信頼を勝ち取っている魔女は只者ではない。と共通認識が出来たのを確認したレオノーラは、普段通りの表情に戻して脱線した話を正しい路線へと誘導する。


「とりあえず、ハイエルフとの繋がりがあると分かった以上、彼女達の協力を仰げないかと橋渡しを頼むつもりですわ。ですので環境官、貴方はこれまで通りに室内栽培の研究を進めなさい。ハイエルフには私自ら話をつけに行きますわ」


「はっ」


「では次に進めますわ。次は……あぁ、人間との交友関係の強化についてですわね」


 書類を捲り、ざっくりと目を通した彼女は深く溜息を吐いた。


「誰ですの? この“人間と魔族で数名交換し、文化や生活を学ばせる”とかいう無謀な案を出したのは」


 レオノーラは、これまでにも何度も似たような行為を人間側に提案したことがある。だが、魔族を理解する気が無い人間としては、殻に閉じこもったままの現状の方が安全だと主張しており、自分達から侵攻を仕掛けてきた割には、外交に奥手になっているせいで取り付く島もなかった。


 呆れるレオノーラに、すっと挙手をしながら立ち上がった女性がいた。

 その女性は紺色のフードで顔を隠し、体全体も同色のローブで覆っている。僅かに腰元で動いている細長い尻尾が、彼女も魔族であると示せている程度だった。


 立ち上がった女性に、レオノーラが胡乱(うろん)な目で見ながら問いかける。


「どういうつもりですの? まさか、無策で提案した訳ではありませんわよね……観測官?」


 観測官と呼ばれた女性は小さく頷き、ぽつりぽつりと説明を始めた。


「観測した未来では……魔族の学校に、人間が数名混じって講義を受けていました。そして、それを実現させるための架け橋となっていたのは……魔女シルヴィです」


 思わぬところで出てきたシルヴィの名に、室内にどよめきが生まれた。それはレオノーラも例外ではなく、机に身を乗り出して食い気味に問い詰める。


「どういうことですの!? 近い未来、あの子が私達魔族と人間を繋いでくれると言うことですの!?」


「は、はい……。それを観測した時期では、冬頃でしたが、彼女が人間と接点を持つようになったのは、秋頃でした……」


「あぁ……シルヴィ。貴女は本当に、私達の救いの女神ですわ……」


 天を仰ぎ、感極まった顔を見せまいと手で覆うレオノーラ。

 どのような経緯があって彼女が人間と接点を持つようになるのかは分からないが、少なくとも最大の懸念点であった世界の融和への一歩は踏み出せるらしく、レオノーラはこれ以上ないほど安堵していた。


「観測官。彼女が人間と接点を持つために、私達が何かする必要はありまして?」


「いえ……。魔女シルヴィが自ずと接点を持つので、我々からアクションを起こす必要はありません……」


 その言葉に、室内で会議に参加していた人物は全員胸をなでおろしていた。

 中には魔女を恐れていたが故に、関わり合いになりたくないという思いを持っていた者もいたかもしれないが、レオノーラはそれを気にしようともしなかった。


 ようやく、真の意味で世界に平和が訪れる。

 異なる種族同士が互いに助け合い、共存する道へ進めるのだ。


 二千年以上も魔王として君臨し続け、どの時代でも成し遂げられなかった悲願が、たった一人の少女によって運命を切り開かれることになる。彼女にとっては、これ以上ない喜びだった。


 レオノーラは何とか涙を押し留め、平静を保って全員に告げる。


「……観測官の未来観測が外れたことはありません。これは決定事項ですわ。来たる人員交換に備えて、各自受け入れの準備を進めるように!」


「「「はっ!!」」」


 後は人間が魔族に怯えずに歩み寄れるよう努力をするだけですわ、と自身に言い聞かせて書類を捲ろうとして、今のが最後の議題だったことに気が付いた。


 レオノーラは立ち上がり、全員を見据えながら議会の閉幕を宣言する。


「膠着していた状況が、一気に変わろうとしていますわ。ここで臨機応変に動けなければ私達に未来はありません。魔族の未来のため、ひいては世界のためにも、持てる策を全て使って励みなさい!」


「「「はっ!!」」」


「それでは、今日はこれで終わりにします。夜も遅い中、ご苦労様ですわ。気を付けて帰ってくださいまし」


 魔王からの労いに全員が深く頭を下げ、一人、また一人と会議室を後にしていく。


 そしてレオノーラとクローダスのみが残った部屋に。


「ん~~~~~~!! やりましたわ、やりましたわぁぁぁぁぁ!!」


「ま、魔王様! 落ち着いてください!!」


 彼女の歓喜の声と、飛びつかれて対応に困っている彼の声だけが響いていた。

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