24話 魔王様はご満悦
立ち込めていた土煙や燐光が徐々に薄れていき、中から姿を現したのは、お腹の上のレオノーラに見下されているメイナードの姿でした。彼の両翼は槍で地面に縫い付けられていて、完全に詰んでいる状態のようです。
一方で、レオノーラの方はかすり傷はところどころあるものの、ほとんど無傷と言って差し支えありません。
あのメイナードが、こうも完敗してしまうなんて……。
もう少し接戦になるかとも思っていたので、驚きを隠せません。
遠巻きに呆けている私を見て、レオノーラが満足そうに声を上げながらメイナードから飛び降りました。
「はぁ~! これだけ派手に運動できたのは久しぶりでしたわ! 私もまだまだ現役ですわね!」
『流石は魔王様です。この我が手も足も出ずに負けるとは』
「あら、これでもあと数瞬判断が遅れていたら致命傷だったこともありましてよ? 天空の覇者の名は伊達ではありませんのね」
互いに称え合いながら、レオノーラが槍を消し去ってメイナードを自由にします。地面から解き放たれたメイナードは翼を大きくはためかせて飛び上がるも、貫かれて穴が開いているせいでふらふらと墜落しました。
私はメイナードに駆け寄り、翼の穴を対象に治癒を施します。
『すまない主』
「いえいえ。レオノーラが相手では無理もありません」
『……我は今まで、自分よりも強い個体と戦ったことが無かった。例え魔王様であろうと、どこかで勝てるだろうと高を括っていた。だが、やはり魔王様は桁が違った。我が生きてきた中で、初めての敗北だ』
メイナードがこんなに饒舌になるなんて珍しいです。最強の名を欲しいがままにしていた彼にとって、負けてしまったことがよほど悔しかったのでしょう。
いつもの堂々とした彼らしさが感じられない背中を撫でながら、優しく労います。
「負けたとしても、メイナードは私の頼れる使い魔には変わりません。今回は負けてしまいましたが、次に挑むときには一矢報えるように頑張ればいいではありませんか」
『……ふっ。フローリア様の受け売りか』
「ふふ。バレてしまいましたか」
鍛錬で上手く出来なかった私に、フローリア様が同じようにいつも励ましてくださっていたのを真似てみたのですが、メイナードには気づかれていたようです。
ですが、心なしか嬉しそうな顔を浮かべたメイナードは、特に返事はせずに小さく鼻を鳴らしていました。
そんな私達を眺めていたレオノーラでしたが、ちょっと拗ねたような声を出しながら私達の方へと歩み寄ってきました。
「もぅ! 勝ったのは私でしてよ? お友達なんですから、褒めるくらいの褒美をくれてもよろしいのではなくて?」
「レオノーラも凄かったですよ。メイナードをこうも簡単に倒してしまうなんて」
「簡単ではありませんわよ! カースド・イーグルが放つ燐光には幻惑効果があるので、同時に何体も相手にしてる気分でしたわ!」
ぷくーっと頬を膨らませて抗議の声を上げるレオノーラに苦笑で答えます。
「あ、メイナードの傷が塞がったらレオノーラのそれも診ましょうか?」
「どれですの?」
「脇腹のその切り傷、メイナードとの戦闘で付いたものですよね?」
私がそう尋ねて、初めて気が付いたと言わんばかりの顔を浮かべたレオノーラは、困ったように言いました。
「せっかくの外出着でしたのに……。まさか被弾していたとは気づきませんでしたわ」
「ふふっ。よかったですねメイナード、一発は当たってたみたいですよ?」
『……あのような傷では致命傷にならん』
「まぁ! 致命傷ではなくとも痛いことは痛いんですのよ!? シルヴィ、メイナードの手当が終わったら私にも治癒をくださいませー!」
「わわっ、急に抱き付かないでください!」
心行くまで戦闘を楽しめたレオノーラ達は、どこかスッキリとした顔をしていました。
結局、私が保有している魔力のせいで魔獣に会えないため、この日は早々に切り上げて魔王城へと帰りました。
食事とお風呂も済ませ、後は寝るだけと言った状態になり、昨日同様にレオノーラの華奢な体を抱きしめてベッドに潜り込みます。
「ふぅ~……。今日はかなり暴れたので、いい夢見になりそうですわ」
「それは良かったです」
「明日はシルヴィも私と一戦交えてみます?」
「い、いえ……遠慮しておきます」
「クスクス! 冗談ですわ。ただでさえ魔女との暗黙のルールを破ってしまっているのに、さらに私が破ろうものなら魔族に示しがつきませんもの」
冗談めかしてそうは言ってますが、少し残念そうな顔をしながら言わないでください。仮に暗黙のルールが無かったら挑まれていたと思うと、ゾッとしてしまいます。
私の反応を楽しんだレオノーラは、私の頬をそっと撫でながら優しい顔つきで話しかけます。
「シルヴィ。どうか、これからも私と仲良くしてくださいまし。魔王としてではなく、レオノーラという一人の魔族としてのお願いですわ」
「……はい。私こそまだ会って日も浅いですが、これからも仲良くしてくださると嬉しいです」
レオノーラはにっこりと笑うと、手を布団の中へ引き、小さく寝息を立て始めました。
魔王との謁見、そして破られた暗黙のルールの対応。一時はどうなるかと気が気ではありませんでしたが、こうして友達と言う良好な関係が築けて安心しました。
近い内にシリア様達が魔王城へ来て私は帰ることになるのでしょうけれども、個人的にもレオノーラとは友達として付き合いを続けていきたいものです。
私も彼女に続いて瞳を閉じ、夢の中へと意識を放つことにしました。
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「……寝ましたわね」
シルヴィとメイナードの規則正しい寝息が聞こえるのを確認したレオノーラは、寝たふりを止めてベッドの中からするりと体を抜け出した。
起こさないように細心の注意を払いながら部屋を移動し、そっと扉を開けて部屋の外へ出る。
部屋の外では、先日の影……クローダスが片膝をついて待機していた。
「お待ちしておりました、魔王様」
「えぇ。それでは参りますわよ」
レオノーラの言葉に頷き、彼女の後に続いてクローダスも移動を開始する。
移動の最中に身支度を整える衣装変化の魔法を行使し、魔王として相応しい格式のある深い青色のドレス姿に身を包んだレオノーラは、背後のクローダスに声を掛ける。
「それで? 今回の出席状況は?」
「幸い、全員が出席となっております。既に議席には着いておりますので、残るは魔王様のみとなります」
「そう。それは結構ですわ」
やがて二人は、シルヴィが眠っているレオノーラの寝室の階下にある、大会議室へと辿り着いた。
重厚な扉をクローダスが押し開け、レオノーラがその中へと足を踏み入れる。
彼女の到着と共に、席に着いていた魔族が一斉に立ち上がり、深々とレオノーラへと首を垂れる。
その様子を気にすることなくレオノーラは部屋の奥へと歩を進め、部屋の全体を見渡せる中央席へ腰を掛けた。
彼女が座ると同時に、他の魔族も頭を上げて席へ座り直す。
そして、全員が席に着いたのを見計らい、レオノーラは口を開いた。
「では――魔族の行く末を握る方針を定める会議を、始めますわ」




