20話 異世界人達は変装する 【レナ視点】
夕方。昨日の魔族――ゲイルがへこへこと頭を下げながらウチの前にやってきた。
「すいません、遅くなりました」
『構わぬ。むしろ、先に貴様の耳に入れねばならぬ情報がある』
「何でしょう?」
『シルヴィについてじゃが、あ奴は一足先に魔王城へ連れていかれておる。もうここにはおらん』
「あ、もう向かわれて――え? 待ってくださいお師匠さん。連れていかれたってどういう事ですか?」
『言葉通りの意味じゃよ。貴様が来るよりも早く、魔王城から何者かが来ておったようでな。ちょうど外に出ていたシルヴィを連れ去りよった』
「うぇ!? 魔王様、この件は俺が責任を持って連れてくるようにと仰せだったのに……」
困惑するゲイルは後ろ頭を掻きながら、昨日通話に使っていた指輪で話し始めた。
「あ、お忙しい中失礼します魔王様! ゲイルです! その、先日の魔女の件なのですが……え? あ、はい。今さっき俺も聞かされたばかりでよく分かってないんですが……」
……なんか、ゲイルの電話対応を見てると商社のサラリーマンを彷彿とさせるのよね。電話なのに頭下げまくったり、誰も見てないってのにいきなり気を付けをしたり。
ひとしきり魔王に頭を下げ終えたゲイルは、深く息を吐きながらあたし達に向き直って言った。
「確かに、お師匠さんの仰る通り魔王城にいるそうですわ。今写真を送るとか仰ってましたが……」
ゲイルの言葉と同時に、あたしのウィズナビから子猫の鳴き声が上がった。
ポケットから取り出して画面をタップすると、シルヴィのルームに未読が一件追加されている。続けてタップして中を確認すると。
何故か家を飛び出した時とは異なる服装で眠っているシルヴィと、見たことのない女の子が自撮り風の写真を送ってきていた。
え? この青紫色の髪の子が、もしかして魔王な訳?
『何が送られてきた。妾にも見せよ』
あたしの微妙な表情を読み取ったシリアが、ひょいと肩に飛び乗って画面を覗き込んでくる。そして画面の中のツーショットを見て、深い溜め息を吐いた。
『……ったく、あ奴はまるで成長しておらんな。見た目こそ当時とは異なるが、中身は全く変わっとらん』
「じゃあこの人が魔王なんだ」
『うむ。こ奴が魔王――レオノーラ=シングレイじゃ』
「どれどれ? 私も見たい見た~い……あら! 随分と可愛い子じゃない!」
「フローリア、魔王はきっと可愛くないとか言ってなかった?」
「え~? 言ったかしら? 覚えてない! えへっ☆」
このお気楽女神は……。
可愛らしくおどけるフローリアに呆れつつも、とりあえず無事らしいシルヴィにほっと胸を撫でおろすことが出来た。
あたしは送られてきた写真を見ながら、ふと思った。
そう言えばシルヴィの寝顔ってあんまり見たことが無かった気がする。部屋が違うって言うのはあるけど、誰よりも早く起きて誰よりも遅く寝てるから、あまり寝顔を見る機会が無かったのよね。
せっかくだし保存しておこうと思った矢先。
突然、送られてきた写真が「送信が取り消されました」の文字と共に消されてしまった!
「あ、あぁー!? せっかく保存しようと思ったのに!!」
『なんじゃレナ、いきなり騒ぐでないわ』
「くぅぅぅぅ……。いいわよ、今度こっそり撮ってやるんだから……」
ジト目でシリアに見られながらも、あたしはいつかシルヴィの寝顔を収めてやると固く決意した。
そんなあたしの傍らで、髪を弄びながら暇を潰していたエルフォニアが、ゲイルに声を掛ける。
「それで領主さん、結局魔王城に行く話はどうなったのかしら」
「あぁ、ええっと。魔王様より、ご家族全員で来ても構わないと承っています。ただし、魔女や人間の姿で来られると混乱を招く恐れがあるので、あの兎人族に変身する魔法を使って来るようにと」
「分かったわ。申し訳ないけどシリア様、作っていただいていた魔道具を頂けるかしら」
『うむ。お主の分は出来ておる……。ほれ』
シリアがあたしの肩をぽんぽんと前足で叩くと、エルフォニアの顔の前に黒いチョーカーが現れた。シルヴィのアレは付いていた宝石の色が赤だったけど、エルフォニアのはアメシストのような紫色の宝石だった。これはこれで綺麗だと思う。
「ありがとう。早速使わせてもらうわ」
エルフォニアが受け取ったチョーカーを自分の首に着けると、シャンパンの栓が抜けたような音と共に彼女の体を白い煙が包み込んだ。
その煙が徐々に薄れていき、完全に晴れて中から出てきたのは。
『ふむ。見立てとしては悪くないと思っておったが、中々に似合っておるではないか』
「ふぅん……。サキュバスなのね、悪くないわ」
ひょろりと細長く、先端にハートが付いている黒い尻尾を垂らし、発煙の拍子で飛んだ帽子で隠れていた頭には、魔族を象徴とする立派な角が頭の形に沿って生えているエルフォニアの姿があった。
エルフォニアの大人びた雰囲気にサキュバスのそれが加わったせいか、いつもと変わらない魔女服なのになんだか色気のある印象を感じちゃう。あたしが男だったらドキッとさせられてたかも。
あたしでもそう思うってことは、女好きな我が女神様が黙っていられる訳もなく。
「やぁぁぁぁん! エルフォニアちゃんすっごい可愛いわ! ねね、出発前にお姉さんとイイコトしない!?」
「……それはレナの担当よ。私では役不足だわ」
「そんなこと無いわよ~! レナちゃんはとびっきり可愛いからいつ食べても美味しいけど、今のエルフォニアちゃんはいつもの八割増しで美味しそうだわ!」
「レナ、この女神様何とかしなさいよ。あなたの担当でしょう?」
「今日はエルフォニアの気分なんじゃない? 知らないけど」
フローリアに抱き付かれて頬擦りされながら、鬱陶しそうにあたしに言ってくるエルフォニアを流してシリアに聞いてみる。
「ねぇシリア。あたしの分ってある?」
『うむ。いつか使うかと、お主の分もついでに作っておったぞ。よもや、こうも早くに使う日が来るとは思わんかったが……ほれ、レナのはこれじゃ』
流石シリア! 何もしないどこかの色欲魔とは違うわ!
シリアはあたしの肩を再び前足で叩き、あたしの目の前にチョーカーを出現させた。それを手に取ると、エルフォニアのとはまた違ってピンク色の宝石が付けられているのが分かった。もしかして渡す人用にイメージカラーとか考えてたのかな。
ひょいっと飛び降りて装着を促すシリアに、少しワクワクしながらチョーカーを着けて見せる。すると、エルフォニアの時同様に音と煙が発生して、あたしの目の前が煙で見えなくなった。
これと言って体のどこかが変わったような気がしないなと思いながら待っていると、煙が晴れてあたしの姿を見たエミリが声を上げた。
「わぁー! レナちゃん、お揃いだぁ!」
「お揃い?」
「うんっ! わたしと一緒の耳と尻尾!」
嬉しそうに顔を輝かせるエミリ。その言葉にあたしはウィズナビを取り出し、インカメモードにして自分の姿を確認する。
画面に映ったのは、あたしの髪と同じ茶色で三角の耳と、同じく茶色のもっふもふな尻尾が生えたあたしだった。
ウィズナビをしまって、試しに尻尾を触ってみる。……やばいこれ、エミリに負けず劣らずのもっふもふだわ! 長さも地面スレスレまであるし、抱きながら寝られるんじゃないの!?
そんなことを考えていると、もういい加減慣れた胸囲の暴力にあたしの顔が襲われた。
「レナちゃああああああああん!!! はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!! なんて、なんて可愛いのレナちゃん!!」
「ぐるじ……フローリア、いつもよりやばいって……!」
「もふ度抜群! 手触り最高! これは今夜寝られないわぁぁ!!」
「し、シリア……魔王城行く前に死んじゃう……助けて……」
『やめんかド阿呆!! 貴様だけ留守番させるぞ!!』
「ぷぎゅぅ!!」
シリアキックがフローリアの頬に突き刺さり、変な声を上げながら吹き飛ばされていった。あたしは肩で息をしながら、シリアに確認を取ることにする。
「はぁ……。えっと、これであたしとエルフォニアは、魔女って認識されないのね?」
『うむ。今回はシルヴィの物の失敗を踏まえ、程度魔法の行使はできるようにしてある。主らを知らぬ者が見る限りならば、魔女であることは気づかれぬはずじゃよ』
「おっけー、ありがとシリア」
「シ~リア~、私は私はぁ?」
ふらふらと帰ってきたフローリアに、鼻で笑いながらシリアが答える。
『貴様は自分で神力を隠せ。仮にも女神ならば、それくらい出来るじゃろう』
「えぇ~? 私も変身したかったなぁ……。シリアのけちんぼ」
『何とでも言うがよい。さて、これで妾達の準備は整った。あとは魔王城へ向かうのみじゃが、貴様に案内を任せて良いのか?』
シリアに鋭く睨まれたゲイルは、びくりと体を竦ませながらも頷いた。
「はい! 道中は俺が案内させていただきますんで! ただ、人数が多いんで魔王城までの転移は使わず、数日かけての移動になりますが大丈夫ですかね……?」
『まぁ良かろ。レナもエミリも旅感覚で楽しめるじゃろうし、エルフォニアも魔族の文化に触れるのが楽しみじゃろうよ』
「そうですか。なら、早速移動しましょうか。ちょっと森から出るために、一回だけ大型転移を使わせていただきます。皆さん、俺の近くに寄ってください」
ゲイルに促され、あたし達はゲイルと一人分も無いくらいに距離を詰めた。
程よい距離であることを確認したゲイルは、小さく何かを呟くと足元に大きな魔法陣を展開させ始める。それはどんどん眩い光を放っていき、目を開けてるのが眩しくて辛くなってきた。
「それじゃ、森の外まで行きます! 転移慣れしてない人は目を閉じていてくださいね!」
固く目を閉じると同時に、一瞬だけ体が無重力状態になり、あたし達の姿は強い光で覆われた。




