17話 魔女様は騙される
猫吸いを満喫した私達は、だいぶいい時間になってしまっていたこともあり、お土産コーナーに訪れています。
中では、入口付近で付けている人を見かけた付け耳だったり、先ほどのアラクネの糸を使った織物などが販売されています。
多すぎる品揃えに圧倒されてしまい、どれをお土産とするべきか悩み続ける私へ、レオノーラがいくつかの商品を手にして声を掛けてきました。
「確かシルヴィには幼い義妹がいましたわよね? なら、子ども向けのこれなんていかがです?」
「可愛いぬいぐるみですね。さっきのケルベロスですか?」
「えぇ。ですがただのぬいぐるみではありませんのよ? ここのお腹をグッと押すと……」
レオノーラがぬいぐるみのお腹を強く押した瞬間。
ケルベロスの三つの頭から、同時に小さく火が出てきました!
「ちょっとした着火用にも使える優れものですわ!」
「さ、流石にエミリにそれを渡すのは危険なような気がします」
「残念ですわ、それなりに可愛くて便利ですのに……。なら、ご家族全員に平等に分けられる焼き菓子とかもありますわ」
「これは……。園内にいた魔獣をかたどったクッキーですか。とても愛らしい見た目です」
「味も悪くありませんし、定番のお土産のひとつですわね。……あぁ、お菓子と言えばオススメしたいのがありますの。少しお待ちくださいませ?」
そう言い残したレオノーラが奥の方へと向かい、小さな小袋を手に戻ってきました。
彼女はその小袋から中身を摘まむと、それを私へと差し出してきます。
「試供品ですわ。食べてみてくださいませ」
「いただきます」
受け取ったそれは、小指の爪サイズに丸められたお菓子のようです。口の中へそれを放り込み、舌で転がしながら味を確かめると、ほんのりと酸っぱく、それでいて甘い不思議な味わいでした。
ぐにっとした感触を楽しみながら飲み込み終えた私は、レオノーラへ感想を述べます。
「面白い味のお菓子ですね。何というお菓子なのですか?」
「うふふ! 飲み込んでしまいましたわね!?」
……なんだか嫌な予感がします。
悪戯に引っ掛かった相手をからかうような笑みを浮かべたレオノーラは、私にお菓子の正体を教えてくれました。
「それはですね、“イエティの鼻くそ”と言いますの!」
「はなっ……!?」
なんてものを食べさせたのですかあなたは!?
私は途端に気持ち悪くなったような気がして、口元を抑えながらお手洗いを探します。しかし、店内にはそれらしき表札や案内は見当たりません。
たまらず外へと駆けだそうとする私の手を、レオノーラが強く引き留めます。
「お待ちなさいな! 話は最後まで聞くものですのよ!」
「だ、だって、コレを吐き出したくて……!」
「もう! そんなことを言うと、店員に失礼ですのよ!? ほら、これを見てくださいまし!」
涙目で訴える私に、手に持っていた小袋をずいっと見せつけてきます。
そこには自分の鼻に指を入れているイエティのポップなイラストと共に、『魔獣園名物! イエティの鼻くそ』と商品名が書かれていました。
「やっぱりそうじゃないですか!!」
「よく見てくださいませ! ここですわ、ここ!」
レオノーラが指で示すところには、小さな文字でこう書かれていました。
『あくまでも商品名です。中身は干しぶどうです』
「ほ、干しぶどう……?」
「そうですわ。これは“イエティの鼻くそ”という名前のお菓子ですの」
それを聞いた途端、先ほどまで襲い掛かってきていた気持ち悪さが嘘のように引いていきます。
良かった、本当に食べさせられた訳では無かったのですね……。
「そんな泣き出しそうな顔をしないでくださいませ。私が悪かったですわ」
「悪戯もほどほどにしてください、レオノーラ……」
「申し訳ありませんわ。でも、これをシリアにあげたら面白い反応が見れそうではありませんこと?」
ニヤリとあくどい笑みを浮かべる彼女に、私も脳内でシミュレーションします。
『シリア様。シリア様がこちらに来るまでの間に、魔獣園というテーマパークを観光してきました。これはその際に購入したお土産のお菓子です、ぜひ食べてみてください』
『ふむ? 魔獣園なぞ初めて聞く場所じゃな……。まぁよい。どれ、ひとつ頂くかの』
『どうぞ。その魔獣園には様々な魔獣が生息していまして、中でもイエティという全身毛むくじゃらの猿人の魔獣がいたのですが』
『むぐむぐ……。何とも変わった味わいじゃな。して、そのイエティがどうしたと言うのじゃ』
『今シリア様が食べていらっしゃるそれが、イエティの鼻くそなのです』
『ごっふ!! げっほ、えほっ!! き、貴様シルヴィ!! なんてものを食わせた!? 絶対に許さんぞ! そこに直れ!!』
…………。間違いなく、烈火のごとくお怒りになることでしょう。もしかしたら、普段フローリア様がシリア様を怒らせて酷い目に遭っておられる以上に、酷い目に遭わされるかもしれません。
軽く考えてもタダでは済まされなさそうな未来しか描けず、背筋が冷えてしまいました。
「いえ、流石にこれはお渡しできません……。私はまだ死にたくありませんので」
「うふふ! きっと可愛い反応を見せると思いますのに! ……仕方ありませんわね。では、先ほどのクッキーを買って戻りましょうか」
会計へと向かうレオノーラの後に続いていると、コレットさんへのお土産をどうするか決めていないことを思い出しました。
「レオノーラ。コレットさんの味の好みとか分かりませんか?」
「コレットですの? そうですわね……。何を渡しても喜ばれますから少し自信はありませんけれど、確かイタズラ目的で激辛チキンを渡した時はやたら喜んでいましたわね」
「辛い物がお好きなのでしょうか」
「さぁ? 思えば私も詳しく聞いた覚えがありませんわね。せっかくですわ、試しに辛い物を買っていきましょうか」
レオノーラは会計の少し手前にあった棚から、ひょいひょいと適当に見繕って会計へ進みます。彼女が手にした商品を見ると、“ケルベロスも絶叫! スパイシージャーキー”や“ネメアライオンの鉤爪チリスナック”などが選ばれていました。どれも赤と黒でパッケージにイラストが描かれていて、見るからに辛そうなのが伝わってきます。
会計を終えて入場口から退園すると、私達に気が付いたコレットさんが軽く頭を下げて迎えてくださいました。
「おかえりなさいませ、お二方。魔獣園はお楽しみいただけましたか?」
「はい。とても楽しいひと時でした」
「シルヴィったら、キャスパリーグの子どもの虜になってしまっていましたのよ? ほら、これがその時の様子ですわ」
レオノーラのポケットから一枚の写真を取り出され、私も一緒になって覗き込むと。
キャスパリーグの子どものお腹を顔に乗せ、膝や肩、両手も子ども達に塞がれている私の姿が収められているではありませんか!
「こ、こんなのいつの間に撮ったのですか!?」
「それはもう、シルヴィが夢心地で堪能していた時に決まっていますわ。よく撮れているでしょう?」
「ふふ。幸せそうですねシルヴィ様」
「や、やめてください! それを渡してくださいレオノーラ!!」
「嫌ですわ! これは私の部屋に飾らせていただきますの!!」
奪い取ろうとした手をひらりと躱され、客車に逃げ込むレオノーラの後を追いかけようとしましたが、手に持っていたお土産の事を思い出して立ち止まります。
「コレットさん。これ、魔獣園のお土産です。何が好みか分からなかったのでレオノーラに聞いたのですが、辛い物がお好きとのことでしたので選びましたが……」
「これをわざわざ自分に? ……ありがとうございますシルヴィ様。魔王様の仰る通り、自分は辛い物が好きなのでとても嬉しいです」
受け取っていただけるか不安でしたが、両手でお土産を持ちながら嬉しそうにお礼を口にする姿に安心しました。
「では、城へとお送りいたしますので客車へお乗りください」
「はい。よろしくお願いします」
私達を乗せた馬車はゆっくりと動き出し、三人で談笑を交えながら帰路へと着くのでした。




