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16話 魔女様は魔獣と触れ合う(後編)

 私達が次に向かったのは、“アラクネ”と呼ばれる魔獣がいるエリアでした。

 これは塔にあった図鑑にも載っていなかったので、見るのがとても楽しみです。


 やや薄暗い洞窟のような造りの場所を進み、先ほどのケルベロスが入っていたものと同じ檻の前でレオノーラが立ち止まります。


「ここがアラクネのコーナーですの。あそこにいるのが、半女型の蜘蛛の魔獣……アラクネですわ」


 レオノーラが指差す先には、巨大な蜘蛛の巣の中央で気持ちよさそうに眠っている魔獣がいました。その上半身は赤紫色の髪をした女性、下半身が蜘蛛の体をした姿で、上半身に纏っている服と蜘蛛の体の色合いから、かなり毒々しい雰囲気が伺えます。


 半分は人間なのでしょうか……と観察している横で、いつの間にか先ほどのような紙袋を持っていたレオノーラが口笛を鳴らします。それに応じるように、アラクネがピクリと体を震わせて顔をこちらに向けてきました。


「ここのアラクネは先に餌を与えることで、餌の内容に応じた品物を作ってくれますのよ。アラクネが吐く糸は非常に質がいい繊維として高値で取引されておりまして、外に生息しているアラクネのそれを狙って、命知らずな人間が餌になったこともあるくらいですわ」


「なるほど……。ちなみに何を作っていただけるのですか?」


「餌の種類にもよりますけれども、今回選んだのは持ち運びしやすいハンカチですわ」


 そう言いながら、レオノーラは紙袋の中から手の平サイズの赤いボールを取り出します。


「それが餌ですか?」


「えぇ、中に肉が詰まったアラクネの好物ですの。何の肉かは聞かない方が貴女のためですわ」


 そう言うからには、ただの牛や豚の肉では無いのでしょう……。それ以上は考えないようにしました。

 私の反応を楽しんだレオノーラがボールを放り込むと、アラクネが蜘蛛の体のお尻の部分から糸を吐き出し、ボールを空中でキャッチしました。それを上半身で回収し、ボールの中身を確認したアラクネは顔を輝かせると、アラクネは私達の方へ手を振り、お尻から糸を吐き出しながら編み物を始めました。


「凄いです……。魔獣でも、人のように編み物ができるのですね」


「アラクネは半分人間ですから、(わたくし)達の言葉も理解できますし、中には人語を話す個体もいますのよ。生態が魔獣に近いから魔獣扱いされているだけですわ」


「そうなのですね。なんだが、森の獣人の方々と似ている部分を感じます」


「シルヴィが住んでいる不帰(かえらず)の森の獣人は、いつからか人の遺伝子を持って進化したからそうなっただけで、元を正せばアラクネと変わりありませんのよ……と、もう出来上がったみたいですわね」


 レオノーラの言葉でアラクネの方へ視線を向けると、出来上がった白いハンカチの仕上がりを確認しているようでした。裏と表を何度も確認し、満足そうに顔を綻ばせたアラクネは、お尻の糸にハンカチを着けてこちらへ飛ばしてきました。


 それは近くの檻に張り付き、レオノーラがハンカチだけ回収すると、アラクネは糸をシュルシュルと引っ込めていきます。


「まぁ! この前頼んだ時よりもずっと質が良くなっていますわ! ほら、手に取って見てくださいませ?」


 手渡されたアラクネのハンカチは、確かに今まで見てきたハンカチよりもずっときめ細やかな肌触りをしていて、洞窟内の明かりに照らされてキラキラと輝いています。流石に物の価値が分からない私でも、これは高い値段で取引されるでしょうと分かるくらいには素晴らしい仕上がりです。


「それはシルヴィに差し上げますわ。思い出のお土産として持ち帰ってくださいまし」


「い、いいのですか?」


「えぇ、私は欲しかったらいつでも来れますから。それにほら」


 レオノーラが示す先では、アラクネが嬉しそうな顔をしながら私に手を振っていました。


「アラクネも、珍しく来ている貴女に興味をしてしていましてよ?」


「……ふふ。では、大事に使わせていただきますね」


 アラクネに笑顔で手を振り返し、次のエリアへと足を向けます。


 ネメアンライオンと呼ばれる、鋼の剣すら弾くという強靭な皮膚を持ったライオンのショーや、イエティと呼ばれる全身毛むくじゃらな人型の魔獣のだらけきった姿に楽しみながらどんどん進み、レオノーラが一番見せたいというエリアに到達しました。


「着きましたわ! ここがキャスパリーグの子どもが放し飼いになっている、触れ合いコーナーですの!」


 一際テンションを高めて扉を押し開くレオノーラの後に続き、中に入った私は。


「か……可愛い…………!!!」


 エミリに「お姉ちゃん」と初めて呼ばれた時並みの衝撃を受けました。

 その部屋の中には、よちよちと歩きながら甲高い声で鳴いている、小さな猫のような魔獣が沢山いました。白、黒、ちょっぴり赤混じり、茶色と様々な毛並みを持つキャスパリーグの子ども達は、入ってきた私達に向かって小さな手足を懸命に動かし、駆け寄ってきます。


「そうでしょうそうでしょう!? ほら、そこのソファに腰掛けてみてくださいませ?」


 言われるがままにソファに腰を落とすと、足元に辿り着いた子ども達がソファに爪を立てながら登ってきます。そして私が座っている面に到達すると、私の膝の上に乗ったり、腰の横に体を擦り付けながら小さく鳴き始めました。


「はわぁ……! れ、レオノーラ、この子達はどうしたら……!」


「うふふ! この子達は人慣れしていますの。顎の下や耳の裏を撫でてあげると、とても喜びますわよ!」


 恐る恐る小さな体に触れ、彼女が示した箇所を撫でると。


「フニャァァァ……」


 とても気持ちよさそうに目を細めながら、細く鳴き声を上げました。それを聞いてしまった私は、もう理性を抑えることが出来ませんでした。


「はぁぁぁ……! 可愛い、可愛いですこの子達!! 見てくださいレオノーラ、この顔! 毛並みもふわふわで触り心地も最高です……!!」


「シルヴィのその顔が見られただけで、連れてきた甲斐(かい)がありますわね! 時間はたっぷりとありますから、存分に愛でてくださいませ?」


 言われなくても、レオノーラがもう帰ろうと言うまで愛でるつもりでした。

 このふわふわな手触り、先ほどアラクネに織ってもらったハンカチとは違った質の良さを感じます。それに加えて、撫でられながら幸せそうな声を上げる子ども達に囲まれて、私はもうここから動きたくなくなってしまっていました。


 なんて幸せな空間なのでしょう……と、らしくもなく顔を緩ませていると、向かいのソファに座っていたレオノーラが奇妙なことをしていることに気が付きました。


「れ、レオノーラ? 何故、キャスパリーグの子どもを顔の上に乗せているのですか?」


「すぅぅぅぅぅぅぅ……はぁぁぁぁぁぁ……。幸せですわ……」


「レオノーラ……」


「…………はっ!? な、何ですの?」


「その、何故子どものお腹を顔に乗せて深呼吸を? と」


「あぁ、これですの? これは……いえ、口で説明するよりやってみる方が早いですわね。その撫でている茶色の子を抱き上げて、ご自分の顔の上にお腹を乗せて深呼吸してみてくださいまし」


 それでは子ども達の毛を吸ってしまうのでは?

 そんな疑問を抱きながらも、レオノーラがやっていたように自分の顔の上にキャスパリーグの子どもを乗せてみます。若干重みを感じますが、あまり気になるほどでもありません。

 そのまま、彼女の言う通りに鼻から深く息を吸い――。


「はぁぁぁぁぁぁ……」


 得体の知れない、幸福感に満ちた気持ちになりました。

 何でしょうか。特段良い匂いがするという訳でもありませんし、魔法的な何かを受けたということもありません。ですが、こうして深く呼吸を繰り返すだけで、段々と気持ちが安らいで幸せな感情でいっぱいになっていきます……。


 感じたことのない充足感を味わっていると、ややくぐもった声でレオノーラが説明してくれました。


「これは猫型魔獣から発せられる特殊な匂いを摂取する、“猫吸い”と呼ばれる行動ですの。満ち足りた幸福感に包まれるでしょう?」


「はい……。こんな気持ちは初めてです……」


「人間領に生息している猫でも同じことが出来るらしいですのよ。シリアが来たら、ぜひ試してみると良いですわ」


「怒られそうですが、シリア様から受けた悪戯の意趣返しと言えば、許してくださるかもしれません」


 猫吸いを心行くまで堪能した私達は、名残惜しみながらも次へと向かうことにしました。

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