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番外編 魔女様のハロウィン

シルヴィ達が住んでいる森にも、ハロウィンの時期がやってきました!

しかし、塔の中での孤独な生活が長かった彼女はハロウィンを知らないようです。

 いつも通り、皆さんがお昼ご飯を食べ終えたお皿を洗っていたところへ、私の腰に誰かが抱き付いて来ました。振り返るとそこには、やや肌寒くなってきた時期にも関わらず、上下共に紺色のノースリーブのセーターとショートパンツに着替えていたエミリの姿がありました。


 エミリはにぃっと笑い、両手を顔の横で威嚇するように持ち上げました。よく見ると、彼女の手は熊のような大きな手袋がはめられていて、足ももふもふとした長靴を履いています。


「お姉ちゃん、トリックオアトリート!」


「……?」


 私はエミリが口にした単語の意味が分からず首を傾げます。するとエミリは、私が聞こえなかったのだと判断したらしく、「トリックオアトリートだよ、お姉ちゃん!」と繰り返しました。


「ええと、それは何でしょうか」


「お菓子くれないとイタズラするよっていう言葉だよ!」


 なるほど。その「トリックオアトリート」という言葉を掛けられたら、お菓子を渡すかイタズラされるかを自分で選ばないといけないのですね。


 とは言え、すぐにお菓子の用意は……あぁ、ちょうど良いものがありました。

 私は倉庫へ向かい、寝かせておいたある物を手にキッチンへ戻ります。


「お姉ちゃん、お菓子は?」


「ふふ、今出しますよ」


 型に入れて寝かせておいた物。それは今日のおやつに出そうと考えていたかぼちゃのパウンドケーキです。それを包丁で一切れカットしてエミリに手渡しながら言います。


「イタズラされては困りますので、これで許してください」


「わぁ! ケーキだぁ!!」


 早速パウンドケーキを口に含んだエミリは、美味しさで両頬を押さえながらクルクルと回り、ご機嫌な様子で廊下の方へ去っていきました。

 それから間髪入れず、エミリと入れ替わるように今度はレナさんが姿を現しました。


 レナさんも何故かいつもとは違う恰好をしていて、胸元に赤いリボンを付けたフリルの多いシャツと、黒のフレアスカートを身に纏い、その上から襟の立っている黒いマントを羽織っています。頭にはちょこんと小さなシルクハットが添えられていて、どこかの侯爵令嬢さながらの装いです。


 そんなレナさんは、私にニヤニヤとした笑みを浮かべながら両手を差し出し、エミリと同じ言葉を口にしました。


「シルヴィ、トリックオアトリート!」


「ふふ、お菓子は用意してありますよ。……はい」


「ちぇっ、流石はシルヴィだわ。用意がいいと言うか、隙が無いと言うか」


「そんなことはありませんよ。今日のおやつにと用意してなかったら、エミリにイタズラをされていたところでした。しかし、何故またそんな遊びを始めたのですか?」


「ん~! かぼちゃとクリームの味が最っ高! えっとね、今日はハロウィンって言う日なのよ。あたしのいた世界では由来は覚えてないけど仮装して遊ぶ日で、子どもなんかはこうやってお菓子を貰って近所を回るの。こっちの世界では彷徨う霊魂を天に帰すために~って意味で同じことをしてるらしいわ」


「なるほど、そういう日があったのですね。初めて知りました」


「シルヴィはこういう行事イベントに疎そうだもんね、仕方ないわ。でさ、どうよこれ! シリアに作ってもらったの! ドラキュラ感ある!?」


 ドラキュラ……確かおとぎ話に出てくる、血を吸う貴族の悪魔でしたか。そう言われてみると、彼女の恰好はそれらしく見えてきます。


「はい。侯爵令嬢のようなデザインですし、おとぎ話に出てくるそれとイメージは一致するかと」


「でしょでしょ!? いやーシリアはホントに物作りのセンスは抜群だわ。エミリとフローリアのもシリアが作ったのよ!」


「まだエミリとレナさんしか見てませんが、フローリア様も仮装されているのですか?」


「あれ、まだ見てない? あたしより先に部屋を出て行ったんだけどな……。まぁその内来ると思うから、それ用意してあげてね! あたし達は獣人の村とスピカの集落行って、お菓子貰って来るわ!」


「行ってらっしゃい。ですが、レナさんの世界では子どもがお菓子を貰えるのでは?」


「今のあたしは見た目は子どもよ、こういう時くらい活用しないとねっ!」


 ……見た目は子どもなら、エミリの教育に悪いのでお酒を飲むのを止めて頂きたいのですが。

 内心でそう零す私にレナさんはどこか得意げな顔を浮かべ、パタパタと廊下を走って外へと向かって行きました。

 フローリア様もいらっしゃるのならば、このまま少し待っていましょうかと考えた私の視界が、突然何かに覆われて真っ暗になりました。


 困惑する私の耳元で、聞き覚えのある声が囁きます。


「だ~れだ?」


「……フローリア様ですね」


「うふふっ! 大正解~♪」


 フローリア様はパッと手を放すと同時に後ろを振り向き、私は声を失いました。


 ニコニコと笑みを浮かべる彼女の顔はいつもの物ですが、首から下が包帯でぐるぐる巻きになっています。所々赤い染みもできていて、まるで大怪我を負ってしまっているかのようです。


「ふ、フローリア様! お怪我を!?」


「やだぁ~! 女神の私が怪我なんてする訳ないでしょ? これはハロウィン用の仮装よ、仮装♪」


 口元に指を添えてウィンクを飛ばすフローリア様は、どうやら大怪我をした人の仮装をされているようでした。赤い染みや所々ボロ感のある包帯だったため、かなりリアルに感じてしまいます。


 ほっと胸を撫でおろす私をクスクスと笑い、フローリア様は満面の笑みで私に両手を差し出しました。


「はいっ、シルヴィちゃん♪」


「もちろん用意してますよ。……はい、こちらがお菓子です」


「わぁ~! 美味しそうなケーキね! はむっ……んん~! 甘くて美味しい!」


「満足していただけて何よりです」


 嬉しそうな顔を見て微笑む私に、フローリア様は親指を立てて満足度を示されました。


「さてシルヴィちゃん、本題なんだけどね?」


「はい?」


「トリックオアトリック、どっちがいい?」


「トリックオアトリック……。え、あの、どちらもイタズラしかないような気がするのですが」


「お菓子は今貰っちゃったからいらないし、すっごくイタズラしたい気分なのよ~! だ・か・ら、どっちがいい?」


「いえ、私はイタズラはされたくないのでお菓子を……」


 ジリジリと距離を詰めてくるフローリア様は、きょとんとした顔で言い放ちました。


「だって私、トリックオアトリートなんて一言も言ってないわよ? シルヴィちゃんがお菓子くれただけよね?」


「えぇ!? そ、それはズルいですフローリア様!」


「ズルくないも~ん、手を出しただけだも~ん♪」


 か、完全にハメられました……!

 一歩、また一歩と後退させられ続けた私は、遂に壁を背にさせられます。フローリア様は追い詰めたと言わんばかりに私の顔の両脇に手を着くと、舌で唇を舐めて言いました。


「私のイタズラは凄いわよ……? 今夜は眠れないと思ってね♪」


『こんの万年欲情阿保女神がっ!! 妾のシルヴィに触れるでないわぁ!!』


「あぁん!」


 シリア様の怒声と共にフローリア様の体が真横に吹き飛び、鈍い激突音を奏でながらキッチンの壁に顔からぶつかりました。音も無く着地したシリア様は苛立たし気に前足で床を二度叩くと、フローリア様の真横に大きな棺桶を出現させます。

 それはひとりでに蓋を開き、内側からシュルシュルと包帯が伸びてフローリア様の体を絡め捕り始めました。


「やぁん! そんなとこ触れないで! シリアのえっち! やだぁ~!」


『気色悪い声を上げるでない!』


「むぐっ!? む~~!!」


 フローリア様の口も包帯で覆われ、彼女は胸の前で手を交差する形で直立に棺桶に収納されてしまいました。どういう理屈かは分かりませんが、中で暴れて脱出しようとしているフローリア様の体は、若干左右に揺れるだけで包帯が解かれる気配がありません。


 シリア様は乱暴に棺桶を蹴り飛ばし、棺桶が横になると共にフローリア様の頭が激しく棺桶の底にぶつかる音が聞こえました。痛みで若干涙目になるフローリア様の胸の上に乗ったシリア様は、かなり悪い顔を浮かべています。


『のぅフローリア。貴様に作ってやったミイラの仮装はな、棺桶とセットで完成なのじゃよ。せいぜい暗く狭い棺桶の中で、ミイラの気持ちを味わうと良いぞ? くふふっ!』


「む~~!! むぅ~~~!!」


 嫌々と首を振って抗議するフローリア様を無視し、シリア様は棺桶の蓋を閉めます。完全に蓋がされた中からは、くぐもった声が微かに聞こえるか聞こえないかとなってしまいました。


 シリア様は棺桶の上に座ると、私を見上げて言いました。


『そうじゃ、シルヴィよ。トリックオアトリートじゃ』


「レナさんから聞きましたが、それは仮装をした子どもだけだそうですよシリア様。ですので、大人で仮装をされていないシリア様にはあげられません」


『……ほーぅ、言うようになったでは無いか。お主がそう出るのならば、妾にも考えがあるぞ?』


 私に不敵な笑みを見せたシリア様は、ぼそぼそと何かつぶやき始めました。何かの詠唱でしょうか?

 やがて数秒も経たない頃にシリア様の体がボフンと音を立てて煙に包まれ、煙が晴れて中から出てきたのは――。


「くふふっ! これならば良いじゃろう! さぁ、妾にも菓子を寄越すが良いぞ?」


「な、何故私の幼いころの姿を取られるのですか!?」


 恐らく十歳の頃くらいの私の姿を取ったシリア様でした。服装も大きく異なっていて、黒と白、そしてオレンジで彩られたカボチャをイメージしたような魔女服で、手には可愛らしい猫の手提げ袋をぶら下げています。


「お主が子どもにしかやらんと言ったのじゃぞ? ほれ、さっさと寄越さんか」


 小さい頃の私の声色でそう急かされ、仕方ないと思いつつもパウンドケーキを切り分けて差し出します。シリア様はそれを頬張り、頬を緩ませながら美味しそうに食べ終えました。


「うむ、美味かった! やはりこの時期はカボチャや芋が美味いのぅ!」


「あの、シリア様。いつの間にそのような魔法を使えるようになられたのですか?」


「む? 別に前々かから使えたぞ? あまり長時間もたぬ上に魔力の消耗が激しいからやらぬだけじゃよ」


 そこまでしてお菓子が欲しかったのですか。意外と幼いところがありますね、シリア様……。

 私が内心で少し呆れていると、それを察したらしいシリア様が私に背を向け、スタスタと大窓へと向かって行きました。


「シリア様、どちらへ?」


「決まっておろう? 村の連中から菓子を巻き上げてくるのじゃよ。お主が幼子に化けてでも参加したかったと言いふらせば、皆喜び舞って菓子を振舞うじゃろうよ! くふふっ!」


「ま、待ってください! それは恥ずかしいです!」


「妾を子どものようじゃと小馬鹿にした報いじゃ。ではのっ!」


 シリア様は窓からひらりと飛び降り、家の外で箒を呼び出して逃げるように飛んでいきました。

 私が眠っていたメイナードを叩き起こして怒られ、何とか追いかけた時には既に遅く。スピカさん達に囲まれお菓子を手提げ袋いっぱいに詰めているシリア様を何とか捕まえた時には、すっかり日も落ちてしまっていたのでした。

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