15話 魔女様は魔獣と触れ合う(前編)
今日はハロウィンと言うことで、21時23分頃にハロウィン特別書き下ろしを投稿します!
お楽しみにっ!
外壁の入場門の手間で馬車を止めたコレットさんは、客車の扉を開きながら降りるように促してきます。
彼女に手を取っていただきながら降りた私の眼前には、楽しそうに談笑しながら歩く家族連れや、魔獣のものと思われる付け耳を着けて顔を綻ばせている男女のカップルなど、あちこちに笑顔が溢れていました。
森での生活で、こうした明るい場所には慣れ始めて来ていたつもりでしたが、こうも幸せそうに過ごす人々の中に入ろうとすると、どうもまだ抵抗があると言いますか、私も本当に入っていいのでしょうかと足踏みしてしまいます。
そんな私の考えを読んだのか、レオノーラがトンっと私の背中を押してきました。
「そんなところでぼんやりされては、他の人の邪魔になりましてよ? ほら、早く参りましょう」
「あ、待ってくださいレオノーラ!」
先を行くレオノーラの後に続いて、入場門へと駆け寄ります。
すると、私達に気が付いた係の方がにこやかに挨拶をしてくださいました。
「魔獣園へようこそ、可愛いお嬢さん方! 子ども二枚でいいかな?」
「えぇ。ぜひ私も子ども料金でお願いいたしますわ」
「ん……? うぉ!? ま、魔王様じゃないですか! 事前にご連絡いただければ、お越しになる前に人払いをしておきましたのに」
「問題ありませんわ。今日はただの観光客として、客人の案内をしながら遊びに来ただけですの」
「客人って言いますと……そちらの兎人族のお嬢さんですか?」
「一見ただの発育の良い兎人族ですけれども、国賓級の客人ですのよ?」
「それは失礼いたしました!」
「い、いえ。そうやって畏まられるのは苦手なので、どうか頭を上げてください……」
受付の彼にそう言うと、後頭部を軽く掻きながら申し訳なさそうな顔をされてしまいました。そんな彼を見ながら、レオノーラが意地悪そうな笑みを浮かべて尋ねます。
「ということですので、彼女を満足させられるようなルートを教えてくださる? キャスパリーグは必ず含めてくださいましね」
「かしこまりました! ってなると、そうですねぇ……」
手元にあったこの魔獣園の地図に、赤いペンで考えながらルートを描いてくださり、それをレオノーラに手渡しながら伺います。
「まずは南東方面から、反時計回りにぐるりと回るのが良いと思います。ここに来るのが初めてなら、大型魔獣を間近で見て回って、その後にちょっとしたショーを観覧して、キャスパリーグのエリアで一休み……という感じでいかがでしょうか?」
「あら、素敵ですわね。ではこのルート通りに案内いたしますわ。……料金は、子ども二名でよろしくて?」
「魔王様と分かってしまった以上、子ども料金じゃあ通せませんね。大人一名、子ども一名でお願いします」
「もう、仕方ありませんわね!」
文句を言いながらも楽しそうにお金を渡すレオノーラは、受付の係の方から受け取ったチケットを私に差し出してきました。
「これがシルヴィの子ども券ですわ。失くすと出られなくなりますので、気を付けてくださいませ」
「ありがとうございます」
「では参りましょうか」
頭を下げる受付の方にひらりと手を振って中へ入るレオノーラに、私は疑問を投げかけます。
「レオノーラ。コレットさんはいいのですか?」
「コレットは御者ですのよ? 自らの仕事道具であるエヴィル・ホースを放ったらかして遊ぶなど、とても許されませんわ」
「そ、そうですか……」
一人だけ置き去りというのはかなり気が引けますが、これがコレットさんの仕事である以上は私がどうこう言うことはできません。
後ろを振り返ってコレットさんに軽く頭を下げると、彼女は少し驚いた表情をしてから、柔らかく微笑んで手を振ってくださいました。
「全く。シルヴィはお人好しが過ぎますわ! そんなにコレットが気になるなら、後でお土産でも持って行けばよろしいのではなくて?」
「お土産……。そうですね、シリア様達への分も買いたいですし、コレットさんにも何か買っていきましょう」
「ここは面白いお土産も豊富ですのよ。中には、シリアが驚くような逸品もありますわ」
レオノーラは自分でそう言いながら、シリア様へ買ったお土産で過剰に反応する様子を思い浮かべているらしく、意地悪そうな表情を浮かべていました。あのシリア様がからかわれるなど想像できませんが、レオノーラは昔のシリア様をからかって遊んでいたのでしょうか……。
お土産コーナーは最後ということで、彼女の先導で魔獣園を歩き始めます。
園内は魔法によって作られた疑似的な自然に溢れていて、お客さんである私達が歩く道の脇には密林を思わせる木々が生い茂っていました。
一応建物の内部のはずですが、そよそよと肌を撫でる森の空気に居心地の良さを覚えていると、レオノーラが前方を指差しながら私に報せてくれました。
「見えてきましたわシルヴィ。あれが、ケルベロスが展示されているエリアですわ」
ケルベロス……。本で読んだ程度にしか知識がありませんが、その本には“地獄の番犬”と言われるほど凶悪な力を持ち、複数の頭を持った犬と記載があった気がします。
そんな恐ろしい魔獣がいるという事実に少し身構えてしまう私でしたが。
「な、何ですかあれは……」
「何って、ケルベロスですのよ?」
「いえ、そういうことを言いたいのではなく……」
檻の中で、仰向けに転がりながらクネクネと背中を擦り付けているそれに言葉を失ってしまいました。
確かに本で読んだ通り、犬か狼に似た頭を三つ持っている灰色の毛並みの魔獣なのですが、鼻息を荒くしながら必死に背中を擦り付けている姿は、とても凶悪な姿には見えません。
これが大昔に人間領を焼き払いながら暴れていたという魔獣なのでしょうか……と疑問を感じる私を他所に、レオノーラはふらりとどこかへ歩いて行ってしまいます。
「レオノーラ、どこへ行くのですか?」
「少しお待ちくださいませ。少し買い物をしてきますわ」
近くにあった売店で足を止めたレオノーラは、紙袋を受け取ると私の元へ戻ってきました。そして中身をひとつ取り出すと、私へ手渡してきます。
「これは……蜂蜜パンですか?」
「えぇ。それも、こんがりと焼いたパンの表面に蜂蜜を塗り、もう一度焼き直したものですの」
「とても甘い香りです。美味しそうですね」
「うふふ! 別に食べても構いませんけれど、これは貴女用に買ったものではありませんのよ?」
「と、言いますと……?」
「これはあのケルベロスの餌ですの。見ててくださいませ?」
レオノーラは蜂蜜パンを片手に持つと、もう片方の手で口笛を鳴らしました。
口笛の音に反応したケルベロスが動きを止め、三つの頭をグリッとこちらへ向けてきます。
「ケルベロス! これが何か見えますわね!?」
手にしたパンを高く持ち上げてみせると、ケルベロスが巨体を起こして立ち上がりました。遠目でも大きいとは思っていましたが、いざ立ち上がるとメイナードよりもかなり大きいです……!
「グルルルルルルゥ……!」
「うふふ! ケルベロス、おすわりですわ!!」
「アォン!!」
レオノーラの指示に従ったケルベロスは、非常によく躾けられている犬さながらのおすわりを見せました!
その巨体の後ろでは、ケルベロスの体の半分ほどはありそうな長い尻尾が音を立てて振られています。
「良く出来ましたわ! そぉれ!!」
レオノーラは腕を振りかぶり、檻の中へとパンを放り投げます。投げ込まれたそれを、ケルベロスは待っていましたと言わんばかりに空中でキャッチしました。
ちょっとした地響きと共に着地したケルベロスがパンの味を楽しみ、飲み込んでからこちらへひと鳴きします。もっと欲しい、ということでしょうか。
「ほらシルヴィ! ケルベロスが待ってますわよ! 何か芸をさせなさいな!」
「そ、そう言われても、何ができるか分かりませんし……」
「一般的な犬が出来ることなら何でもできますわ。なら、私が芸の指示を飛ばして差し上げますので、芸を見せたらパンを投げてあげてくださいませ」
私が頷くのを確認したレオノーラが、ケルベロスに向かって命令をします。
「ケルベロス! チンチン!」
「レオノーラ!?」
「ワゥッ!!」
「え!? きゃあああ!!」
彼女が発した命令の内容にも驚かされましたが、器用に座り立ちを決めたケルベロスに動揺を隠せません。
両手を顔の横まで持ち上げ、自身のお腹……いえ、正しくは股間部分を見せつけて来るケルベロス。幸い、彼? が見せつけて来るソレは草の茂みで隠されていましたが、これは本当にあの魔獣なのでしょうか。
「ほらシルヴィ、何をしてますの! 早く与えなさい!」
「あっ、すみません! えい!!」
私が投げたパンは放物線を描きながら檻の中へ飛んでいき、それを前足で器用にキャッチしたケルベロスは嬉しそうにベロベロと舐めまわし始めます。
「うふふ! どうです? とっても可愛らしいでしょう!?」
「え、えぇ……。とてもお利口な魔獣ですね」
「こんなのまだまだ序の口でしてよ! この子のとっておきの芸を見せて差し上げますわ!」
楽しそうに言うレオノーラは、再びパンを手にしてケルベロスの注意を引きます。
「ケルベロス! 三回回ってワン!」
「ハッハッハッ……ワォン!!」
「あぁ~! 良く出来ましたわケルベロス!! お食べなさい!」
……もしかしたら、人間領にある文献の実態とは大きく違うのかもしれません。
私は変な疲れを感じながら、自分の中の情報を書き換えていくことにしました。




